第20話

「ミスコン?」


 体育祭で仲良くなった後輩である葛城かつらぎ大河たいががわざわざうちのクラスまでやってきたから何事かと思えば、私にミスコンへの参加をお願いするためだった。彼は写真部に所属しており、その写真部の主催でミスコンを開催するらしい。


「もう!ぜひ!百合子様に出て頂きたく!」

「もう、その百合子様ってのやめてよ。」

「やめたら出てくれますか!」


 大河は犬っころみたいに人懐っこく、体育祭のときも可愛がっていた一人だ。身長が高いし髪の毛も茶色系の金髪に染めているから、ゴールデンレトリバーという感じだ。


「普通に恥ずかしいんだけど。出たらなんか、アピールタイムとかあるんでしょ?」


 昨年のミスコンは見に行っていないけれど、体育館で盛り上がっていたことは知っている。可愛いと言われている人たちが写真部にスカウトを受けて、エントリーするのが慣わしだそうだ。他薦にも関わらず、体育館の檀上でアピールをさせられるのだ。


「アピールタイムっていっても、どんなことをするのかは個人の自由ですから!出てくれるだけでいいです!」

「自由って……。」


 それが一番難しいやつでしょうに。特技とかあるわけじゃないから、自己PRというのが一番困る。


「いいじゃん百合子。やりなよ~。大河がここまで言ってんだからさ~。」

「蓬先輩ありがとうございます!」

「でも、何をすればいいか……。」


 私はどちらかといえば、サポートをする性格だと思う。だから、蓬みたいにリーダータイプが居てそれのサポートをするのは得意だけれど、自分が表立って何かをするというのはあまり得意ではない。


「大丈夫。百合子なら立ってるだけでアピールになるから。」


 そう言われても、とは思ったけれど、瞳を輝かせている蓬と大河を見たら、もう何も言えなくなった。


「……分かった。そこまで言うんだから、責任もって最後まで付き合ってよね。」

「もちろんです!」

「私も一緒に考えるから!」


 蓬と大河は息を合わせたかのようにハイタッチをし合った。なんだかそれがちょっとむかついたから、後で恩田に蓬が他の男と手を繋いでいたとちくってやろう。






 それから文化祭を迎えるまで忙しくなった。クラスの出し物の準備とミスコンの準備でてんてこ舞いだ。家族にミスコンへ出ることは絶対に言いたくなかったのに、蓬がうちへ遊びに来たときに、蓬が話をしてしまった。


 お母さんと樹は、それはもう大喜びで、お父さんと3人で文化祭を見に来ると張り切ってしまった。そうなるのが恥ずかしいから言わなかったのにと思ったけれど、嫌という気持ちよりもむずがゆい気持ちの方が大きかった。


 私の頑張っている姿を家族に見てもらうのも、悪くないと思っているからだ。


「姉ちゃんのクラスは何の出し物するの?」

「クラス展示だよ。写真が映える飾りつけをして、みんなに写真を撮りに来てもらうようにするのよ。」

「映えスポットってこと?」

「そうそう。」

「じゃあ、俺も行って良い?」

「来てもいいけど、きっと女子高生とかばっかだよ。お父さんとお母さんと一緒で大丈夫?」


 樹ももう小学6年生だ。そろそろ反抗期を迎えたっておかしくない。両親と一緒に女の子がたくさんいるところに来るのは、ハードルが高いのではないかと思う。


「なんで?家族なんだし、大丈夫でしょ。」


 私の心配をよそに、樹はあっけらかんとしてそう答えた。私だったら恥ずかしいと思ってしまうところだけど、樹はそうでもないようだった。こういうことは男の子の方が恥ずかしがるもんじゃないの?


「まあ、樹が大丈夫ならいいけど。」

「姉ちゃんも一緒に写真撮ろうね。」

「もちろん。」


 文化祭を楽しみにしてくれている樹の顔を見て、私も嬉しくなった。樹が彼女を家に連れてきた日には、少しだけショックかもしれない。


 姉の私が言うのもなんだけれど、樹は端正な顔立ちをしている。同級生の女の子に告白されたことだって知っている。だからきっと、樹が彼女を我が家に連れてくる日も、そう遠くないであろうと思っている。


「彼女ができたらお姉ちゃんにちゃんと紹介するのよ。」

「急になに?紹介する日なんて来ないし。」

「そんなの分からないじゃない。」

「そういう自分こそ、彼氏を家に連れてきたことないだろ。」


 樹に言われてみれば確かにと思った。振り返ってみれば、ちゃんと好きになって付き合った人は居ないから、家族に紹介できるほどの人じゃなかったと言える。


「私はいいのよ。」

「なんでだよ。」


 弟に指摘された途端に、自分の恋愛遍歴に対してなんとも言えない気持ちになる。そして、家族に言えない恋愛遍歴なんてあんまりよくないなあと思う。


 西野っちを好きになってから、他の男子から告白されてもすべて断っている。だから樹に尋ねられると、「やっぱりこのまま好きな人以外からの告白は断るようにしよう」と改めて決意を固くした。






「はい!百合子さん、こっち向いてください!」


 文化祭を来週に控えたある日の放課後、私は大河に写真を撮られていた。エントリーしたときに宣伝ポスター用の写真は撮られていたけれど、今回はアピール用の写真らしい。


 今日は、蓬は恩田と一緒に文化祭の準備を行っているため、私は大河と二人切りだ。といってもこれまでも二人で準備をすることもあったため、そこに特別な何かはない。……私の方は。


 夕日の差し込むベランダで、大河は私にカメラを向けてシャッターを切る。無言で写真を撮られるのも気持ち悪いから、私は大河に話しかけた。


「大河はなんで写真部に入ったの?」

「シンプルに写真を撮るのが好きだからですね。」

「へえ。写真を撮るのが好きになったきっかけとかあるの?」


 ふいにそう尋ねると、大河は一瞬だけ動きを止めた。だけどすぐにまた、シャッターを切る。


「……このカメラ、じいちゃんの形見なんですよ。」


 言われてみれば、大河のカメラは古い。カメラのことには詳しくないけれど、最近の大体のカメラはデータで管理できるデジタルカメラが主流のはずだ。だけど、大河のカメラにはそのデジカメの画面がない。


「おじいさんがカメラ好きだったの?」

「写真家だったんです。その界隈じゃ有名だったみたいで。俺もじいちゃんの撮る写真が好きで、小さい頃から写真の撮り方を教えてもらいました。初めはシャッターを切るのが楽しくて始めたことだったんですけど、今ではその魅力に取りつかれています。」

「そうなんだ。好きなことがあるって素敵だね。」


 私がそう言うと、大河はファインダー越しに照れた。それでも、私にカメラを向けてシャッターを切り続けている。


「百合子さんは?」

「え?」

「なにか好きなことあるんですか?」

「私の好きなことかあ。」


 考えてみるけれど、特技や趣味は特に持ってないかもしれない。


「わかんないなあ。」

「じゃあ、これから見つかるといいですね。」

「うん。」

「写真だったら、俺が手取り足取り腰取り教えますから。」

「なにそのいやらしいオヤジみたいな返し。」


 私が眉を寄せて笑うと、大河はそれもカメラに収めた。

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