幼なじみを寝取られて殺されかけたけど『ボーナスエリア』のおかげで最高に可愛い嫁と最強クラスの力を手に入れたので、まったり新婚旅行に行こうと思います

徳川レモン

第一章

1話 裏切られた僕は、ボーナスエリアに行く


 剣が僕の肩を浅く斬った。


「あぐっ!?」


 ぽたぽた。地面に滴る血が紅い花を作る。


 僕を斬ったジュリエッタは悲痛な表情だった。


「ごめんねアキト、でもライが殺せって」

「どうして……」

「足手まといは不要だから。本当にごめんね」


 剣聖であるジュリエッタは、今度こそ殺すために剣を構える。


 ブロンドの三つ編みの美女。

 同じ村から共に旅立った幼なじみだ。


 そんな彼女の背後には、ニヤニヤするライと他の二人がいた。


「ライ、冗談だと言ってくれ。僕らは仲間じゃないか」

「おいおい、お前と仲間になった覚えはねぇぜ。つーか、散々足手まといだって遠回しに言ってやったのによ。こうなったのは自業自得だ」

「でも、僕とジュリエッタは幼なじみで、一緒に頑張ろうって……」

「そりゃあ昔の話だろ。こいつらは今は俺の女、で、お前は邪魔者なんだよ」


 ライはジュリエッタの腰に手を回す。


「ん……ライ、そういうのは後で。今はアキトを始末しないと」

「そうだったな」


 愕然とした。

 片思いだった彼女はすでにライに。


 肩の痛みを忘れるほどの衝撃だった。


「分かった、パーティーを抜けるよ」

「残念だが、もう遅い。お前はここで始末する」

「どうして!?」

「俺を散々いらつかせた罰だ。お前がいたおかげで、こいつを落とすのにずいぶんと時間がかかったしな」


 彼を加入させたことを心底後悔した。


 僕と彼女で作ったパーティー『蒼ノ剣団』。


 剣聖のジュリエッタ、拳王のアイラ、賢者のエマ、サポート役の僕。


 竜騎士のライは一番最後に加入した、二人目の男性メンバーだった。


 もちろん足手まといなのは理解していた。

 上位のクラスを有する彼女達に、ただの荷物持ちの僕が同行するのは、あまりにも無謀だと言うことも。


 でも、僕はジュリエッタが大好きだったし、ずっと近くで応援したかった。支えたかった。


「アキト、貴方のことを好きだったわ。異性として」

「じゃあ僕と一緒に――!」

「でも、ライと出会ってしまった。貴方よりも強く男らしく、私を、いえ、私達を遙かなる高みまで導いてくれる最高の男性に」


 彼女は確信に満ちた眼で、僕を見ていた。


「私は殺さなくてもいいって思ったんだけど、ライがどうしてもって言うから。本当にごめんね。貴方のことはできるだけ早く忘れるから」


 ずぶっ。


 剣が、僕の胴体を貫いた。


「ぐぼっ」


 大量の血が口から出る。

 剣が引き抜かれると傷口から血液が噴き出す。


 腹部から感じるのは、痛みではなく猛烈な熱さだった。


「さようなら、アキト」


 どんっ、と押される。


 この時、ようやくなぜこの場所で呼び出されたのか知った。


 奈落――そう呼ばれる真っ暗な底なしの大穴。底は誰も見たことがなく、世間一般では凶悪な魔物の巣窟と言われている。


 ここで死体を落とせば、殺害の証拠は残らない。


 ゆっくりと体が奈落へと傾く、こんなことで人生が終わるのか。


「もう、ライったら」

「宿で可愛がってやるよ」


 ジュリエッタも、ライも、他の二人も、すでに僕を見ていなかった。


 ジュリエッタ……どうして。


 手を伸ばそうとするが、届かない。


 僕は奈落へと落下した。





 どれほどの距離を落ちたのだろう。


 この縦穴は恐ろしいほど深い。

 すでに地上の光は、彼方で小さく星のように輝いていた。


 壁には無数の魔物が張り付いているのが確認できる。


 どれも見たことがない強そうな生き物ばかり。


 底に着いたらきっと即死だろう。

 痛みすら感じないはずだ。


 そんなことよりも、僕の心を支配していたのは悲しみだった。


 あまりにも情けない。

 情けなくて涙が溢れる。


 どうして僕はこんなに、愚かで弱いのだろう。


 ポケットから、指輪の入った小箱が飛び出た。


 本当は、今日プロポーズするつもりだった。


 お互いに気持ちがあるのは分かっていたから。

 彼女と、結婚するつもりだった。


 ライに気持ちが移っていたのに気が付かなかったなんて。


 僕って馬鹿だな。


 小箱は飛翔するトカゲのような生き物に丸呑みにされた。


「はは、ははははっ……さようなら、ジュリエッタ」


 地上の光が消える頃、真っ暗なはずの穴に仄かな光が差し込んでいることに気が付く。


 痛みに耐えつつ姿勢を変えた。


