第40話

 文化祭最終日は朝から何かと大変だった。イベントの度に人間関係問題は勃発するものとはいえ、今回は私もはらわたが煮えくり返りそうになった。一臣がゲイだということと、一臣が恩田を好きだということを、5組の石川さんが学校中の噂にしたのだ。


 それに怒髪天を衝いたのは蓬だった。心から石川さんのことを聞くと、飛ぶようにして5組へと向かった。石川さんも何故蓬が怒って乗り込んできたのか分かっているらしく、蓬を挑発するような態度をとっていた。


 私たちに遅れて一臣や恩田、大地たちが来たところで、話の決着はつかなかったものの、一臣がその場を収めたから終わった。その後は、私たちはだらだらと話をしながら廊下を歩いた。みんなになんとなく注目を浴びているけれど気にしない。


大地は一臣に、「それにしても、一臣が恩田のこと好きだなんて知らなかったよ。」と言いながら一臣と肩を組み、「いや、言うわけないし。」と言われても、「そうだけどさー。俺たちだって友達だろー?」と返していた。大地のこういうところを尊敬する。


「それで。恩田はどうするの?一臣と付き合うの?」

「あっ!それについては恩田くん、まだ返事をしないで!!!」


 大地の不躾な質問に慌てて応えたのは吉永さんだった。恩田や一臣と一緒に居たらしく、彼女も一緒に私たちのところに混じって歩いている。


「何かあるの?」


 私が尋ねると、吉永さんは「エッヘン」とでも言わんばかりに胸を張って言った。


「この後の体育館でのイベントに、丸林くんと恩田くんでエントリーしてきたから。そこで、思いのたけをぶつけ合って頂戴よ。」


 蓬は堪え切れなかったのか、隣で噴出した。私はとりあえず笑うのは我慢して、吉永さんに詳細を尋ねる。


「イベントって、告白大会のこと?」

「そう。そこで、みんなの前で告白した方がいいと思うの。」

「なんでまたそんな余計に事を荒立てるような……。」


 それって全校生徒全員に一臣の気持ちを知らせるってことでしょ?想像するだけで私は複雑な気持ちになった。一臣と同じように言えない片思いをしている私にとっては、人に知られることほど怖いことはない。


「ノン、ノン、ノン。」


 私の思っていることが分かったのか、吉永さんは否定の意を示した。


「みんなが気になっていることだからこそ、みんなの前でやった方が良いと思うのよ。ついでに、丸林くんはゲイじゃなくてバイだってことも言ったらいいじゃない。そうすれば、噂に尾ひれがついてあることないこと言われるより幾分かマシだと思うの。要は、芸能人で言うところの記者会見のようなことね。」


 大地や義明、雄一は吉永さんのキャラに驚いているようだったけれど、実はクラスで一番腹黒さを持っているのは、吉永さんだと私は思っている。吉永さんの考えを聞いた一臣と恩田は、告白大会に参加することを了承した。本人たちが了承するのであれば、私はもう何も言うことはない。


 一臣と恩田が告白大会に出場すると決まったことで、大地は「それさ、ちょっと待ったー!っての蓬がやったらいいじゃん。」と言い、雄一は「いいな!それ!見たいわ~!」と同調し、「私は絶対にやらないからね!!!」と騒ぐ蓬をからかっていた。


 その様子を見ながら私は、一臣と恩田が落としどころをつけられるならそれで良いけれど、みんなに知られることに抵抗がないことを羨ましく思った。みんなと笑ってはいたけれど、心からは笑えなかった。






 いよいよ告白大会がある時間となり、私は蓬や大地たちと一緒に体育館へと行った。自分が告白するわけでもないのに、手に汗をかいているし、緊張している。私が西野っちを好きと言うことよりも、勇気がいるはずだと思うと、なおのこと私の心臓は早くなる。


「一臣、まじで言うのかなー。」

「どうだろ。でもみんなの前でわざわざ言わなくても、友達として好きだけでもよくね?」


 雄一は、わざわざ本当のことを話さなくても良いと言った。私もどちらかといえば、それでも良いと思う。もし一臣が本当のことを言わなかったとしても、私は彼の勇気を讃えたいし、それで正解だと思う。


「いや、一臣は言うよ。」


 それを一蹴したのは蓬だった。蓬はただひたすら、一臣が壇上に登場する姿から目を逸らさずに言った。


「では、丸林くんが告白したい方に登場してもらいましょう!どうぞ!」


 MCがそう呼び声をかけると、恩田も壇上へと登場した。体育館内は一瞬で「わー」「きゃー」と色々な歓声があがる。どういう感情なのか分からないけれど、中には一臣のことを好きな女の子も居るのかもしれない。


「俺が告白したいのは、恩田千尋くんです。恩田くんとは、趣味が一緒で気の合う親友として、仲良くさせていただいています。そんな恩田くんに、今日は伝えたいことがあります。」


 一臣がマイク越しにそう言うと、体育館には「なーにー?」というレスポンスが響いた。私の周りに居る大地たちも大声でレスポンスをしている。私はそれにノる気力はなく、ただ固唾を飲んで見守った。


 そうしていると、いつの間にか隣に人が立っていることに気が付いた。見上げると、まさかの西野っちだ。彼は真剣にスマホを構えて動画を撮っている。周りでは、一臣が「実は俺は女の子も男の子も恋愛対象になるバイです。」という語りだしから、「恩田くんのことが好きです。付き合ってください。」と告白したことで、女子の悲鳴が木霊している。


「西野っち、なにしてんの?」

「しっ。穂高の声が入るだろ。恩田の晴れ舞台を撮ってんだよ。」


 私は呆気にとられた。その姿はまるで、お遊戯会でカメラを構えるお父さんだ。私が笑いを噴き出しそうになったときに、今度は私の左隣から「ちょっと待ったー!」と大声が張りあがった。蓬だ。


 彼女はモーゼの海のようになった人垣を歩み進めると、壇上に登って一臣の隣に立ち、恩田へと告白をした。ここまでくると、私は笑わずにいられなかった。私だけではなく、大地や義明、雄一も笑っているし、西野っちも笑っている。どよめきが上がる中、笑っているのは私たちだけだった。


 壇上で告白を繰り広げる三人は、なんて真っ直ぐな人達なのだろう。全員の勇気に敬意を表さずにはいられない。つまりは私たちのこの笑いも、彼らへの援護射撃だ。ただ面白いわけでもただ可笑しいわけでもない。私たちが笑って受け入れている姿をみんなに見てもらうことで、ありのままの一臣を悪く言う人が少なくなればいいなと思って笑ったのだ。


 恩田に振られた一臣は、「バカヤロー!」と叫びながら、舞台袖へと引っ込んでいった。そして私たちのところへと帰ってきた。「よくやった一臣!!!」と大地が抱き留め、雄一や義明、そして私も一臣とハイタッチする。吉永さんと一臣は抱き合っていた。


「丸林、すごいな。」


 私の隣で西野っちがそう言う。


「すごいよね。西野っちならできる?もし、片桐さんが男性だったら。」


 私は意地悪な質問をした。


「そうだなあ……。もし慶子が男性だったらかあ……。うーん。どんな形になるかは分からないけど、慶子が男性だったとしても俺は好きになっていたかもしれないな。」

「ベタ惚れじゃん。」

「おうよ。」


 こんなにも馬鹿だったのかと、自分に失望した。西野っちに意地悪な質問をしたくなるくらいには、私は片桐さんにヤキモチを妬いていたのだ。例え性別が変わったとしても、好きになると言ってもらえる彼女が羨ましくて仕方がない。そうして私の高校最後の文化祭は幕を閉じた。

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