第20話 【番外編】オスカーの目覚め
第三王子であるオスカーはセレーネと婚約を破棄してからずっと考えていた。
3歳の頃から一緒にいた婚約者。好きで好きで、大好きで、ずっと一緒にいて欲しかった。彼女が一瞬でも他を見ないようにと自分だけを見ていてくれるようにと躍起になっていたが、その全てが裏目に出ていた事に気付いた時にはもう遅かったのだ。
セレーネは俺と結婚するくらいならキズモノだと言われた方がマシだと言い放ち、俺の行いを叱った。あの時セレーネに打たれた頬に痛みはなかったが心が痛くなった気がした。
どんなにわめいても暴れても彼女が戻ってくることはなく、セレーネを陥れたあいつらはセレーネの計らいにより釈放されたが俺だけが許されなかったのだ。そう思うと深いため息が出た。どうすれび良かったのだろうと。
毎日のようにアレクシス兄上にみっちり再教育と言う名のお仕置きをされ、今日もズタボロになった俺は午前中で城を抜け出し、気分を変えようと街へでる。しかし街にも俺の噂は広がっていた。人の視線やなにかしゃべっている姿が全部自分の悪口を言われているような気になって、俺は森の方へと全力疾走したのだった。
が、
「うわぁっ?!」
俺はなぜか、巨大な網に引っ掛かって宙吊りになっていた。
確か俺は森の中を脇目も降らずに走っていたはずなのになにかに足がぶつかったと思った途端、網に全身を包まれびよんびよんと揺れる木の枝の先に網ごとぶら下がっている。
「やりましたよ、ユーキ様!見事大物がつかまっ……あれ?シシイーノじゃないみたいですよ?」
「なんだって?それじゃシシイーノ鍋が出来ないじゃないか」
下の方から声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、人影がふたつ。
ボサボサの黒髪に分厚い眼鏡をして白衣を着た長身の男?と、なんとなく見たことがあるような女がいた。……そうだ、セレーネをいじめてたって言う違う国の女だ!確か心を入れ替えたらしいって聞いたけど、なぜこんなところに?
「……これは人間だな。さすがにボクは人間を食う趣味は無いし、どうしようか。――――逃げる?」
「逃げちゃダメですよ、ユーキ様!よく見て下さい、あれってオスカー様ですって!」
「オスカー?誰?ボクは興味の無いことは覚えない主義なんだ「この国の第三王子ですよ!いいかげん覚えてください!」……あぁ、例の馬鹿王子か」
すると長身のボサボサ頭が「しょーがないな」と小さな光る物を構えたと思うと俺に向かってそれを勢い良く投げてきたのだ。それは小さなナイフで、なんと俺が包まれている網ごとそのナイフで切り落とした。
「え?え?え?……うぎゃあぁぁぁぁ?!」
「フリージア、頼んだよー」「はい!」
そのまま落下した俺はさすがに命の危険を感じきつく目をつむったが落下の衝撃はなく、ぼよんっとした軟らかい物に包まれた。
「成功です、ユーキ様!」
「さすがボクだね!この切れ味抜群小型投げナイフの〈なんでも切れる君〉と、どんな落下物も優しく衝撃を吸収する〈なんでも包む君〉。この〈なんでもシリーズ〉はきっと売れるよ~!」
「あ、でもユーキ様……この〈なんでもシリーズ〉、1回使ったら壊れちゃってますよ」
「あれま。耐久性に問題ありかー。せっかく防犯グッズ以外の商品開発も進めてたのになー」
「〈なんでも包む君〉はプリンを元にしたせいでは?」
「何を言っているんだ。プリンに包まれるなんて人類の夢だろう?」
よくわからない会話を聞きながら呆然としていると、突然目の前にボサボサ頭がにょきっと顔を出した。
「ちよっとそこの役立たずの王子サマ?生きてるでしょ?ボクたちシシイーノを捕まえたいんだよね、邪魔だからとっとと帰ってくんない?」
なんだか馬鹿にされたような言い方にカチンときて言い返そうと口を開いたが、別の場所が先にわめきちらしてしまった。
ぐ~きゅるるるるるるるる!!
