第11話 ふさわしい人(隣国の王女視点)
なんでこんなことになったんだろう?
わたしは王女なのに……。愛されるべき存在なのに…!
初めてこの国にやって来たのは、親同士が決めた婚約者に会うためだった。
ハルベルトと言う名前の第二王子。本当は王太子の方が良かったんだけどすでに婚約者がいるからと2番目をあてがわれた。ちょっと不満だったけど我慢した。さすがにその相手が倭国の皇女となれば争っても勝てるかわからないし、下手したら倭国を敵に回してしまうからだ。それでも第二王子にはちょっと期待していた。顔は見たことないけど、あの国の王太子はとんでもなく美形なのだ。その弟ならばそれなりにイケメンだろう。
だが、その期待は大きく外れてしまった。
第二王子は地味な髪色と、濁った瞳をしたそばかすだらけの男だったのだ。
第二王子がなにか言っているがまったく頭に入ってこない。こんな酷いことってある?倭国の皇女の婚約者はあんなに美しい男なのに、隣国の王女であるわたしの相手はこんなくすんだ地味王子だなんて!
わたしが静かに怒りを感じていると、キラキラと輝く髪が視界の端に見える。
「弟のオスカーです」
そこには王太子にそっくりの第三王子が立っていた。わたしが慌てて挨拶をすると、オスカーはにっこりと微笑んでくれたのだ。
素敵!王太子にそっくりのイケメンで年上の王太子と違ってわたしと同い年だし、この人こそわたしにふさわしいわ!
「オスカー様には婚約者はいらっしゃるの?」
そばかす王子を押し退けオスカーに顔を近づける。わたしの美貌を間近で見ればすぐに魅了されてくれるかと思ったがオスカーは頬を染めることもなく平然としていた。どうやら女に慣れてるようね。こんなにイケメンじゃ当然か。
あぁ、やっぱり婚約者がいるのね。がっかりしたがその相手がこの国の公爵令嬢だとわかってわたしは勝てると思ったのだ。
だって、公爵令嬢なんでしょ?だったら王女であるわたしの方が強いもの!
「こんな第二王子との婚約なんて嫌です!」
わたしはそばかす王子を指差し、散々貶してやった。この国は隣国と友好関係を築きたくて婚約を申し込んだはずなのだから、わたしにふさわしい相手を差し出すべきだわ!
国王は困った顔をし、王妃は眉根にシワを寄せていたが構うもんですか。隣国からついてきた使者たちも顔色を悪くしているけどこいつらはわたしには逆らえないから問題ないわ。
こうしてわたしは第二王子との婚約を無事に白紙にしてやったのだ。
すぐにでもオスカーの婚約者になりたかったが、公爵令嬢が邪魔だった。そんな女、王命ですぐ婚約破棄にしてくれって言ったのに国王は首を縦に振らない。
こうなったらわたしの実力で奪い取ってやるしかないと留学を認めさせオスカーの通う学園に転入した。
オスカーはいつの間にか部屋からいなくなってた。せっかくわたしが婚約者になってあげようとしてるのに、どこへ行ったのかしら?
学園でオスカーを探したらすぐ見つかった。でもなんてことだろう、婚約者とは違う女をすでに侍らせていた。スタイルは確かにいいみたいだけど、所詮男爵令嬢でしょ?わたしの敵じゃないわね。それに酷い香水の匂いだわ、よくこんな女とべったりくっついて歩けるわね。オスカーって女の趣味が悪いのかしら?まぁ、いいわ。すぐに矯正してあげるから。
さぁ、まずは公爵令嬢に嫌がらせして泣かせてやるわ。きっとすぐに負けを認めて自分から婚約者の座を明け渡してくるはずよ。
オスカーに改めて自己紹介すると、オスカーは照れ隠しなのか「はじめまして」と言ってきた。あぁ、そうか。オスカーはあの場からいつの間にかいなくなってたからわたしが第二王子との婚約をやめたのを知らないんだわ。さすがに兄の婚約者を横恋慕するなんて堂々とできないものね。だから「わたしに婚約者はいないわ」と誤解を解いてあげたのになぜか曖昧に返事をされたが、もしかして嬉しくて戸惑っているのかしら?女慣れしてるかと思えばウブな一面もあってさらに気に入ったわ。男爵令嬢が邪魔だったけどこれも恋のスパイスよね。
とりあえず男爵令嬢とは暗黙の了解で協定を結んだ。まずはオスカーの婚約者の座に居座っているあの公爵令嬢をどうにかするのが先だったからだ。だから男爵令嬢とは交代で公爵令嬢をいじめてやったの。
あの公爵令嬢はほんとにムカつく。オスカーにどんな女なのかを聞いてみたらとんでもない女だとわかった。
虫が寄ってきそうな髪に、不気味な色の瞳をした生意気な公爵令嬢。なんでも珍獣をペットにしているらしいが、犬を使ってオスカーの気を引こうなんてとんだ策士である。
でも、オスカーの口から出てくるのはどう聞いても公爵令嬢を悪く言っている言葉ばかりなのになんでオスカーの瞳はあんなに輝いているんだろうか。そうか、よほどあの公爵令嬢が嫌いなのね。だから悪口を言うのが楽しいんだわ。男の愚痴をちゃんと聞いてあげるのも良い女の条件よね。わたしは日がとっぷりと暮れるまでオスカーの愚痴を聞き続けた。
それにしてもオスカーったら、わたしに指いっぽん触れてこないなんてやっぱり兄の元婚約者で隣国の王女だと言うことを気にしてるのね。わたしたちってまるでロミオとジュリエットだわ。
オスカーはわたしとふたりきりでいる時は、その口を開けば「セレーネが」と公爵令嬢の悪口ばかり。せっかくオスカーが婚約破棄を訴えてるのに公爵令嬢はそれを嫌がるらしい。なんて悪足掻きばかりする女なんだろうか。往生際が悪いわね!
