第19話 【番外編】 星の落とし物

「んぅーっ!うっまぁーい!」


 ここはこの国の公爵家の令嬢が経営している、とある商会の開発室。この開発室でその令嬢の共同経営者として働くひとりの人物が自分が発案して開発したという食べ物を試食していた。


「……ユーキ様、またサボってるんですか?」


 後ろからなんとも冷たい目を向けられたと思うと、数ヵ月ほど前から新たに助手として雇っている少女がいた。この少女の名前はフリージア。元隣国の王女だったらしいが色々らやかしたとかで母国から追放され親からも縁を切られたそうだ。まぁ、あのセレーネお嬢にケンカを売ったんだから当然だろう。


「失敬だな、フリージア。ボクは新たな開発研究をしているんだぞ」


「ユーキ様の開発するべきものは防犯グッズで、甘味ではないと聞いています」


「まぁそう言うなよ、かたいな~。君もプリン食べる?」


 ぷるんと揺れるそれを見せれば一瞬目を輝かせるが、すぐにキリッと顔を引き締めた。


「今は仕事中です!それにわたしはあなたが変なことをしないように見ててくれとセレーネ様に言われているんですからね!」


 おやおや、真面目ですなぁ。これが元悪役王女でセレーネお嬢の婚約者を奪おうとして躍起になってたなんて信じられないくらいだ。自分の罪を許し牢獄から出してくれてその後の生活も保証してくれたセレーネお嬢に恩義を感じて心を入れ換えたんだと。


「酷いなぁ、こんなに毎日身を粉にして働いているのに……セレーネお嬢も最近は君に任せっぱなしで全然商会に顔を出さないし、つまんないなぁ」


「セレーネ様は色々とお忙しいんですよ。……第三王子との婚約を破棄されましたし」


 フリージアが暗い顔をして視線を足元に下げた。おお、なんだ一応責任を感じているってことだろうか?

 ボクはそんな彼女を慰めようと口を開いた。


「ぷぷーっ!何その顔!もしかして自分の横恋慕のせいでセレーネお嬢が婚約破棄されたとでも思ってんの?自意識カジョーじゃない?だいたいライバルとして認識もされてなかったくせにあんな幼稚な嫌がらせやってたなんてはっずか「うるさいですわ!」ぎゃん!」


 ちょ、今ボクの頭をスリッパで殴ったんだけどー。すぱぁん!といい音がなったんですけどー。


「ちょっと、フリージア。スリッパは人を殴るものじゃないよ?元王女ってのはそんな常識もないのかい?」


「元王女は関係ないですわ!っていうか、このすりっぱって履き物もここに来て初めてみたんですから!いいから仕事なさい!」


「へいへい」


 ぷんすかと怒りながら「掃除をしてきます!」と部屋を出る彼女の手は荒れて傷だらけだ。この数ヵ月、慣れない水仕事や掃除ばかりしているからなぁー。だったって言うからもっと反発するかと思ってたけど意外と素直でびっくりだよ。


 ん?ボクは誰だって?

 ボクの名前はユーキだよ。ここらへんではユーキで通ってるからね。まぁ、でもの事を言っているなら……結城沙絵って言うんだけどね。沙絵さえって名前、あんまり好きじゃないんだ。だからユーキって呼んでもらってるよ。一応、倭国から来た技術者ってことになってるんだ。名前の響きが倭国と同じらしいからね。あ、ちなみに女だよ。黒髪、黒目、ボサボサの髪に分厚い眼鏡をして一年中白衣を着ている変人さ。よろー。


 え?怪しい?そりゃそうだろうねぇ。ボクだってこんな人間がいたら怪しいと思うよ。でも、本当の事を言ってもたぶん誰も信じないだろうから言わないだけ。


「んー、プリンじゃダメか。それなら薬用ハンドクリームでも作ってみるかなぁ」


 今は暇潰しも兼ねてセレーネお嬢から引き取った元悪役王女を手懐けようと奮闘中さ。彼女、セレーネお嬢から任された仕事は真面目にするくせに、ボクには全然なついてくれないんだよねぇ。なにが悪いんだろ?


