2話 安息の地で僕は驚愕する


 鼻腔に入る良い香りで目が覚めた。


 前回目が覚めた場所と同じ家のようだ。

 窓から入る光はオレンジ色だった。


 不思議な場所だ。地下なのに光があって日も暮れるらしい。


 そうだ、気を失う前にスキルレベルが上がったはず。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 【名前】アキト・ヴァルバート

 【年齢】20

 【性別】男

 【種族】ヒューマン

 【クラス】荷物持ち

 【スキル】武器強化Lv25

 【特殊スキル】スペシャルボーナス・ツリー解放


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 夢じゃない。

 本当にレベルアップしたんだ。


 おまけに新しい特殊スキルまで。


 そこでハッとした。


 ああ、もう鍛える必要はなかったんだ。

 もう強くなる理由が僕にはない。


 コンコン。


 部屋のドアが叩かれる。


「お目覚めになっているのですよね? 入ってもよろしいですか?」

「ど、どうぞ」


 ドアを開けて入ってきたのは、僕と変わらないくらいの歳の女性だった。


 光を反射する艶やかな銀の長髪。

 頭部には白い兎耳があった。


 なにより目をひくのは、目元を覆い隠す黒い眼帯。


 それでも隠しきれない容姿の美しさに、しばしぼーっとした。


「まだ完治していないのに、あんなに動いてはいけませんよ」

「…………」

「ヒューマンさん?」

「え!? あ、うん!」


 まずい、完全に見とれてた。


 彼女は湯気の昇る器を差し出した。

 受け取ると、中にはどろりとした液体が。


「まだ体が弱っているので、粥にしました。少しお肉も入っているので精がつくと思いますよ」

「ありがとう」


 変わった食べ物だ。

 白い粒が中に入っていて白濁している。


 でも、匂いは良い。


 一口食べてみると、想像以上に美味しくて思わず掻き込んでしまった。


 どうやら僕はかなり腹を空かしていたみたいだ。


「ふふ、口元が汚れていますよ」

「あ」


 彼女はハンカチのような物を取り出し、口元を拭いてくれる。


 恥ずかしくて顔が熱くなった。


「貴方はここに来て、三日間眠り続けていたんです」

「三日も!?」

「なにせ深手でしたから、一命をとりとめたのは奇跡でした」


 腹部の包帯をそっと触る。


 本当なら、僕は死んでいた。

 けど幸運にも助かった。


 いや、ある意味不幸かもしれない。


 これから先、あの出来事をずっと、悲しみ続けなければならないのだから。


「助けてくれたのは君なのか?」

「ええ、たまたま薬草を採りに行くと、ちょうど貴方が天井から下りてきているのが見えたので。初めは死んでいるのかと思いました。ここへ落ちてくるのはすでに亡くなった方ばかりですし」

