第12話 母の企み

すっかりシラユキ様と話し込んでしまいその日は倭国にお泊まりをすることになりました。オンセンというお風呂は夜空を見ながら入浴出来るしなんだかお肌がつるつるになりますわ。

 それにしても毎回思うのですが、倭国の服装は不思議です。なんだか四角い布のように見えますのに体に巻いてひもで結ぶとどんな体型にもフィットしますのよ。同じ服なのに違う体型にすぐ合わせられるなんて画期的ですわ。何より歩きやすいのですよ。ユカタと言うのですって。


「あら?」


 お風呂上がりに岩と砂を使ったストーンガーデンなる所を散歩しているとシラユキ様を見つけました。その足元には黒装束を着た人が膝をついていて、シラユキ様になにやら書簡を渡しております。


「シラユキ様?」


「あら、セレーネ様。温泉はいかがでしたか?」


 黒装束の人が私に気づきペコリと頭を下げるとシュッと音をたてて消えてしまいました。


「あの、今の方は?」


「あぁ、あれは忍者ですわ。倭国の優秀な使者ですのよ」


 なんでもニンジャというのは、ものすごい早さで走って各国へ書簡を届けたり出来る役職の方らしいですわ。


「セレーネ様のルドルフのように人や荷物は運べませんけれど、急な書簡や使者としてなら不眠不休で走って1日もあれば往復出来ますの」


「まぁ、それはスゴいですわ。でもニンジャの方は体は大丈夫ですの?」


「ふふっ、きっと今ごろ白目をむいて倒れてますわ。セレーネ様がいらしたからカッコつけて帰りましたけど。1度この仕事をこなすと体力と精神の限界で3日は寝込みますから急を要するに時にしか出来ない仕事ですのよ」


 3日も寝込むとは……それほど集中して走っておられるそうですわ。なんでも1度足を止めると再び走り出すのにロスがしょうじるので目的地につくまでひとり耐久レースのようにずっと全力疾走して道なき道を走るのだとか。大変ですわね。


「では、そんなに急ぎの書簡が届きましたの?」


「ええ、ちょっと失礼致しますわね……」とシラユキ様は書簡の中身に目をとおすと、にっこりと笑顔になりました。


「セレーネ様、明日はわたくしもご一緒に連れていって頂いてもよろしいかしら?お花見の相談もしたいですし」


「もちろんですわ」


 そういえば、お母様からはそのオハナミについてのお願いもされたんでした。ただ、今は国がバタバタしてますからサクラの様子を見て決めたいらしいですわ。早く国王陛下が私とオスカー殿下の婚約破棄を認めて、ついでにオスカー殿下に新しい婚約者をあてがって下されば良いと思いますわ。お相手なら男爵令嬢は捕まったみたいだけれどまだ隣国の王女がいますからね。そうすれば国としては一応落ち着きますもの。

 婚約さえ正式に破棄されてしまえば、またいちゃもんをつけてきても対応できますから。まぁ、例えあちらがどんな手段を使ってきてもルドルフは絶対渡しませんけどね!



















「え、隣国の王女も捕まったんですか?」


 翌日、シラユキ様と共に帰ってきた私は庭で待っていらしたお母様からの笑顔の報告に驚きました。


「ええ、そうよ」


 いやいや、隣国の王女ですのよ?あんなのでも他国の王族なわけでして、いくらなんでもどうやったんですか?


「あら、ちゃんと隣国からあの王女は王籍を剥奪し追放したのでお好きにどうぞって許可をもらったわよ?ね、シラユキ皇女」


「ふふっ。最初は無関係を貫こうとしたようなのでけれど、あの王女が害した相手がセレーネ様だと知り掌を返したのですわ」


 もしかしてなくてもシラユキ様もこの件を知っていたようです。


「なぜ私だと知ったからってそうなりますの?あちらは王家で私は公爵令嬢ですのに……」


「そんなの簡単ですわ。隣国もルドルフの恩恵を頼りにしているということです。どうやら隣国は単なる貴族の令嬢と男性を取り合ってるだけだと思っていたようなので放置していたそうなのですが、まさかその相手が“神獣と空を駆け抜ける聖女”との二つ名を持つセレーネ様だと知り魂が抜けかけたそうですわ」


 なんですか、その恥ずかしいあだ名は……。


「セレーネ様が開拓なされた“空の流通便”はほとんどの国に恩恵をもたらしてますのよ」


「そういえば隣国にも何度か荷物を運びましたけれど……私は商人の方としか会ったことがありませんでしたので、王族の方にまでそんな風に知られていたなんて知りませんでしたわ。

……もしかしてシラユキ様、あのニンジャって……」


「あら、カトリーナ王妃殿下からのお手紙で真実を知っただろう隣国に、その対応次第では倭国も黙っていない。とお知らせしに行っただけですわ。もしその王女を庇うならば圧力に圧力をかけて隣国をぺしゃんこにし、さらにはすべての流通が永久に停まるだけだ。と」


「さすがシラユキ皇女、頼んだ瞬間に動いて下さいました。うちから出向いた使者は失礼なことをしませんでしたか?」


「とんでもないですわ。そのおかげで手早く使者を送れて圧力をかけられましたし、セレーネ様とゆっくりお話もできましたもの。使者の方はしっかりとおもてなしさせて頂いております」


 どうやら私がお手紙を持っていく前にすでに早馬で使者が倭国へ行っていたようですわね。


「……ちょっとお待ち下さいお母様、私を倭国へいかせている間になにをしておりましたの?」


 どうもお母様には私がいると都合の悪いことをするために私を倭国へ行かせていた疑惑が沸いてきました。このお母様をよく知っているからこその娘の勘ですわ。


「あら、人聞きの悪い。すぐにわかります。それより、ハルベルト殿下がいらしてますよ。あなたに急用があるとおっしゃってましたよ」


「え?ハルベルト殿下が?!」


「つい先程です。今は客間にお通ししていますよ」


 なんてことでしょう、それは早く行かなければ。あまりお待たせしたら失礼ですもの。あ、でも今の私の格好はルドルフに乗るためにとパンツスタイルでしたわ。さすがにこんな姿でははしたないかしら……。


「セレーネ様でしたら、どんなお姿でも可愛らしいから大丈夫ですわ」


 恥ずかしいですわ。私ったらいくら慌てたからって全部口に出ていたようです。これではいけませんね、ハルベルト殿下の前ではちゃんと淑女の振る舞いをしなくては!


「と、とにかく、急用とのことですのでお会いして参りますわね。シラユキ様、私はここで失礼させていただきますわ」


 なぜか温かい目で私を見つめるシラユキ様とお母様に見送られましたが、私は急いで客間へと向かったのでした。















 セレーネの姿が屋敷内に消えたのを見届けてからシラユキがぽつりと呟いた。


「ハルベルト殿下は、セレーネ様のことをどう想ってらっしゃるのかしら……」


 するとリディアは目を輝かせた。セレーネには内緒で進めている案件について、シラユキを巻き込むつもりだったからだ。


「シラユキ皇女、セレーネのためにお願いしたいことがございますのよ」


 その内容に、シラユキはリディア以上に目を輝かせるのだった……。

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