 テンプレでないことは予測がつかないので苦手かも。と頭を悩ませていると閉まったばかりの扉が再び開けられた。


「ユーキ様、セレーネ様がおいでになりましたよ」


「お久しぶりですわ、ユーキ様」


 フリージアの後ろからぴょこんと顔を出したセレーネお嬢は、数ヵ月前に会った時よりずっと幸せそうな顔をしていた。そしてはしゃぐ気持ちを押さえているのかそわそわしながら「お知らせしたいことがあって、来ましたの」と深い海のような瞳を細めたのだ。


 蜂蜜色の髪がゆるやかに揺れるのを見て、ボクは彼女に初めて会った時の事を思い出していた。















 ボクは200年に1度あるという流星群の夜、この世界に現れた。

 なんでも≪流星群の奇跡≫の力が凄かったらしくて磁場が乱れたんだとか。ボクはその磁場の乱れに巻き込まれてしまったようだ。と、神様が言ったのさ。



『そのぉ、磁場の乱れでブラックホール的な物ができてしまいまして……急いで閉じたんですけど、あなた様がその前に吸い込まれてしまったみたいでして……』


「はぁ、それで?」


『なんか、アレがコレでソレしちゃったみたいで、あなた様は元の世界ではいなかった事になっちゃいました。てへっ』


「はぁ、それで?」


『反応うすっ!え?だって存在がいなかったことにされたんですよ?もう元の世界には戻れないし、普通もっと慌てるとか泣き叫ぶとかあるでしょぉ?!』


「はぁ、それで?」


『もうやだ、この人!!』


 あ、自称神様が泣いちまった。いや、アレコレソレとか言われても実感ないし、いなかった事になってしまったのならもうどうしようもないだろうに。


「ボクは無駄な事はしない主義なんだ。それで、このあとどうしたらいいんだい?」


『えーと、それじゃ異世界に行って頂きたいんですけどぉ……なにか欲しい能力あります?』


 ということで、ボクはボクが作りたいと考えた物を材料さえ揃えれば生成できるという能力を貰ったのさ。いわゆる錬金術的な能力なのだが、だからってなんでも作れるわけじゃない。その世界にあるものでしか作れないからいいのだよ。なにごとも等価交換は大切だと思うね。ついでに言えば、作りたい物を考えるとそれに必要な材料が脳裏にリストアップされるというオマケつきだよ。物によっては入手困難だったりするけど、それが手に入れば作れるんだからテンションも上がるってもんさ。


 そんなわけでボクはこの世界にやってきたわけさ。って、流れ星と一緒に地上におとすってちょっと乱暴じゃないかい?神様よ。軽くクレーターできてるけどいいのこれ?

 とりあえず人里離れた山奥に来たよ。ボクって人見知りだから、あんまり他人と関わり合いになりたくないんだよ。


 まずは木を使って小屋を作ったり、生活に必要な物を生成したらかなり快適になったわけさ。

 ひとつ不満があるとすればマンガやゲームが無いことかな。そういえば読みかけの悪役令嬢の小説、どんなざまぁがあったんだろう。

 あのブラックホールとやらに巻き込まれる前のボクは大学生をやっていて、小説とかマンガとかゲームとかが好きないわゆるオタクだった。いや、今も好きだけどね。

 あとは物作りかなー。実験とか改造とかも大好きで、よく授業をサボって実験室に忍び込んでたっけ。そういや、ビーカーでプリンを作ろうとしてたらなぜか爆発して気がついたら神様の所にいたんだった。ビーカープリン、斬新だと思ったんだけど。


 山奥の生活にもなれた頃、時々街へ足を運ぶようになった。山だけだとどうしても手に入る材料に限りがあるし、ボクが生成した木の飾りは高く買い取って貰えたのでそのお金でたまに食べる屋台の串焼きはごちそうだったよ。


 そういえばその頃に変な子供に出会ったな。ボクが作った木のピンブローチをたまたま見て「職人さんですか?僕にも作ってくれませんか」って言ってきたんだ。フードを深く被ってたから顔はよく見えなかったけど肌が弱いから日除けをしないと外を歩けないらしい。まだ子供なのに難儀なこって。まぁ、身なりはちゃんとしてたからお金くれるならいーよって依頼を受けたけどね。

 翌日、待ち合わせ場所にやって来たその子はデザイン画と材料の銀の塊に真珠を渡してきた。少し濃いめの銀色にして欲しいってさ。それにしても子供がデザインしたわりにシンプルだな。「誰かにプレゼントかい?」と聞いたら「……渡せないけど、どうしても作りたくて」とうつ向いた。やべっ、聞いちゃダメなことだったみたいだ。とにかくまた明日ここに来てって言って別れたんだ。あんな子供なのに訳ありなのか。この世界の子供事情はよくわからないなぁ。

