第35話

 夏休みが終わると、あっという間に体育祭の準備が始まった。こういうことをやるのも最後だろうと思うと、自然と熱が入る。うちのクラスの体育祭実行委員が雄一とゆりかだから、余計にヒートアップしている。雄一はお祭り男だし、ゆりかは体育会系なのだ。


 体育祭実行委員はやりたくないと言った私だけど、今年も蓬と一緒に応援団をやることになっている。大地が団長で副団長が蓬だ。昨年やったおかげなのか、しなければいけないことはなんとなく覚えていた。だから昨年よりもスムーズな流れで応援団の練習もできたし、衣装の準備も段取りよくできた。


 体育祭当日を迎えると、校内は熱気に包まれていた。パンパンパンと花火があがるのも、体育祭ならではだなと染み入る。来年はこの号砲も、蚊帳の外で聞くことになると思うと、名残惜しくもある。


 赤団の私たちは赤いハチマキを身に着けて、体育祭へと出場する。最後の体育祭だからと気合を入れた私と蓬は、同じ髪型にした。朝早くから美容室に行って、セットしてもらったのだ。


 春にばっさりと切った蓬の髪の毛だったけれど、今では随分と伸びていた。だから編み込みを入れてもらうアップにした。そこに赤色のハチマキも一緒に編み込んでもらい、結び目は可愛くリボンにしてもらっている。周りのみんなからも可愛いと言ってもらい、蓬も私も大満足だ。


 足の速い蓬は、100m走やリレーといった走る種目に立て続けに出場していた。私は走るのがダルいから、ムカデ競争や障害物競走に出た。二人三脚に蓬と一緒に出たけれど、歩幅が違いすぎて何度も転んだ。それも楽しかった。


「昼休憩の間に、応援団の人は準備してテント前集合ねー。」


 昼休憩に入る直前のこと、蓬から応援団員に向けての連絡事項を伝えた後、一旦解散となった。休憩終わった後の一発目が演舞による応援合戦なのだ。


 お昼ご飯は、応援団の子たちと一緒に食べた。どうせ一緒に演舞の準備を行うからだ。着替えをしなければいけないため、多目的教室を借りて赤団女子の控室にした。みんなそこで各々ご飯を食べている。


「わ!百合子のお弁当、めっちゃ豪華じゃん。」

「お母さんが張り切っちゃってさー。」


 蓬が驚きの声をあげた通り、今日の私のお弁当は豪華だった。それはもう、小学生の運動会かよというツッコミを入れたくなるくらいだ。スコッチエッグにエビフライ、たこさんウインナー、オニオンリング、卵焼き、サラダ、おにぎり、サンドイッチ、フルーツ盛り合わせが入っている。


「百合子ってお料理得意じゃないのにね。」

「蓬に言われたくないわ。そういう蓬だって豪華じゃん。」


 蓬のお弁当にはうさちゃんリンゴが入っている。


「百合子のお弁当みたいに可愛いピックで彩ってほしかったよ。」

「いや、いらんでしょ。」


 そう言いながら私は、ウインナーとウズラの卵が一緒に刺されているピックをお弁当から持ち上げて、それをぱくっと食べた。こういうちょっと凝ったお弁当は、お母さんの手間を感じる。だから本当は嬉しい。


 私たちが騒ぎながら食べているものだから、2年生まで私のお弁当を覗きにきた。「百合子さんのお弁当、超素敵」と言ってもらえたから、嬉しかった。後でお母さんに報告しておこう。


 ご飯を食べ終わると、みんな化粧直しに必死になった。汗でヨレている化粧を直しつつ、演舞のときは濃い目にするのだ。アイラインも今よりしっかりひく。この日のためにウォータープルーフのものを準備した。


 蓬は袴を着て上から裾の長い法被を着る。これは、吉永さんたちがミシンを使って作ってくれたものだ。法被は大地と蓬が着ることになっていて、大地は赤地に衿と袖が黒色の法被で、蓬は黒地に衿と袖が赤色の法被だ。袴は二人とも黒だ。雄一とゆりかは黒の長ランで、それ以外の私たちは短ランである。


 衣装を着ると身が引き締まった。校庭の赤団のテント前に集合すると、男子の応援団員たちも滾っていた。それは赤団に限ったことではなく、他の団のテントでも「おー!」という掛け声が飛び交っている。


「大河先輩っ。」


 今年も応援団員として頑張ってくれている大河の元に、体操服姿の緑色のハチマキをした1年生女子が近づいて行った。大河とその女の子の後ろには、女の子の友達なのであろう。2人の女の子が大河とその女の子を遠巻きに見ていた。


