第22話
祭りの後というのはどこか物悲しい。冷えた空気に差し込む西日が、それを余計に際立たせる。後片付けが終わっていない視聴覚室で、そこに展示されている写真たちを鑑賞していた。視聴覚室には、写真部の作品でもあるコンテスト出場者の写真が展示されているのだ。
文化祭の開催中に見に来ることはできなかったから、最終日の放課後に足を運んだ。他の教室での展示物は撤去されているけれど、この視聴覚室の作品はしばらくこのままらしい。
今回のミスコンの出場者は、私を含めて9名が出場した。その9名の写真がここには飾ってある。どの作品も個性が出ていて素敵だなと思う。
写真を見れば被写体の人柄が伝わってくるし、彼女たちの魅力を引き出しているのがよく分かる。1人につき1枚じゃないところも良い。色々な場面を切り取るからこそ、より被写体のストロングポイントが上手く表現されているのだと思う。
写真部の人たちは写真を撮ることが好きなんだろうなということも伝わってくる。被写体だけじゃない感情がそこに乗っているからこそ、生きた作品がこうして展示されているように感じる。
その中でも私が足を止めたのは、私の写真だった。大河が撮ってくれた私の写真。胸の奥が沸騰するような、蟀谷あたりが熱くなるような、そんな感覚になる。
大河がここに展示してくれている私の写真は、全部で5枚だ。限られたスペースや枚数の中で、よくこんなに私の引き出しを開けてくれているなと思う写真ばかりだ。
1枚目は、こちらに笑いかけている写真だ。きっと大河と何かを話しながら撮った写真なのだろう。何の屈託もなく笑っている。私ってこんな表情で笑うんだな。
2枚目は、ベランダの手すりに肘をかけて校庭を見ている横顔だ。靡いている髪の毛が風を感じる。なにか話しているのだろう。口元はなにか言葉を紡いでいるのが伝わってくる。
3枚目は、夕陽を背にした写真。逆光で私の顔の表情が見えないけれど、その写真からは放課後のベランダのエモさが溢れている。
4枚目と5枚目は全身の写真だった。4枚目はベランダで髪の毛を掻き上げている写真で、5枚目は廊下での後姿の写真だった。4枚目までは撮られた記憶があったけれど、5枚目はいつ撮ったのだろうと思った。
どの写真も自然な私の表情を引き出しているから、大河には写真を撮る才能があるのだろうと思う。それ以上に伝わってくるのは、大河の私に対する想いだ。どれを見ても、「大河には私がこんな風に見えているんだ」と感じる。
こんなの、胸の奥が熱くならない方がおかしい。こんな純粋な想いをぶつけられたのは、これまでで初めてのことだった。
廊下での後姿の写真をじっと見つめる。ここに、大河のすべての想いが詰まっている気がする。
どれくらい見つめていただろう。視聴覚室の扉が開かれた音で、私は視線をそちらに向けた。
「すみません、百合子さん。遅くなりました。」
「ううん。」
視聴覚室にやってきたのは大河だった。私が放課後に写真を見に行ってもいいかと言うと、大河も来てくれると言ってくれていたのだ。私の方が先にクラスの片付けが終わったため、一人で写真を見ていた。
「もう全部見ちゃいました?」
「うん。どれも素敵だね。」
「そうでしょう。百合子さん、これ。」
「え?」
後ろに手を組んでいた大河がそこから差し出したのは、花束だった。
「ミスコン優勝、おめでとうございます。」
「……ありがとう。」
私は照れ臭かったけれど、その花束を受け取った。まさか優勝するとは思っていなかった。
「大河が写真を撮ってくれたからよ。」
ミスコンはみんなの投票によって決まる。投票所はこの視聴覚室で、ここに並べられた写真を見ながら投票することになっていた。
「そんな。百合子さんが綺麗だからですよ。それに、アピールもよかったですし。」
「ううん。大河や蓬が推薦してくれなかったら私はミスコンに出ていなかったし、出てたとしてもやる気なくやっていたと思う。だけど、楽しませてくれたのは大河だから。だから、大河のおかげだよ。」