 まぁ、ちゃんとお金はくれたしそのおかげで新しい材料が買えたから開発という名の生成も幅が広がったのであの少年には感謝しかないが。それにしても相場の5倍も出してくれるとは、あれはいいとこの坊っちゃんだなー。


 それからしばらくした頃、なんとなく小屋を出て空を見上げたら……なんと、女の子が空から降ってきた。


 え、まじ?!と思わず両手を前に出したら、ぽすんっ!と腕におさまるように蜂蜜色の髪をした少女が落ちてきたのだ。

おいおい、ボクは空を飛ぶ秘密の島を探しに行くのも巨大なロボットに襲われるのも勘弁だぞ?まさか次は空賊に追いかけられるんじゃないだろうな。


「あら、失礼いたしましたわ」


「……いえ、どーも」


 空から落ちてきたというのにその少女はなんでもないようににっこりと笑い、ボクの腕から降りるとペコリと物語のお姫様のようなお辞儀をした。

 落ちてきた理由を聞けば、なんでもペットの犬と空の散歩中に背中でちょっとふざけていたら落ちてしまったらしい。さすが異世界だ、この世界の犬は空を散歩するのが通常らしい。いや、けっこう長くここに住んでるが初めて聞いたけど。……まぁ、いいか。

 ボクは難しい事を考えるのが嫌いなので思考を諦めた。どうせ考えるなら新しい生成の事を考えたいからね!


 とまぁ、それからその少女……セレーネお嬢となぜか仲良くなり、ボクの生成した物を見せたら「一緒に事業をしませんこと?!」とスカウトされたのだ。

 細かいことは省くが、セレーネお嬢が街に商会を構えてそこにボクの開発室を作ってくれた。そこなら最新の機材が使いたい放題なんだ、住み込むに決まってるだろう。

 だいたいの流れはセレーネお嬢が「こういうのが欲しいんですの」と言ってきたら「じゃあこんなのでどうだい」とボクがアイデアを出しセレーネお嬢が材料を揃えてくれる。ちなみに生成している姿は誰にも見せていない。ここだけの話だけど、実は生成中はちょっと人には見せられない姿に変貌してしまうんだ。神様曰く『チートの代償』らしいが。まぁ、セレーネお嬢のおかげで開発に集中出来るし今の暮らしに不満はないからいいさ。


 セレーネお嬢は時折やって来ては新商品の実験を手伝ってくれた。どうやら実験に最適な頑丈な人間がいるらしくデータを取ってきてくれるが、なんかムカつく事があったあと使うと多少鬱憤が晴れるらしいよ。何にムカついているのかは教えてくれなかったが、なんか婚約者?に会いに行った後は機嫌が悪かったなぁ。子供なのに今から婚約者がいるのかぁ。と思ったが、つい忘れそうになるけどセレーネお嬢は公爵令嬢だからな、婚約者くらいいるだろうさ。そういえばいつだったか1回だけセレーネお嬢が涙ぐんだ顔でここに来たことがあった。「私の髪の色って変かしら?」って聞かれたっけ。ボクが「美味しそうな蜂蜜色だよ」と答えたら「あのバカよりはマシですわ」と言ってやっと笑ったっけ。このセレーネお嬢を泣かすなんてとんでもない奴もいたもんだ。


 あれから何年たったかな。ボクは年月を数えるの苦手なんだよ。だってほら、ボクって歳とらないらしいんだ。≪流星群の奇跡≫の影響だったかな?だから年齢不詳なんだよ。セレーネお嬢には「開発中の薬を自分で人体実験したら失敗してなんかこんな体質になっちゃった☆」って言ったら「……ユーキ様らしいですわ」と言われたよ。ちょっとそれ、どーゆー意味さ?でも周りには内緒にしてくれてるし、ボクはあんまり外にでないからまだバレてないよ。


 それでも買い出しとか色々困ることも出てきた頃、悪役王女を引き取ったのさ。

 悪役王女だよ!本物だよ!なんか小説とかにありそうだろ?

