第5話 警固公園の怪物

 美人は得てして冷たい印象を周りに与えがちである。

 生まれ付きのアイドルヲタクでもある俺としては、ヒメナ局長にはもっと笑顔を出して行こー!ってアドバイスしたい。

 もしも元のセカイに連れ帰ったりできれば俺がマネージャーやってウハウハのアゲアゲだぜい!パリピーになってポンギでオールだぜーと現実逃避の妄想を暴走させていると目の前に彼女の冷たい瞳が迫った。

「解析できないワードが多いな。意味不明が過ぎる」

 なるほどチャライ感じの思考は苦手なんだな!テレパスの弱点見つけたりでござる。パリピーっぽく考えてればEーんじゃね?イヤッホ〜イ!俺はヲタク妄想スキルを全力全開してディフェンス・フィールドを脳内に構築した。さあ、どうだ?

 ヒメナは不愉快そうに舌打ちをして俺に言う。

「出るぞ。豚骨スープは残すなよ」とダイエット中の三十路男には酷な命令を下し日本刀の柄を天井の丸いセンサーに向ける。軽い電子音が鳴り支払いが済んだ。

「あのぅ、ワリカンで良いんですよね?ヒメナ局長」

「今日は奢りだ。ファイブ」

「えっ?」

 宇宙人風味の円谷ギャグが通じない事と変なニックネームで呼ばれた事に驚く。

 俺がファイブGのセカイから来たからといって短絡的だな。スマホの契約は4Gだったしなどと思ってるうちにスタスタと彼女は天神地下街へと出る。

 せっかく美人と御洒落な地下街を歩くのだから横並びで御願いしたい。そんなに混み合ってない時間帯だし。

 速足の彼女から脳内に短い伝言がくる。

『警固公園に向かう』

 イヤッホーッイ!デートコースっ!アゲアゲポンポンポーン!

 俺は益々パリピ防御モードで思考しつつもマジうれしいッス。

『闘う準備をしておけ』

 ギクリとした。

 すれ違う人々が口々に「巨大生物」とか「動画に撮った」「ヤバイヤヴァイ」とか言ってるのにも気付いた。

 あの公園に巨大生物が出現したというのか?

 あのカップルと酔っぱらいの聖地に!!

 交番がある公園だぞ!

 警官に任せておけば良いではないか!

 俺が戦うのか!イヤイヤ嫌!

 ウソよねーん。

 俺は混乱した意識で美しい髪を靡かせて急ぐヒメナ局長の後を追ううちに地上に出て公園まできてしまった。彼女に臆病者だとバレたくは無いのだ。必死だ。

 そして俺は対面した。

 わが宿命の敵。前世でも闘った相手。幼き頃に幾度も苦渋を飲まされたものだ。

 漆黒の姿のまま巨大なモンスターに成り下がるとは!

 都会の真中の公園で惰眠を貪る悍ましき姿はまさに絶望の権化だ。

 頼む。眠り続けてくれ。

 キサマとは相性が悪過ぎる。黒猫よ。

 それはモフモフの黒いマンチカンの猫が巨大化したものと思われた。猫愛好家がワイワイはしゃぎながら動画やら何やら録りながらたむろしている。

「オイオイ君たち!」と注意するわけにはいかない。こっちは普通のオジサンで新米転生者だ。

 しかしデカイな。

 象の二倍以上あるんじゃないかな。

 動き出して車と事故ったら過失割合の計算が大変だぞ。

「大丈夫だ。巨大益獣保護法が適応される」

 言葉とともに局長の脳内から図式化された法体系が俺の前頭葉にドカンと転送されて少し目眩がした。理解し易く工夫をこらしてある。なるほど駆除せず有効活用するのかぁ。合理的だ。

 保護地区に連れて行く事になっているようだが場所までは指定されてない。つまり俺は戦わなくてよいって事になるな。ひと安心だ。

「それも大丈夫だ。敵は直ぐに来る」

 まだ何か来るって?

 いやいや大丈夫では無いでしょ、こまる困る〜。

 不安感が高まり心のバリアーが薄くなる。そんなスペックが俺に有るとすればだが。

 すると遠くから可愛らしい呼び声が頭蓋内に届いた。聞き憶えのある声だ。

「敵が来ますっ!大きいのがっ!」

 ふと見上げると水色と桃色の物体が上空からフワフワと降りて来ているのが判った。大きな蝶々の様にも見えたが違う。伊都嶋隊員だ。また物理法則を無視した行動だ。透明なパラシュートでも使ってるのか?着地はどうするのだ?公園の人々は呑気に君を撮影し始めてるぞ。

 ハラハラして見守るうちに伊都嶋りみな隊員は白鳥が舞い降りる感じで美しいフィニッシュを決めた。

 みんな拍手喝采である。

 アイドルか?アイドルなのか?なんだこの状況は?

「急いで!この靴に履き替えて!」と伊都嶋ちゃん大きな声で俺を見つめて言う。そしてシンプルなデザインの黒い靴を差し出した。

 女子のプレゼントは全て受け取る主義なので勿論よろこんで履こう。機能的なウォーキング・シューズかな?

 俺は履き潰してきたスニーカーをポイ捨てして履き替える。すると靴から軽い電子音が鳴り合成音声でメッセージが流れた。

『ニンショウカンリョウ。セントウジュンビニカカレ』

 にっこりする伊都嶋隊員を見つめポカンとしてるとヒメナ局長が大声で叫ぶ。

「時間が無い!緊急シフトで対応!猫を守るぞ!!」

 局長は俺の真正面に来るとグイッと顔を近付けて瞳を覗き込む。キスでもする勢いだ。

 なんですか?照れるなぁグフフ、とか心に隙が出来た瞬間に脳味噌を内側から殴られた感覚がして俺の意識は暗闇に閉じ込められた。


「まあまあ良い筋肉ついてるな。この肉体労働者は性格に難があるが身体は使えそうだ」

「ヒメナ局長!!男性の身体の中に入るって気持ち悪くないんですかぁ?信じられなぁい、私」

「問題無い。お前も出来るようになれよ。なんだ不服そうな顔をするな。私の本体を頼むぞ。丁寧に扱えよ。コラコラそんなとこ触るな!!弄るな!馬鹿者!!」

「デヘヘ、役得ですよ」

「しかし此の男、なんのスペックも無いとはな。使い捨てるか」

 そんな会話が微かに聴こえた。その後の記憶は無い。

 ほんなこつちゃっちゃくちゃらたい。



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