最終話 それぞれの結末

セレーネとハルベルトが婚約を発表してから2年後……。



「お嬢様、お手紙が届いておりますよ」


「あら、ありがとうアンナ」


 侍女のアンナから1通の手紙を受け取り、中身を確認すると思わず笑みがこぼれました。


「ふふ、どうやらあの男爵令嬢のヒルダ様がご結婚されるそうよ」


「もしかして、どこかの成金か貴族ですか?」


「残念でした、お相手は平民の方ですって。旅の商人の方が倒れていたのをヒルダ様がお助けした縁でヒルダ様からプロポーズされたそうよ。商人と言ってもまだ駆け出しらしいのですけど、その優しいお人柄に惹かれたんだとか……なんとヒルダ様も商人の勉強をしているのですって」


 アンナはかなり驚いたのか毒舌を披露することもなく「あら、まぁ」と呟きました。


「あれから色々あったけど、みんなそれぞれの新しい道を歩んでいるのね……」


 ちなみにこの2年間で1番驚愕の変化を遂げたのはもちろんあのお方、オスカー殿下ですわ。


 なんとオスカー殿下ったら、ユーキ様に求愛なさったのです。ユーキ様は私の共同経営者とはいえ貴族ではありませんし、なによりユーキ様が全力で拒否なさってるのでもちろん止めましたがあのオスカー殿下が反対されたくらいで止まるはずもありません。かなりしつこい残念アピールが続いたようですわ。


 毎回繰り広げられる熱烈アピールも凄まじかったそうなのですが、先日、ユーキ様がたまたま気晴らしも兼ねて買い出しに出ていた時に突如現れたオスカー殿下がなんと街のど真ん中でプロポーズの言葉を叫んだとかで、それも凄かったそうです。

 私もユーキ様から愚痴を聞かされて言葉を失いましたわよ。


 だって……「お前は俺の初めてのおっぱいなんだ!だから結婚しろ!」なんて叫ばれて求婚を承諾する女性がどこにいますの?というか、それって求婚なんですか?どう聞いてもいかがわしい関係にしか聞こえませんわ。なんて残念な方なのでしょうか。


 ちなみにオスカー殿下とそういう関係なのか(念の為)確認しましたらユーキ様が腐った魚のような目をしながら「お嬢……友達辞めるぞ?」とまるで地獄の奥底から絞り出したような声で怒られてしまいました。あんなに静かに怒り狂ってるユーキ様なんて初めて見ましたわ。怖かったです……。


 もちろんその求婚はオスカー殿下をその場で瞬時に殴り倒してお断りされたそうですが(一緒にいたフリージア様が)瞬く間に騒動を聞き付けた街の人達に囲まれ身動きが取れなくなった時に、オスカー殿下が復活されユーキ様に突進したのだとか。不思議なことにオスカー殿下が突進するギリギリのスペースだけ隙間が空いていていたのだそうです。摩訶不思議です。

 そしてオスカー殿下を避けきれなかったユーキ様はぶつかられた衝撃で眼鏡が吹っ飛んでしまい、素顔をさらけ出してしまったそうで……


 ご想像の通り、ユーキ様の素顔を目撃した女性たちから黄色い声が上がりユーキ様はもみくちゃにされてしまったのです。

 下は3歳から上は107歳まで。幅広い年代の女性たちのハートを虜にしてしまい、それはもう衛兵がやってくるくらい大騒動になってしまったそうです。……なんて悲惨な。

 なんとか商会まで逃げてきたそうですが、もちろんお店どころではなくなってしまい、フリージア様がユーキ様は女性であると説明しても諦めたのは全体の3割程。さらには押し寄せた人たちのせいでフリージア様がケガをしてしまったのですわ。


 そんな事がありユーキ様とフリージア様は身の安全を考えて、今は公爵家で匿っております。商会の様子を見に行ってくれた使用人からの報告では、オスカー殿下がうろちょろしていたらしいですけれど……なぜオスカー殿下は城を脱げ出しているのかしら?確か簀巻きにして鎖に繋いでおいてもらったはずですのに。あの方はどんどん縄抜けと脱走の技術が向上していて困ったものですわ。


「セレーネお嬢、ちょっといいかい?」


「ユーキ様。どうしました?」


 部屋にやって来たユーキ様は分厚い眼鏡を指で押し上げながら「ボク、旅にでることにしたよ」とおっしゃったのです。


「旅へ?」


「ああ、そうだよ。あんな騒ぎを起こしたんじゃもう街にはいられないからね。の事もあるが、なによりもボクは静かに暮らしたいんだ。だから事業の方はボクは手を引かせてもらうよ」


「あら、それならあの商会はユーキ様に差し上げますわ。旅に出るにしても旅先で資金はどうなさるおつもり?それならば旅をしながら便利グッズを売る商売をなさればいいんですわ」