「……」
そういえば、もうすぐ夕方なのに昼ご飯食べてなかった……。空腹に気づいた途端それは一気に激しくなり、俺はそのまま目を回し倒れたのだった。
くんくんくん……。美味しそうな匂いにつられ俺は目を覚ました。
うっすら目を開ければぼんやりと見知らぬ天井が見えて、出汁の匂いがする柔らかい湯気が顔を包む。
「おー、完成したぞ~」
「美味しそうですね、ユーキ様!」
さっきのボサボサ頭と違う国の女がなにやらはしゃいでいるのが見えた。そしてなんとも美味しそうな匂い。これはなんだろう。
「シシイーノが手に入らなかったからな。今日はフリージアが市場で安く買ってきてくれた魚のアラでアラ汁を作ってみたぞ」
「ユーキ様がお作りになる料理はいつも変わった味ですけど、美味しいですよね!」
「ふふん、そうだろう。もっとボクを崇め奉りたまえ。顆粒出汁を作るのにどれだけ苦労したか……あ、王子が起きてるじゃないか」
「あら、本当ですね。どうしましょう、衛兵に通報いたしますか?」
「セレーネお嬢には伝えてないの?」
「この方はセレーネ様の前の婚約者ですよ?さすがにちょっと……」
「うーん、お嬢を困らせるのもあれか。……まぁいいや、とりあえずご飯にしよう。なんだっけ……スッカラカン王子?アラ汁食べるかい?腹が減ったくらいで倒れるなんて軟弱なやつだな」
「ユーキ様、オスカー様ですよ」
「なんでもいいよ、めんどくさい」
反論をする間もなくけたたましく繰り広げられるふたりの会話に目をぱちくりしながらもぼーっと聞いていると、目の前になにか汁物を差し出される。
「ほら、食いな」
魚?のような物が浮いている汁物だったが良い匂いと空腹に耐えかねて思わずひと口啜ると……めちゃくちゃ美味しかった。
「美味しいだろう?」
ボサボサ頭がニヤリと笑ってこちらをみたが、なぜか少しだけドキっとしてしまったんだ。
なんなんだろう、こいつは。王子であるこの俺に王子だとわかっていてもこの態度だ。セレーネの事も知っているようなのに蔑んだ目で見てくるわけでもない。ただ、めんどくさそうな態度だが食料だろう汁物を差し出してくれた。
「うん、美味い……」
初めて食べたその味は、体中に染み渡る。そんな味だった。その時、ボサボサ頭がさっきのニヤリとは違う顔で「だろ?」って笑ったんだ。なぜかその時、“綺麗だ”と思ってしまった。
それから、そのボサボサ頭から目が離せなくなった。
この汁物を食べてあの変な女とはしゃいで、デザートだと言ってなにやら黄色いプルプルしたものを俺の口に突っ込んできた。それは甘くて滑らかで、初めて食べたものだった。
「ふっふっふっ、この王子の反応を見たまえ!これぞメシテロだ!」
ボサボサ頭が叫んだ言葉にはっとする。テロ?!テロって、あれだろ!なんか国家反逆的なやつだ!
「お前……まさかテロリストなのか!」
俺は思わずボサボサ頭に飛びかかった。この国に反する奴はとらえなくてはいけない。それが国を守る者の使命だからだ。
「えっ、ちょっ……」
「あ!あぶな……!」
どさっ!ばっしゃああぁぁぁん!!
俺がボサボサ頭を押し倒した瞬間、天井から大量の水が降ってきたのだ。
「……?!」
突然の雨?部屋の中なのに?と混乱しながら視線を下に向けると、そこには押し倒した衝撃で眼鏡がはずれ、ボサボサだった髪はさっきの大量の水をかぶったからかシットリと濡れている。その素顔を見てとんでもなく美しい男だと思った瞬間、両手に柔らかい感触を感じた。
ふにっ。ぷにぷにぷに……
「……おい、変態王子。婦女子の胸を鷲掴みにして揉みしごくとは良い度胸だな」
「お、男なのにおっぱいがついて「女だ愚か者!」へぶぅっ!?」
顔面を頭突きされ後ろに吹っ飛ばされた。痛みはそんなにないが、びっくりして油断してしまったみたいだ。
「ユーキ様!大丈夫ですか?!なぜか突然不思議なことに〈火の元消します君〉が誤作動したみたいです!……ああ!ユーキ様が水も滴って色気爆発にぃ!」
「ちっ、まさかボクがこんな強制テンプレのラッキースケベに巻き込まれるとは……ちょっとフリージア、わけのわからない事叫んでないで眼鏡探してよ。あぁ、服がびしょびしょだ」
「ユーキ様、まだ白衣脱いじゃダメです!シャツが透けて丸見え……ってユーキ様下着つけてないじゃないですか?!」
「ボクはノーブラ主義なんだ。くそ、なんも見えん」
そんな言葉が耳に届き、情けないことに男の本能なのか反射的に見てしまった。
ボサボサ頭が髪をかきあげると、まるで美の彫刻のような顔が水が滴っているせいかやけに艶っぽく感じた。さらに水に濡れた白いシャツがうっすら肌色に透けていて、白衣からさらけ出された大きくはないがそれなりに主張しているふたつの山のてっぺんに俺の目は釘付けになってしまったのだ。
「こぉんの、ド変態~っ!!」
オスカーの視線にいち速く気付いたフリージアにアラ汁の入った鍋で殴られて気絶する瞬間まで、オスカーはユーキ(の胸)から目が離せなかったのだった。
その後。オスカーは気絶したまま路上に放り出され、パトロール中の衛兵に発見され連行される。
それからしばらくオスカーは心ここにあらずな状態でアレクシスを困らせたのだが……。
3歳の時からセレーネひとすじだったオスカーが、セレーネ以外の異性に始めて興味を持った瞬間だった。(オスカー、性への目覚め)
そしてユーキの事がやたらと気になるようになったオスカーがちょくちょくやって来るようになり、その度にフリージアが試作品で追い払う攻防戦が続いた。そのおかげなのかたくさん実験データがとれたので新商品は良い出来だったが、オスカーに付きまとわれてユーキが辟易としていたのは言うまでもない。
「ユーキ様の貞操はわたしが守りまぁす!!」
「……フリージアは、もはや元王女の面影が欠片もないね」
オスカーがユーキを口説ける日がくるのかは誰にもわからなかったが、テンプレを強制的に引き起こすオスカーがすぐまたなにかやらかすのは確実だと思われる。
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