第19話
自分の気持ちでさえ分からないのに、人の気持ちなんて分かりようがない。そう分かっていたはずだけれど、私は初めてそれを目にしたとき心底驚いた。
それはいずれ誰なのか分かることだろうとは思ってはいた。彼女と一緒に居る時間が長くなればなるほど、彼女の瞳に宿る感情をよく理解できるようになっていたからだ。
でも、まさかと思った。
私がそれを知ったのは、本当に偶然だった。2年になってから、ご飯を食べた後の蓬は、昼休みにどこかに行っているなあとは思っていたけれど、そんなに気にしたことはなかった。
私たちは心のクラスに集まってご飯を食べていたし、蓬が離席しても化粧を直しに行ってるんだろうくらいに思っていた。実際に、私たちが化粧直しにトイレへと行くと、蓬はいつも先に居た。
5月のよく晴れた日の昼休み、お母さんから電話がかかってきたため、私はベランダへと出た。私たちのクラスのベランダと心のクラスのベランダは繋がっている。空調の効いた室内にみんないるため、ベランダで過ごしている人なんてほとんどいない。
そう思ってベランダに出たのに、うちのクラスのベランダに人が居るのが見えた。それは紛れもなく、蓬だった。何をしているのかと思って、柱の影に隠れながら様子を伺うと、蓬は楽しそうに喋っていた。
そして、彼女の瞳に熱が宿っていることを、私はすぐに悟った。――ああ、彼が蓬の好きな人だったのか。
彼も少し照れくさそうにしながら、蓬とおしゃべりをしている。どんな接点が二人にあったのか、聞いてみないと分からないけれど、二人が両想いであることだけは見ていてすぐに分かった。
その日から少し経って、蓬から恩田と付き合っていることを打ち明けてくれた。それからは恩田とのことをよく相談されるようになった。蓬の悩みはどれも純粋で、私からすると全部尊敬に値するものだった。
なんで尊敬したかというと、蓬も恩田もちゃんと自分が未熟であると分かっているが故の悩みだったからだ。私がこれまで抱えてきた悩みなんて、全部いきっていただけだと思う。思いっきり甘えているくせに、自分ではもう何でもできるような顔をしていた。
蓬と恩田は違った。周りの人に支えられているって分かっているし、自分にできることの少なさを自覚している。そのうえで、自分にできることの模索をいつもしているのだ。その姿に私は心が動かされるし、2人の支えになりたいって思うようになった。
夏休みは、体育祭の準備で大忙しだった。蓬と大地が体育祭実行委員になったもんだから、クラス中がお祭りモードになった。蓬に引っ張られるようにして、私も体育祭の準備を手伝わされた。
うちの学校の体育祭は、クラスごとに団に分かれることになっていて、うちのクラスは赤団だ。学年関係なく、他の赤団のクラスと一緒に白団・緑団・紫団と戦うことになる。蓬が応援団に入ることになったから、私も当然のように蓬に連れられて団員となった。
赤団をまとめるのは、3年生の団長だ。団長である
1年の団員は初めての体育祭ということもあって、どこか緊張している空気感だったけれど、すぐに馴染んでくれた。全体的に良い雰囲気で練習もできていると思って居たある日、事件は起こった。
「え?!学ランが揃っていない?!」
もう、体育祭を1週間前に控えた日のことだった。3年の先輩たちが「演舞のときの学ランはこっちで揃えるから」と任せきりにしていた衣装が揃っていないと言い出したのだ。
「だって、中々短ランとボンタンを持ってる人なんて居なくてさ~。」
衣装を準備する係だった先輩・
「それに、みんなもひどくなあい?私1人に学ラン準備する係を押し付けてさ~。」
加奈子先輩は、たびたびこういうところのある先輩だなあとは思っていた。練習に遅刻してくるのは当たり前だし、きたかと思えば男子のところで喋っている。でも、みんなで合わせようってなったり、打ち合わせをしたりはちゃんとするから、先輩たちも大目に見ていた部分があったのだろう。
学ランの準備のことだって、決して加奈子先輩に押し付けたわけではないことを知っている。むしろ、加奈子先輩の方から「私、男の子の知り合い多いから揃えられるよ!これくらい任せてよ!」と言って請け負っていた。
だけど、都合の悪いことは忘れる質らしい。さらに質の悪いことに、男子の先輩の中には、「まあ、加奈子だからな~。しょうがないよ~。」と鼻の下を伸ばしながら言っている人も居る。それが余計に女子の先輩たちの逆鱗に触れていることは、後輩の私たちにも見て取れた。
「あのさあ。」
だから、栞先輩が口を開いた瞬間だった。
「あの!!!」
私は、大きな声を出した。このままじゃ口論が始まってしまう。それじゃあ何の解決にもならないし、今すべきことは学ランを揃えることだ。
「2年の私たちも協力するので、みんなで学ランをかき集めましょう!加奈子先輩、とりあえず何着確保できているかだけ教えてもらっていいですか?」
私はルーズリーフと筆記用具を持ち出して、応援団全員の名前を書き出した。そして、加奈子先輩が確保した学ランのサイズを聞いて、名前の横に確保できているサイズを記入していく。
こうすることで、あとどのサイズの学ランが何着必要なのか明確になる。そして、誰がどの学ランを着用するのかも事前に把握することで、返却するときにどれがなくなっただとかの手間を防ぐことができる。
私があまりの剣幕だったからか、先輩たちは呆気にとられた顔をしながらも、おずおずと学ランを集めるのに協力的になってくれた。蓬も中学の友達に電話をかけて、いくつか短ランをかき集めてくれた。
みんながかき集めた短ランを、私は全員の体格に合わせて分配した。ちゃんと、誰が借りてきた学ランなのかも明確にしてだ。団員のみんなには、自分が借りたものは又貸ししないことをよく言って衣装を引き渡した。
赤団の全員が協力してくれたこともあって、体育祭の2日前までに全員分の学ランを確保することができた。
「百合子、まじでありがとうな!」
「もう、百合ちゃん居なかったらどうなったことか……!」
「いや、こういうときは一丸となるしかないですから。私にできることをやっただけですし、それにみんなが動いてくれたおかげですよ。」
柳原先輩と栞先輩には何度も感謝された。加奈子先輩はあれからしばらく不貞腐れていたけれど、栞先輩が個別で時間をとって色々と話をしたらしく、今では元気に練習へと出て来ている。
「それにしても、百合子は本当に頼もしいな。」
「そうそう。美人だから迫力あって、私も圧倒されちゃった。1年のみんなとか、百合ちゃんのことなんて言ってるか知ってる?百合子様だってよ。」
「いやあ、もう、あれは恥ずかしいですね。この間、やめてって言ったんですけど、聞く耳を持ってくれませんでした。」
私はいつの間にか、赤団のみんなから“百合子様”と呼ばれるようになっていた。やめてと言っても、「百合子様にツンをもらった!」とかはしゃがれて、一向にやめてもらえる気配はない。
「いいじゃない。それだけ、慕われてるってことよ。」
「そう、なんでしょうか。」
苦笑するしかなかった。でも、心の中では「それも悪くない」と思っている自分がいる。昨年の参加できなかった体育祭のことを思えば、自分自身の成長を感じられるからだ。
「でも最後まで赤団を引っ張るのは先輩方ですからね!頼みますよ!」
私がそう言うと、柳原先輩と栞先輩は同じ顔で笑った。
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