「いいのかい?それならフリージアも喜ぶから助かるけど……」


「では馬車を用意いたしましょうか?」


「いや、それには及ばないよ。ついに例の物が完成したんだ。……“キャンピングカー”がね!」


「……きゃんぴんぐかぁ?それはなんですの?」


「簡単に言うと移動式の小さな家さ。馬や燃料が無くても走るようにするのに時間がかかったけどこれならどこにでもすぐ行けるんだよ」


 それはまた画期的な物をお作りになったようですわ。ユーキ様の開発能力は凄まじいですわね。


「希少な材料をふんだんに使ったから量産は無理だけどね。ボクとフリージアの二人旅なら問題ないよ。旅のついでに実験データもとれるしね」


 ニヤリと笑ったユーキ様は久々に楽しそうな顔をされていましたわ。最近はオスカー殿下のせいでげっそりなされてましたから、元気になられて良かったですわ。


 こうしてユーキ様とフリージア様はその日の夜にきゃんぴんぐかぁなる乗り物でこっそりと旅立たれたのですわ。

 別れは悲しいですが、ユーキ様ならどこに行っても大丈夫でしょう。フリージア様も「ユーキ様と新婚旅行……ぐふふ」となんとも言えない顔で幸せそうに呟かれていたので、オスカー殿下に付きまとっていた頃より楽しそうなので安心しましたわ。というかもう別人ですね。フリージア様はすっかりユーキ様に馴染んでおられましたわ。



 数日後、シラユキ様とお茶をしながらユーキ様のことを話していました。シラユキ様はアレクシス殿下と結婚されて今は王太子妃になられたのですわ。アレクシス殿下の仕事をサポートして立派にお役目をこなしておられます。


 するとシラユキ様が「まるで〈ルドルフの冒険〉みたいですわね」とおっしゃられました。確か、ルドルフと言う名の旅人が各国を旅しながら色々な出会いを果たし困難に立ち向かっていく物語でしたわね。


「そのルドルフは、長い年月の中でたったひとりの相棒となる少女と出会いさらに旅を続けるのですわ。ルドルフとこの少女の掛け合いがとてもおもしろいのですのよ」


「ふふっ、なんだかユーキ様とフリージア様みたいですわ」


「少女の描写はセレーネ様にそっくりなんですけれど……確かにそう言われるとあのおふたりのようでもありますわね」


 ちなみにオスカー殿下があれからどうなったかと言いますと……ユーキ様が旅立たれたのに気がついたらしく追いかけて行ってしまわれましたわ。ユーキ様は特別な乗り物で行かれたので追い付くのは無理ですって言ったのですけど、走って追いかけるんだとか。

 オスカー殿下、ユーキ様に本当に本気なようで「俺にはあのおっぱいしかいないんだーっ!」と叫ばれながら走っていきました。ユーキ様はオスカー殿下みたいな方を「むっつりスケベ」とか「おっぱい星人」と言う名の変態だとおっしゃってましたが……ユーキ様、本当にいかがわしい関係とかなかったんですよね?フリージア様も「わたしの命に変えてもユーキ様の貞操は守ってみせます!」と言って下さいましたし大丈夫だとは思いますが、まだオスカー殿下は王子なので婚姻前にそんな関係になどなってしまったらユーキ様が王子を惑わした罪で捕まってしまいますわ。と言うか結婚させられてしまいますわね。確実に。今やあのオスカー殿下と婚姻を結びたい貴族はこの国にはいませんし……ユーキ様ファイト!ですわ。


「ところでセレーネ様、結婚式の準備は進んでおられますか?」


「はい、実はもうすぐドレスが縫い上がるんです。良ければシラユキ様にも見ていただこうかと思いまして」


「あら、愛しの婚約者様より先にわたくしが拝見してもよろしいの?」


 クスクスと笑いながらシラユキ様がからかってくるので、思わず顔が赤くなってしまいました。


「ハルベルト様には完璧な姿でお見せしたいですし……もう、シラユキ様ったらいじわるですわ!」


「ごめんなさい、セレーネ様の反応が可愛くてつい」


 アンナが新しいお茶を運んでくるまでからかわれ続けてしまったのですわ。もう、恥ずかしいです!






 こうして無事に結婚式を迎えたセレーネとハルベルトは永遠の愛を誓い、末長く幸せに暮らしました。

 それから旅に出た友人と元婚約者がひと騒動起こしたり、子供が産まれたりとなにかと色々ありましたが、それはまた別の話……。










*****


 これにて、セレーネの婚約者を断捨離する物語は終わりです。

読んでくださった皆様、有り難うごさいました!感謝です!もしかしたら、ユーキたちのスピンオフ物語があるかもしれませんが……一旦完結させて頂きます。


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