 すると、大河と女の子は、友達の女の子にツーショットを撮ってもらっていた。大河は自然とその女の子に笑みをもらし、彼女の肩を抱いて写真を撮っている。


 あれから大河とは普通の先輩後輩だ。この体育祭の準備も今まで通り仲良く接していた。それは、大河がそういう努力をしてくれたからだ。さすがに初めの頃は少しだけ気まずさがあったけれど、日を重ねるごとに前よりも先輩後輩らしさが出たと思う。


 そんな大河に恋人ができるのは、私にとっても嬉しいことだ。緑色のハチマキの女の子は、大河に深々と頭を下げると、セミロングの髪の毛を靡かせて、友達と一緒に緑団のテントの方へと帰って行った。


「大河モテんね。」


 いつの間に私の隣に居たのか、蓬がそんなことを私の耳元で囁いた。それに驚いて、思わず体がのけぞる。


「いい男、逃したなーとか思ってる?」


 蓬にだけは大河とのことを言っておいた。というか、大河が蓬に相談していたらしいから、蓬の方から「大河のこと振ったんだってね」と言われた。隠すことでもなかったから正直に答えたし、蓬も「二人が出した答えなら」と尊重してくれた。


「大河はいい男でしょ。まあ、私には合わないだけで。」

「確かに。百合子と大河、お似合いだと思ったんだけどな。でも、なんか今なら分かるわ。百合子にお似合いな人って、百合子が自分から好きになった人だわ。」

「自分から好きになった人?」

「うん。」


 自分から好きになった人と言われて思い浮かぶのは西野っちしかいない。それもそのはずだ。だって私の初恋は西野っちなんだから。西野っちの隣に立つ自分を想像しても、なんだか似合っているような気はしなかった。


「そうかしら。」

「そうだよ。とりあえず、今は応援合戦に集中してよね。」

「はい、はい。」


 そんな話をしているとすぐに、午後の部が開始された。昨年、最下位だった赤団から応援合戦は始まる。今年こそはみんなで勝ちたいものだ。太鼓の音が鳴り響く校庭で、私たちは大声を上げながら舞った。


 応援合戦が終わると、生徒たちは色々と衣装の着替え等があるため、先生たちによる余興が始まった。種目は障害物競走だ。障害物の最後にはお題が書かれており、そのお題を持ってゴールしなければならない。


 西野っちがこれに出場するということで、私たちのクラスの応援団のメンバーは、西野っちの勇姿を見てから着替えに行こうと示し合わせていた。年の若い順からの競争だったから、西野っちは1巡目だ。赤団の私たちに向けてガッツポーズをしているため、「いいぞ西野っち!」と大地が大声をあげたのを皮切りに、みんなで西野っちコールをした。


 さすがにテニス部の顧問をしているだけあって、他の先生よりも運動できそうな体つきをしている。そもそも20代男性だから多少の運動音痴でも体力はあるだろう。「位置について、よーい!」の掛け声の後に、号砲が鳴る。それと同時に、6人の先生がフィールドへと飛び出した。


 初めは網をくぐり抜けて、その後に平均台がある。そして跳び箱を越えると、例のお題が書かれた用紙に辿り着く。20代の先生たちだけあって、障害物を難なくクリアしていった。西野っちを初め、6人の先生はお題のところまで団子状態で辿り着いた。


 西野っちがお題をひくと、一瞬だけ目を丸くした。でもすぐに思いついたらしく、迷いのない表情で赤団のテントへと向かってくる。赤団のメンバーたちは「西野っちこっち来てない?!」「お題なんだろう?!」と騒いだ。


 他の先生たちも自クラスのテントへ向かったり、保護者テントへ向かったりしている。西野っちは赤団のテントに着くと叫んだ。


「穂高!一緒に来てくれ!」


 私はあまりのことに固まってしまった。私?!


「いいから!早く!」

「百合子!!!」


 周りにも急かされて応援団の衣装のまま、私は校庭のフィールドへと飛び出した。そして西野っちと一緒にゴールをする。着順はなんと1位だ。マイクを持ったMCの教頭が私たちに近づいて来て、「お題をお願いします!」と西野っちにマイクを向ける。


「“この学校で一番美人な生徒”です。美人な生徒といえば、うちのクラスの穂高でしょう。」


 西野っちはそう嬉しそうに言った。校庭も「わー!」と歓声があがり、「百合子先輩可愛いー!」とどこからか掛け声も聞こえる。太陽よりも眩しい西野っちの笑顔は、私の鼓動を逸らせるのに効果は抜群だ。でもこの胸の高鳴りは、走ってゴールをしたからだと心の中で言い訳をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る