第21話
うちのクラスの文化祭実行委員は、恩田と吉永さんだ。えらく真面目な二人だから、昨年のカレー屋みたいにぶっ飛んだ衣装にはならないだろうと思っていたら、至極その通りだった。
もちろん、私たちのグループのメンバーも文化祭の準備に参加していたから、「せっかく文化祭なんだしテンション上がる衣装にしようよ」という意見が出なかったわけではない。しかしそれをぶった切ったのが、吉永さんだった。
吉永さんは「馬鹿みたいな衣装を着たいなんて言う人は居ないよね?」と笑顔で言った。眼鏡の奥で笑っているはずの彼女の瞳は、私たちの背筋を凍らせた。その場に居た全員が「……はい」としか言えず、衣装の準備は吉永さんに一任された。
結論を言うと、衣装を吉永さんに任せてよかったと思う。吉永さんが準備してくれたのは、着物だった。吉永さんの家が呉服屋さんをやっているらしく、貸衣装とかもやっているそうで、今回の着物も安く貸し出してくれたそうだ。
着付けも吉永さんのお家の人が来てくれて、クラス全員分をやってくれた。明日も着付けをしに来てくれるらしい。西野っちは吉永さんのお家の人に恐縮しきりだったけれど、「着物の良さを若い子たちにも知ってもらえれば」と、吉永さんのお母さんは柔らかな笑顔で言っていた。
「ねえ、どう?可愛い?」
着付けを終えた蓬が私のところへとやってきて、着物を見せびらかしてくる。
「私じゃなくて恩田に見せに行きなよ。」
「……千尋に見てもらっても大丈夫かどうかをチェックしてもらいたいんじゃん。」
唇を尖らせた蓬は、おちょぼ口になって可愛い。山吹色の着物がよく似合っていると思う。柄はちょっと私には分からないけれど、毬みたいな模様が描かれていて素敵だ。髪型もアップにしてサイドが編み込みになっているから可愛い。まあ、髪型は私がしてあげたんだけど。
「可愛いよ。よく似合ってる。恩田なんか惚けちゃうんじゃない?」
「そうかなあ。でもやっぱり、百合子の方が素敵だよ。美人って何でも似合っちゃうんだね。」
私は藤の花が散りばめられた着物だった。髪型は蓬とお揃いである。着物を着たのは本当に久しぶりで、背筋がしゃんと伸びる。
「ありがとう。ほら、早く恩田に見せてきなよ。」
「うん。行ってくる。」
恩田の元へと向かった蓬の背中を目で追いながら、私は目を細めた。そして、教室の窓に背をもたれると、ふうと息を吐いた。
「どうした?溜め息なんてついて。」
そこで、聞き慣れた声が頭上から降ってきた。驚いてその声の主を見上げると、私はさらに驚くことになった。
「え!西野っちも着物?!」
私の隣に立っていたのは西野っちだった。それも、着物を着た西野っちだった。藍色の着物に身を包んだ西野っちはいつもと違い、とても凛々しい。襟元からのぞく喉仏がとてもセクシーだ。
「おー。なんか、ちゃっかり俺も着付けしてもらってさ。俺なんかより、穂高はよく似合ってるじゃないか。こうしてみると、お前は本当に綺麗なんだな。」
腕組みをしながらしみじみという西野っちは、どこか親父臭かった。でもそれも嫌いじゃない。私は笑いながら「私は何でも似合っちゃうからさ。」と冗談交じりに答えた。
内心は心臓が五月蠅かった。西野っちに綺麗だと言ってもらえて嬉しいけれど、にやつかないように必死で抑える。そんなことよりも西野っちが着物姿というところに高まりを抑えきれるか心配になる。
「えー!西野っちも着物ー?!」
私と西野っちが話していることに気付いたらしい蓬が、大きな声をあげた。そして嬉しそうに言う。
「こうしてみると、百合子と西野っち、お似合いじゃん。ちょっと写真撮らせて。」
蓬は私の気持ちを知らない。だからこそ、発せられたその“お似合い”という言葉が、私は何よりも嬉しかった。気持ちを伝えられない今、ただそれだけで良いと思える。
「2人ともこっち向いてー。」
どんな顔をして西野っちの隣に立っていれば良いのか分からない。だけどそれ以上に、西野っちがどんな顔をしているのか、怖くて見ることができない。綺麗だと言ってくれた彼の声だけが耳に残る。
