第41話

 12月になると、推薦組は続々と合格を手にしていた。私は一般入試組だから、せっせと勉強に励んでいる。だからといって深夜まで勉強することはなかった。睡眠時間が何よりも大事だとお父さんから口うるさく言われているからだ。23時を越えて部屋に灯りがついていようもんなら、「早く寝なさい」と声をかけられる。


 こればかりは、難関試験である司法試験を合格しているお父さんの言いつけを守るしかない。「非効率なことをして体調を崩して試験を受けられなかったら元も子もない」というお父さんの言い分は最もだと思うから、私も体調管理として睡眠時間を確保している。


「第1志望合格した。」


 義明と2人で予備校へと向かっている道中、義明からそんな報告を受けた。学年トップの成績を誇る義明だけど、推薦で大学を受験したのだ。


「よかったじゃん!おめでとう!」


 白い息を大量に吐きながら、私は義明にお祝いの言葉を送った。ずっと一緒に予備校へと通っていた義明のことは戦友のように感じていたから、自分のことのように嬉しく感じた。


「サンキュ。一足早く進路が決まりました。」

「本当によかったね。最後まで先生たちは一般入試を受けさせたかったみたいだけどね。」

「そう。だからセンターは受けなきゃいけなくてさ~。」

「仕方ないじゃん。それで行きたい大学に行けるんだし。それに私からしたら、大学決まった状態でセンター受けるなんて、羨ましい以外のなにものでもないわ。」

「まあな。だから頑張るけどな。」

「そうしてくれ。」


 私も義明もマフラーに顔を埋めながら笑った。最近、義明と一緒に過ごす時間は心地が良いと思う。大地たちとも蓬とも違った関係を義明とつくれていることが、私にとっても良い影響を与えてくれていると感じている。


 予備校の近くにあるセブンイレブンで飲み物や食べ物を買ってから、予備校に行くのが私たちの習慣だ。私はいつものように、お茶とおにぎり1個を買う。そのついでに、ブラックサンダーを買った。


「お待たせ。」

「おう。」


 私がレジで買い物を終えると、義明はすでに外に出ていた。義明に、「はい。」とブラックサンダーを渡す。


「なに?」

「安いけど一応合格祝い。」

「いいの?」

「うん。おめでとうっていう気持ち。」

「ありがとう。全員が合格したらご飯行こうぜ。」

「そうね。」


 推薦入試のために黒髪にしている義明は、端正な顔でふにゃっと崩した笑顔をする。これにやられる女子は多いんだろうなと冷めた感情で見つめられるのは、戦友である私の特権だろう。


 予備校に着いて授業が始まると、徹底的にセンターの対策だった。最近の予備校でのカリキュラムは、センターに特化したものばかりだ。


「佐藤くん、合格したんだってね。」


 予備校の授業の合間に、吉永さんから声をかけられた。


「うん。羨ましいよね。私たちも早く受験終わりたいよね。」

「私たちはまだ本番すら迎えてないもんね。」

「そうそう。」

「変なこと聞くけど、穂高さんと佐藤くんって付き合ってるの?」

「……は?」


 あまりにも予想しなかった質問に、私は間を空けて返答をしてしまった。その私の様子に吉永さんは察したらしく「だよね。穂高さんって佐藤くんのことを好きって感じじゃないもんね。」と言葉を続けた。


「なにそれ。誰かそんなこと言ってんの?」

「ううん。聞いて欲しいって言われただけなの。」

「ああ……。」


 おそらく、義明のことを好きな誰かが居て、仲の良い私とどんな関係なのか聞いて欲しいと頼まれたのだろう。それは悪いことではないけれど、なんだか矛先が違うような気もした。


「だとしたら私より、義明に彼女が居るかどうか聞いた方が良いと思うけどね。私と付き合ってなくても、他に彼女が居るかもしれないし。」

「うん。私もそう思う。ごめんね、友達の頼みを断り切れなくて。」

「ううん。吉永さんは頼まれただけでしょ。謝んなくていいよ。」


 実は私と吉永さんは同じ中学の出身だ。だから、この予備校に通っている中学の頃の同級生が、吉永さんと仲が良かったことを知っている。


「中学の頃の友達って、話が合わなくなってることもあるよね。」


 私がそう言うと、吉永さんは静かに笑みを携えて頷いた。私たちは今いる場所に染まっていく。だから、嫌いになったわけじゃなくても、今まで縁のあった人とも考えが遠くなることもあるのだ。中学の頃の友人を懐かしむことはあっても、連絡をとることはない。


「穂高さんは中学の頃より話しかけやすくなったよね。空気が丸くなったというか。それに、楽しそう。」

「中学の頃は楽しくなさそうだった?」

「綺麗だから笑顔も印象的だったけど、みんなが笑ってるから笑ってるって感じだったよ。でも今は、楽しいときに笑ってるでしょ?」

「そうね。楽しくないときは笑ってないかも。」

「じゃあいつも楽しいんだね。」


 吉永さんがそう言って笑ったから、私もつられて笑った。良い人たちの中に飛び込むことが、自分を幸せにすることなんだって、この3年間で学べた。






 終業式を目前にしたある日、大地が息を切らしながら教室へと飛び込んできた。みんながまだ登校しきらないうちだから、廊下からは他のクラスの人たちが何事かと覗いている。


「大地、どうしたの?」


 わざわざ教卓に手をついて息を整える大地に、蓬が声をかける。すると息が整ったらしい彼は、大きな目をさらに大きくさせて言葉を放った。


「西野っち、結婚したんだって。」


 まるで爆弾でも落ちたかのように、教室も廊下もどっと騒がしくなった。蓬は「いつ?!誰と?!どこからの情報?!」と大地に詰め寄っている。それはクラスメイトや廊下に居た同級生も同じで、大地はあっという間に囲まれていた。


 そうしているうちに予鈴が鳴って、他のクラスの人たちは帰って行った。けれど、それからすぐ後に、渦中の人物が教室へとやってきたものだから、私たちのクラスはこれまでにないくらい騒がしくなった。


「ちょ、お前ら。うるさいぞ。静かにしろー。」

「西野っち結婚したんだろ?誰と?!」

「結婚記者会見やってー!」


 大地や蓬を中心に、どこからともなく西野っちの結婚に関する言葉が飛ぶ。クラスメイトが歓迎する様子に、西野っちも満更ではないらしい。「あーはいはい。話をするから静かにしろー。」と咳払いをしながら言った。


「知っての通り、昨日無事に結婚式が終わりました。」

「結婚指輪見せてー!」


 雄一がそうヤジを飛ばすと、西野っちはご丁寧にも左手の薬指に光る指輪を見せた。みんなはその様子をカシャカシャとスマホに納めている。西野っちは「今日だけだからなー。」と照れくさそうに言った。


「まあでも、結婚したからといって何か変わるわけじゃないから。引き続き、お前らが卒業するまでお世話するので宜しくお願いします。はい、今日も勉強頑張れよー。」

「それだけ?!」

「もっとなんか馴れ初めとか聞かせてよ!」


 西野っちは教室で飛び交う質問に、いちいち答えていた。口端は緩んであがり、目尻も眉毛も下がっている。頭をかいたり、鼻の頭をかいたり、動作も忙しい。口では嫌がる言葉を吐きながら、嬉しそうにしている。


 私はそれを、どこか遠い世界で起きていることのように見ていた。

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