第2話 バイトリーダーの矜持

 混乱した状況に俺は狼狽えた。

 だが決して表情には出さない。何故なら俺はバイトリーダーだからだ。

「えーと、みかさのぉ、ひ、ひ、ひめなさんっていうんでつねー」と冷静に極めて冷静に対話を試みる。目の前の日本刀がギラリと光って怖くて堪らんが俺は冷静な男だ、ダイジョブだ。

 しかし模造刀じゃない刀を初めて至近距離で視るな。重そうだ。

 この局長を名乗る娘は片手で軽々と持ってるな。ヤヴァイやつだな。よし全面降伏だ。

「ハイハイ、連行オッケーですぅー。えっとバイト先に電話する事は許可して貰えますかぁー」

 軽いキャラを演じるんだ。そして逃げるチャンスを...

 いや待てよ。

これは夢だろう。だって周りをみろ。誰も余り関心を示さない。チラッと不愉快そうに見て普通に側を通って行く。

 街の真ん中で日本刀を持った若い娘が三十過ぎた男を怒鳴っているのに。

 夢だ。きっと夢だ。昨日寝る前に変なゲームをやったからだ。課金とかしたし。さっきの変な認証ボタンのトコからが夢だ。

 俺は歩きながら夢を視たんだきっとそーだきっとアハハアハハデヘヘドュフフと俺は笑う。

 首筋に冷たさを感じた。日本刀を軽く当ててきたのだ。現実だ。

「スマホを出せ」と冷たい声。

 引きつった笑顔で命令に従うと冷徹な美女は何故か簡単にロック解除をして俺のスマホを凝視し軽く溜息をついた。

「やおいかんなぁ」と方言で嘆く。

 そして俺の瞳を覗き込んで3秒後に苦笑しながら言った。

「使えんヤツが来たばい」

 失礼な話だ。俺はバイトリーダーだぞ。勤務シフトを任されているのだぞ。だから行かねばならんのだ。コンビニのバイトに。

「あのう、じゃあもう行って良いですよね。僕はボクを必要としてくれるトコに ...」

「黙れ。新参転生者」

 いや、だからナンで転生とか言うかなぁ。いつもの天神の街なのに。ドラゴンもスライムも居ないのに。異世界転生なら優しい女神とか出してくれよ。目の前に居るのはキャラがキツ過ぎるぞ。

「貴様の情報は全て研究室に送った。もう直ぐメールが返って来る」

 なんだって!いつの間に!個人情報保護しろよ!怒りを顔に出さずに怒る。

 娘は腕時計のディスプレイを視て言う。

「来た。うむ。解剖は無しか」

 かかか解剖とは?ななにごとを言っているのか全く判らんし怖いし先ずスマホを返して欲しい。

 すると刀をヒュンと鳴らして鞘に収めながら俺のスマホを投げて返した。

「貴様の名前、消失してるぞ」

 ポカンとした反応をする俺は野良犬の気分だ。名前が無いなんて。

 いや、待て。

 スマホのデータから名前が消えても奪われても俺には俺の名前がある。当たり前だっ。

 俺は、オレは、おれの名は、アレっ変だな?

 えーと、スマホのプロフィールを見れば良いかな、へへへ、俺のなまえはーと、おっとナンダこれは変な数字とアルファベットの羅列だけだぞ、おい!なんだ!コレは!オレのスマホに間違い無いのに!

 俺はダラダラ変な汗を流しながらスマートフォンのディスプレイと格闘しながら心で喚き散らした。

 思い出せない。名前を。

自分の名前を忘れるとは記憶喪失なのか?

 吐きそうになってきた。

この苦しさは夢ではない。

夢でないならゲームの世界に迷い込んだのか?

 パラレルワールド的なヤツか?少し前の特撮映画でやってたアレみたいなヤツか?

 てことはラブロマンス有りなのか?期待して良いのか?

 いやいや兎に角オレはバイトに行く!

今日は新しいバイトの女の子が来る日だ。バイトリーダーが無断欠勤してどうするのだ。ココから脱出してみせるぞ、俺は!

 ばいとりーだーやけんな。



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