「後で2人に送るねー。」
「ちゃんと男前に撮ってくれたんだろうな?」
「それは西野っちのポテンシャルに限界があるからさー。」
写真を撮り終わると、西野っちはさっさと私の隣から離れて、蓬とじゃれていた。それが寂しい気もするし、ほっとしたような気もする。はやる鼓動を誰にも気づかれないように、何度か浅く深呼吸をして呼吸を整えた。
午後からはミスコンの準備で大忙しだった。ミスコンの宣伝用に展示してある写真を見た人たちから「百合子めっちゃ綺麗だったよ。頑張ってね。」と声をかけられた。きっと、大河が撮ってくれた写真のことだろう。私はまだその写真を見ていないけれど、「ありがとう、頑張る」と答えた。
ミスコンの自己アピールの時間が近づくにつれて、緊張してきた。こんなに緊張することって今までにあっただろうか。
「百合子さん、大丈夫ですか?」
体育館の舞台袖で待機している私のことを心配してきてくれたのは大河だった。
「柄にもないけれど、緊張しちゃってるわ。」
自嘲気味にそう話すと、大河の眉が垂れた。
「……やっぱり、嫌でしたか?」
「え?」
「俺が百合子さんを無理にミスコン推薦したから。」
大型犬系の大河は、分かりやすくしゅんと沈んだ。もし大河に耳と尻尾が生えていたなら、それらは垂れ下がっていただろう。その姿を見ると、可笑しくて笑いが漏れた。
「何言ってんの。ここまでくると、もう私の意志だから。」
初めは大河と蓬に推し進められた話だったけれど、準備をするうちに自分でも楽しんでいた。蓬に準備してもらった衣装も、今は喜んで着ている。だから、私がこの舞台に立つことは、私たちの集大成でもある。
「でも……。」
「大河に写真撮ってもらって嬉しかったよ。人前に出るのとかってそんなに得意じゃないけどさ。でも、自分の経験としてやるのは悪くないって思ってる。だってほら、全員がミスコンに出るわけでもないじゃない?」
「……。」
「だから、推薦してくれた大河には感謝してるよ。ありがとうね。」
「百合子さん……。……あの、俺……。百合子さんのこと好きです。」
突然の大河からの告白に、私は目を見開いた。
「あ!えっと、すみません!本当は今言うつもりじゃなかったんですけど!いや、なんていうか、その……。」
耳を真っ赤にさせて慌てふためいた大河は、段々と尻すぼみになった。言うつもりじゃなかったっていうのが、本心なのだろう。ふいに気持ちが溢れてしまうというのは、分からなくもない。
「……でも、百合子さんは俺のことなんとも思ってないですもんね。それは分かっています。」
「どうして?」
「何枚百合子さんの写真を撮ったと思ってるんですか。俺に気がないことくらい、ファインダーを覗けば分かりますよ。でも、そんなあなたを綺麗だと思ったんです。だからまあその、要は自信もって舞台に上がってくださいってことです!」
大河は急に元気になってガッツポーズをしてきた。なんだかそれが可笑しくて私は笑った。
「ありがとう。大河のおかげで緊張がほぐれたわ。」
そして、私の名前が呼ばれた。
「じゃあ、行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。」
ドレスの裾を持ち上げて、ステージへ上がる階段を上る。蓬と大河があーでもない、こーでもないと言いながら準備してくれた衣装は、不思議の国のアリスのハートの女王様の衣装だ。着てみたらとても似合ってしまった。
スポットライトに照らされてステージに躍り出ると、会場からたくさんの声援があがった。胸を張って堂々とステージの真ん中へと歩を進める。何だか本当に女王様にでもなったような気分だ。
中央に立つとMCをしている写真部の部長がマイクを持って私の横に並んだ。「クラスとお名前をどうぞ!」とマイクを向けられる。私が「2年C組、穂高百合子です。」と答えると、会場が涌いた。
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