「底に光……?」


 穴の底に小さな光が見えた。


 それは次第に大きくなり、目を開けていられないほど輝きが増していた。


 不思議なことに落下速度は緩やかになり、体はゆっくりと落ちていた。



「なんだここ」



 底には巨大な円盤状の空間が広がっていた。


 豊かな自然が形成され、森や川や湖や山が見える。


 僕はゆっくり下降しながら、穴の底をぐるりと見渡した。

 どうやら底の天井が発光しているようだ。


 どうしてこんな深い場所に。


 落下地点は、どうやら花が咲き乱れる草原のようだ。


 環状に置かれた巨石の真ん中で、そっと静かに足を付けた。


「ぐっ、もうだめだ……」


 激痛が走り、意識が朦朧とする。


 血を流しすぎたらしい。

 落下死を免れたと言うのに、結局死ぬのか。


 倒れた状態でうっすらと、誰かが走ってきているのが見えた。


 誰だ……たす……けて……。



 ◇



 真っ暗な場所、そこでジュリエッタとライがいた。


「アキトじゃなく、貴方を選んで正解だったわ」

「あいつは軟弱で足手まといだからな」

「そう、弱くて愚図で馬鹿なのよ」

「目障りな奴は消えた、俺達で幸せになろうぜ」


 待ってくれ。

 僕は死んでいない。


 まだ生きている。


 ジュリエッタ、考え直してくれ。

 僕は君のことが。


 彼女は最後に「さようなら」と告げた。






 うっすらと目を開けると、まばゆい光が眼に入る。


 のそりと体を起こし目を擦る。

 体には少し汚れた布がかけられていた。


「どこだろう、ここ」


 木造の建物の中なのは分かる。


「うっ」


 腹部に痛みが走った。

 見れば包帯が巻かれている。


 そうだ、僕はジュリエッタに斬られ、奈落に突き落とされたんだ。


 枕元に僕の剣が置かれていたので、掴んで杖代わりにして立ち上がる。


「誰か? 誰かいないのか?」


 反応がない。


 ここに人がいるのは間違いない。

 だが、どこかへ出かけているようだ。


 なんとか歩いて外へと出る。


 眩しい!

 目を開けていられない!


 なんとか光量に目が慣れるまで待つ。


 次第にはっきりと見え始め、周囲を確認した。


 どうやらここは村のようだ。


 簡素な木造建築が並び、道にはヒナを連れた親鳥がのんびり歩いていた。


 空を見上げれば、うっすらと天井が見える。

 やはりここは奈落の底。地下らしい。


 幻覚、を見ているわけじゃないよな?


 一応、状態異常にかかっていないかステータスを開いてみる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 【名前】アキト・ヴァルバート

 【年齢】20

 【性別】男

 【種族】ヒューマン

 【クラス】荷物持ち

 【スキル】武器強化Lv2

 【特殊スキル】スペシャルボーナス


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 幻覚を見るような異常はないみたいだ。

 だとすると、やはりこれは現実。


 ぶみょん。ぶみょん。


 奇妙な音が聞こえて視線を向ける。


「え」


 道に黄金色のスライムがいた。


 あれはまさか噂に聞く、倒すと大きな経験値がもらえる魔物では。


 非常に珍しく、世間ではボーナス系の魔物なんて呼ばれている。


 ぶみょん、ぶみょん、ぶみょん。

 ぶみょん、ぶみょん、ぶみょん。

 ぶみょん、ぶみょん、ぶみょん。


 よく見れば、ゴールドスライムは五匹いた。


 くわぁ。


 真上を黄金色の鳥が、何羽も飛んでいた。


 他にもゴールドホーンラビットに、ゴールドマムシ、ゴールドハウンド。


 ボーナス系ばかりだ。

 どうなっているんだここは。


 とりあえず剣でスライムを斬る。


《スペシャルボーナスが発動しました》

《ボーナス系に限り取得経験値が80%加算されます》

《武器強化のLvが25になりました》

《特殊スキル『ツリー解放』を取得しました》


 出現した半透明な窓に文字が表示される。


 ひぇ。なんだこれ。


 あれほど上がらなかった、スキルレベルが一瞬で。


 あぐっ。


 腹部に激しい痛みを感じ地面に倒れる。

 どうやら傷口が開いたらしい。


 うっすらと誰かが僕に駆け寄るのが見える。


「いない間に目が覚めてしまったみたいです」

「落ち着きないのぉ、この阿呆」


 意識はぷつりと途切れた。




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