まったく進展しない状況にイライラしてた頃。そのすべてが一変する。
その日、オスカーと公爵令嬢が学園に来なかった。
遠目に男爵令嬢の姿を確認するが、やはりひとりだ。もしかしたらオスカーになにかあったのかと男爵令嬢を問い詰めようとしたとき、男爵令嬢が男たちに囲まれて連れていかれた。あの男たちが衛兵で、男爵令嬢は公爵令嬢を陥れた罪人として連れていかれたと知り、なんだか急に怖くなった。
わたしはその日の授業をサボり、国王に用意してもらった高級宿のわたし用の部屋に引きこもることにした。
それから2日?いや3日ほど過ぎただろうか。何事もない静かな時間のおかげでやっと心を落ち着かせることができた。そうよね、わたしは隣国の王女だもの。たかが公爵令嬢にちょっと嫌がらせしただけで罪人になったりするはずないわ。わたしったらバカね。ただ、目の前で男爵令嬢が捕まった場面を見てしまったからショックを受けてしまったのよ。ほら、わたしって繊細だから。
安心したらお腹すいちゃったわ。あれ?そういえば隣国から連れてきた侍女たちはどこへ行ったのかしら?わたしに逆らえないくせに小言の煩かった使者たちもいない……。
その時、部屋の扉が数回ノックされる。あぁ、帰ってきたのね。まったくこのわたしを放ってどこで油を売っていたのかしら。
あ!それとも、もしかしたらオスカーが迎えに来てくれたのかしら?だってお邪魔虫の男爵令嬢は捕まったし、公爵令嬢も隣国の王女であるわたしをいじめたと悪い噂を流してやったから罰を受けてるはずだもの。公爵令嬢を陥れたからと牢獄行きなら、隣国の王女をいじめた罪なら国外追放?なんならわたしが涙を見せて訴えれば死刑だってあり得るわね。
ふふふ、まるであの女は物語に出てくる“悪役令嬢”ね。あの女を断罪して真実の愛で結ばれるなんて素敵だわ!
わたしは手櫛で髪を整え鏡をちらりと見る。少しやつれた感じが儚い雰囲気でよりこの物語を栄えさせそうだ。
意気揚々と扉を開ける。もちろん、目尻に涙を浮かべて。だが、わたしを待っていたのはオスカーでも侍女たちでもなくこの国の衛兵たちだった。
「わたしは王女なのよ?!あんたたちと違って高貴な存在なの!」
わたしの腕を掴んで部屋から連れだそうとする無礼な衛兵たちに怒りを感じた。やっと邪魔者が消えてわたしとわたしにふさわしいオスカーが結ばれる時が来たのに、なんでわたしが連行されないといけないのよ?!
すると衛兵が1枚の紙をわたしの目の前に広げて見せてきた。
そこには、見覚えのある父王のサインが書かれている。
「その隣国から“その者は王籍を剥奪し追放したので好きにしていい”とお達しがありました」
「うそ……」
「あなたはもう王女でも高貴な存在てありません。抵抗するならそれなりの対応をさせていただきます」
剣先を向けられ、さっきまでの夢見心地がいっきに冷めていく。
あぁ、これは何かの間違いよ!オスカー助けて!あなたこそがわたしにふさわしい人なのに!
そして、わたしは冷たい牢獄に押し込まれてしまったのだった……。
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