大河は「そう、ですか。」と言いながら鼻の頭を掻いた。
「こんな花まで準備してくれて。」
「俺がお祝いしたかったんです。」
彼の気持ちはずっと感じていた。それこそ、体育祭で仲良くなってから、日を増すごとに。それに、どう向き合うのが正解なのか、私には分からない。
花束を抱えながら大河を見つめると、彼の瞳には私が映っていた。そんなに柔らかい眼差しを受けたことを今まであっただろうか。
「……俺が今日ミスコンの前に言ったことなんですけど……。」
「……うん。」
柄にもなく心臓がやかましい。
「今はまだ聞かなかったことにしてもらえますか?」
「え?」
「こんなこと言うのかっこ悪いんですけど、今はまだ百合子さんにOKもらえるわけがないって分かってるんで。ここでフラれちゃうと、俺は諦めなきゃいけないでしょ。俺はまだ、百合子さんのことを想っていたいんで。」
「フラれたら諦めるの?」
「好きだからこそ、俺の気持ちに応えられないっていう気持ちを尊重したいじゃないですか。」
「そっか。」
「だから、告白しないってのは単なる俺の我儘です。なので、今までみたいに普通にしててください。俺も普通にしてますから。」
心臓の音は鳴りやまないけれど、なんだか拍子抜けな気もするし、ほっとしたような気もする。大河の想いに応えられないけれど、関係が気まずくなるのも嫌だったのだ。そんな私もきっと我儘だ。
「分かった。」
私がそう答えると、大河は満足そうに笑った。
「百合子さんのクラスはこの後、打ち上げありますか?」
「うん。顔出す予定。」
「そうですか。俺もです。」
「じゃあ、また明日ね。」
「はい。」
「バイバイ。」
「さようなら。」
視聴覚室を出ると、私は花束を抱えてゆっくりと廊下を歩く。傾いていた日差しはいつの間にか水平線の向こうに消えて、紫色のグラデーションに変わっていた。
「おお。女王様は良いものを抱えてるな。」
職員室の前でなんとタイミングの良いことに西野っちと出くわした。やましいことは何もないはずなのに、今西野っちと顔を合わせるのは何だかそわそわする。
「ミスコン優勝のお祝いだって。」
「よかったな。職員室でもその話で持ち切りだったぞ。今から打ち上げ行くのか?」
「うん。西野っちは?打ち上げ行かないの?」
「大人はまだ色々と後片付けが残ってるんだよ。」
私は「なあんだ。」と悪態をつきながらも、どこかほっとしていた。大河にちょっとドキドキしちゃった自分を、西野っちだけには絶対に知られたくなかった。
「文化祭の打ち上げだから大目に見るけど、20時になったら帰れよ。」
「えー。」
「先生たちも20時から見回りするからな。」
「うわ。最悪だ。みんなで作戦会議しよう。」
「そういうことを先生の前で言うんじゃない。」
西野っちと昇降口まで一緒に歩くと、私が靴を履き替える間、花束を持っていてくれた。
「ありがと。じゃあ、帰るね。」
「おう。気を付けてな。」
「バイバイ。」
「さようならだろ。」
「はいはい。さようなら。」
「はい、さようなら。」
花束を受け取って踵を返して玄関を出る。さあ、打ち上げ会場に向かおうと足を踏み出すと、背中から「穂高!」と西野っちが声をかけてきた。何か忘れ物でもあっただろうかと振り向く。
「ミスコン。綺麗だったぞ!おめでとう!」
西野っちはそう言うと、手を振って校舎の中に消えて行った。
「なに、それ……。」
どうして私の心を思いっきり揺らすのはあなたなんだろう。たったその一言だけで、破裂しちゃうんじゃないかというくらい、胸が一杯になる。大河にちょっとドキドキしたなんて、いとも簡単に吹き飛んでしまう。
「ああ、熱い。」
冷たい指先で必死に頬を冷ましながら歩くけれど、その熱は一向にひく気配がなかった。
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