「本当にありがとう。僕はアキト・ヴァルバート」

「私はアマネです」


 彼女の微笑みは僕には、眩しかった。



 ◇



 数日が経過し、僕は普通に歩けるほどまでに回復した。


 どうやらここには、回復のスキルを有した者やポーションなどのアイテムはないようだった。

 工夫を凝らしながらなんとか日々暮らしている、そんな印象を受けた。


 だが、逆にそれが心地よく感じた。


 質素に、必要以上に便利さを求めない、そんな彼らの姿が妙にしっくりきたのだ。


「ここは『ナジュ村』と言うんです」

「へぇ、でもどうしてこんな地下深くに?」


 半裸の僕の背中を、アマネはぬれタオルで擦ってくれる。


「それは……」

「いいさ、言いたくなければ」

「ありがとうございます」

「礼を言うのは僕の方だ」


 彼女がいなければここにはいなかった。


 アマネは命の恩人。

 彼女が嫌がることを僕はしたくない。


「あのさ、この村にいていいのかな」

「もちろんです。いつまでもいてください」

「うん。よかった」

「……?」


 もう地上に戻りたくなかった。


 なんだろう、疲れたのかな。

 あんなことがあって嫌になったんだろうな。


 ここはさ、すごく居心地が良い。


 アマネは優しいし、村の人達もまだ少しぎこちなさはあるけど温かい。


「僕のことはアキトでいいよ」

「では……アキト。痒いところはないですか?」

「うん。気持ち良いよ」


 彼女の柔らかい、すべすべした手が僕の背中を撫でた。



 ◇



 さらに数日が経過し、村の仕事にかり出されるようになった。


 僕も少しずつ前向きになり、もう一度自分の足で立ち上がろうと思えるほどには回復していた。

 この村がそうさせたのか、それともアマネがいたからなのか。

 まだそれは分からない。


 ちなみにこのナジュ村は、ビースト族の兎部族によって構成されているようだ。


 ただ、銀髪じゃなかったと思うので、僕の知る兎部族とは少し違うのかもしれない。

 それに彼らは、みんな目元を隠す眼帯をしていた。


 どうやら眼が見えない、と言うわけではないようだ。


「ほれ、しっかり植えんか」

「こ、腰が、痛くて」

「若いもんが弱音を吐くな」

「厳しい」


 田植えを再開する。


 僕より何倍も手早く植えているのは、アマネの祖母ナホさんだ。


 アマネは両親を亡くしていて、現在一緒に暮らしているのは、ナホさんと妹のスナちゃんと弟のテオ君である。


 で、僕は新しい男手として居候させてもらっているのだ。


「アキト、お昼ご飯を持ってきました」

「ナホさん、お昼だってさ」

「ありゃあ、もうそんな時間かい。じゃあ一休みするか」


 田んぼの端に三人で座り、おにぎりを食べる。


 初めは違和感のあった食べ物だったけど、今ではすっかり大好きになっていた。


 働いた後の塩おにぎりはすごく美味いんだ。

 それからアマネの焼いた卵焼きに、ナホさんの漬けた漬け物が最高。


「アキト。あんたそろそろ男衆の狩りに同行するそうだね」

「そうだけど、でも、ここってどんな生き物がいるのかよく知らないんだよね」


 僕はぺろりと指を舐める。


「大したことはない雑魚ばかりさ。でもね、ここには恐ろしい魔物もいるんだ」

「まるっきり平和ってわけじゃないんだ」

「そりゃあそうさ。世界にはバランスってものがある。あたしらもその中にいるのさ。たとえ地の底だろうと、捕食者ってのは必ずいるもんさ」


 話を聞きながら、おにぎりをもぐもぐする。


「ふふ、アキトったら」

「あ」


 アマネがそっと頬に付いた米粒をとってくれたので、少し顔が熱くなった。


「アキトはまだお客さんですが、もし狩りで活躍することができれば、きっと村の一員として認めてもらえると思いますよ」

「僕がこの村の住人に!?」

「はい。もしそうなれば、家も所帯も持つことが許されるはずです」


 家と所帯。

 ここで家族を作ることが許される。


 非常に魅力的な話だ。


 今の僕には居場所がない。

 全てに絶望し、地上の何もかもが嫌になった僕には、もうここしかないのだ。


 住民として受け入れてもらえるならなんだってするつもりだ。


「あんたアマネのことはどう思ってる」


 いきなりの質問に、おにぎりが喉に詰まりそうになる。


 水を飲んでなんとか飲み込むことができた。


「どうなんだい。好いているのか」

「それ、言わなきゃいけないこと?」

「いいからいいな」

「そりゃあ、アマネは優しいし可愛いし、命の恩人だし、すき、だけど……」

「アキトが、私を……はぅ」


 アマネは両手で顔を隠している。


 ただ、嬉しいのか兎耳はぴこぴこ動かし「はぅぅ」と声を漏らす。


 僕も顔が熱く、今すぐどこかへ逃げ込みたい気分だった。


「決まりだね。あんたアマネを娶りな」


 はぁ!?




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