色々反抗されたらされたで、面白そうだと思ったんだよね。それに最近はちょっと退屈だったからさ。

 フリージアは最初は複雑な顔をしていたけど、頼んだ仕事はちゃんとやってくれたし文句も言わなかった。自分の立場はちゃんと理解しているといっていたよ。

 ふざけて「ボクの前ではわざと転けないの?」って聞いたらスリッパで殴られたけど。いじわるだったかな。でもセレーネお嬢はボクの友達だから、友達をいじめてた奴がどんなふうな奴か確かめたかったのさ。

 今では立派なボクのモルモッ……ゲフンゲフン。大事な実験を手伝ってくれる仲間だよー。あはは。冗談はおいといて、フリージアのくれる意見は貴重だよ?生成だって完璧じゃないし、微調整するためには色んな意見を取り入れなきゃね。




「それで……って、もう、聞いてますの?」


 ボクが上の空だったのがお気に召さないのか頬を膨らますセレーネお嬢。好きな人と婚約したって、それ惚気だろ?


「ん、ああ、聞いてるって。そういえば、だいぶ前に日に焼けなくなる道具はないかって言ってたろ?完全には無理だけどこの“日焼け止めクリーム”を肌に塗れば火傷まではしなくなると思うよ」


 そう言って新しく出来た物を渡せば、セレーネお嬢は嬉しそうに笑った。


「たぶんお嬢の言ってる症状は日光によるアレルギー反応だと思うんだよ。これにはアレルギー症状を抑える成分と陽射しから受ける刺激を和らげる効果があるんだ。一応モルモ……人体実験はしたけど、最初は少しづつ使って。もし塗ったところが赤くなったりしたら使用を辞めてまた言ってよ」


「ありがとうございます!」


 ふと、セレーネお嬢の胸元に光った物を見つけ視線を動かせば、そこには真珠をあしらえた銀細工のピンブローチがあった。少し濃いめの銀色でシンプルな造りのそれはセレーネお嬢によく似合っている。


 ……なんか見たことあるような?うーん、まぁ、いいか。





 ご機嫌で帰ったセレーネお嬢を見送り、フリージアの様子を見れば彼女もなんだか嬉しそうだった。

 セレーネお嬢の新しい婚約者のことを知っているそうで、なんでも以前酷いことを言ってしまった相手らしい。君、セレーネお嬢だけじゃなくて他の人にもなんかやらかしてたの?と言いそうになったがやめておいた。


「ユーキ様、改めてわたしを引き取ってくれてありがとうございます」


「急にどうしたのさ?」


「いえ、こうやってセレーネ様に償うチャンスが頂けましたし、今の方が王女だった頃より充実してますから。それに……」


 ふーん?元悪役王女をここまで改心させるなんて、さすがはセレーネお嬢と言うところだろうか。


「ユーキ様、今日も眼鏡を貸して下さいますか?」


「へ?別にいいけど……」


 実はフリージアには変わった趣味がある。1日の仕事が終わり自分の部屋に帰る前にボクの眼鏡を見たがるんだ。ボクって視力がかなり悪くて眼鏡ないとなんにも見えないから、ボクの眼鏡でフリージアが何をしているのはわからないけど見るだけだっていうから貸してあげてるよ。うっすら人影は見えるから目の前にいるのはわかるしね。

 しばらくじっとしてると思ったらやっと眼鏡を返してくる。普段はボクに厳しいのにこの時だけはご機嫌なんだ。


「それではわたしは部屋に帰ります」


「うん、また明日もよろー」


 そんなに眼鏡が好きなら、今度フリージア用の眼鏡を作るかなー。でも彼女、視力悪くないよね?やっぱり異世界人は不思議だなぁ。


 あ、そういえば……今日セレーネお嬢がつけてたみたいなピンブローチ、ボクも作ったことあったよね?確か変な少年に頼まれたやつ。……あの少年は、ちゃんと渡したい人にあのブローチを渡せたんだろうか?


 そんなことを考えながら窓の外を見上げると、まるで空から落ちたように星がひとつ流れた。










*オマケ*


「今日もイケメンでした……!」


 元隣国の王女であるフリージアの趣味はイケメン観賞である。

 オスカーにフラれ隣国にも縁を切られて生きる気力を失っていたフリージアは、セレーネにユーキを紹介されて息を吹き返した。

 そう、ユーキは眼鏡を取ると超絶イケメンだったのだ。

 ユーキが女であることはわかっているが、顔がイケメンなので問題無しだ。

 毎晩寝る前にユーキの偏差値の高すぎる顔面をじっくり拝んでから眠れるこの生活を与えてくれたセレーネを、今では女神だと崇拝している。


「あの顔面でご飯3杯いけます……!」


 ユーキの顔が拝めるならば水仕事も掃除もまったく辛くないフリージアなのであった。

ちなみにちょっとツンデレである。

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