第18話
3学期の時間の流れは早かった。気づいたら鶯が鳴いていたし、3年生の卒業式も終わっていた。心は3年の先輩と付き合っていたようで、卒業式に花束を準備して、その先輩のところへと駆けて行っていたのが印象的だった。
学年末テストも終われば、すぐに春休みになった。春休みはとにかくバイトをした。友達ともたくさん遊んだ。でも、中学のときの友達とは遊ばなかった。嫌いになったとかそんなんじゃないけれど、今は会わない方が良いと思っている。もっと自分の芯を確立してからじゃないと、自分が疲れてしまうだけだと思うからだ。
4月に入って新学期を迎えると、新しいクラスの発表があった。クラス分けの掲示板の前にはたくさんの人だかりができている。蓬と一緒にそれを掻き分けて一番前に躍り出ると、私と蓬の名前を確認した。
「やった!また同じクラスだよ!」
私より身長の低い蓬だけれど、目は良いらしい。あっという間に私たちの名前を見つけて喜んだ。蓬が私と同じクラスということは、蓬の好きな人も理系クラスを選んだのだろう。
「ほんとだ。やったね~。」
「これで3年間同じクラスだね。」
うちの学校は2年から3年は持ちあがりのため、2年で同じクラスになれば卒業まで同じクラスだ。1年のときから同じクラスの蓬とは、3年間同じということになる。
「じゃあ俺とも3年間同じクラスだな!」
そんな話をしていた私たちに割り込んできたのは、大地だった。
「え?大地も同じクラスなの?」
「おー。」
クラス分けの表を見返すと、確かに大地の名前もある。これは、ひょっとして、大地は蓬を追ってきたパターンだろうか?
「大地も一緒なら楽しいじゃん。」
「あと雄一や義明も一緒だよ。」
「ほんと!じゃあ、修学旅行が楽しみだね。」
大地の気持ちを知ってか知らずか、蓬はそんな会話を大地とした。大地は嬉しそうに鼻の下を伸ばしている。傍から見れば、2人はいつくっついてもおかしくない雰囲気だ。ただ、蓬には別に好きな人が居ることを知っている私としては、もどかしい気持ちになった。
蓬は例の好きな人とは同じクラスになれたのだろうか?
教室に入ると、さらに騒がしくなった。私も仲の良い人たちばかりだったから、ついついはしゃいだ。こうやってみんなとはしゃいでいると、高校を中退しなくて本当によかったと思う。
あの時は簡単に学校くらい辞めればいいと思っていたけれど、もし今タイムスリップしてあの時の自分に会いに行けるなら、「そんなバカな考えやめなさい」って説教をする。好きな人もできたし、将来やりたいことだってできた。どれも学校に通っているからこそできたことだ。
始業式ではクラス担任の発表があった。まだ寒さの残る体育館でその発表を聞いた。その発表を聞いたとき、私の心臓は止まるかと思った。素直に喜べない気持ちと嬉しい気持ちが交差して、きっと変な顔をしていたと思う。
「担任、西野っちでラッキーだね。」
体育館から教室へと戻る途中、蓬がスキップしながら言った。「そうだね。」とにこやかに返したけれど、口端が緩んでいなかったか、不自然じゃなかったか心配になる。私にとってラッキーだったのかは判断しかねる。同級生が好きな人だったならラッキーだったかもしれないけれど、卒業するまで気持ちを伝えるのも待っている状況だと拷問に近い気もする。
教室へと戻ると、「HRするぞ~。」と西野っちも教室へと入ってきた。今日はこのHRが終われば放課だ。最初のHRはいつもの如く、それぞれの自己紹介がメインだった。仲の良いメンバーが自己紹介をすると、私たちはいちいち盛り上がった。
私たちというか、私は黙って聞いていたけれど、大地たちがいちいち盛り上がっていた。大地の仲間を大事にするところは良いところだなあと思うけれど、そうじゃない人からすると迷惑に感じると分からないところは惜しいなあと思う。
HRが終わると、私は職員室へと行った。バイト届を出して許可証を発行してもらうためだ。バイト許可証は新学年になるときに必ずもらわないといけないことになっている。
「西野っちー。バイト届出しに来たよ。」
「おー。ちょっと待ってな。」
西野っちは私のバイト届を受け取ると、それを持って教頭のところへと向かった。なにやら印鑑などの事務手続きをした後、西野っちはすぐに私のところへと戻ってきた。
「ほい、バイト許可証。穂高は今年もバイトするんだな。」
「うん。なんだかんだ、働くのが好きみたいだから。でも、3年になったら辞める約束。勉強に専念しろってさ。」
「それは賢い約束だな。」
彼と交わす言葉の1つ1つが、自分でも気づかないうちに心の奥を高揚させる。いつも、西野っちとどんな風に話してたっけ?これで正解だっけ?
「とりあえず、もう高校2年生になったから、真面目にするから。」
「それは、その身なりを整えてから言ってほしいなあ。」
「なんで?整えてるじゃん?可愛いでしょ?」
「まあ、人間は身なりだけじゃないけれど、身なりで判断されることも忘れないようにな。」
「西野っち、先生みたいー。」
「お前の担任の先生なんだけどな。」
注意はされたけれど、私は嬉しかった。今日は久しぶりの登校で西野っちに会えるかと思うと、朝早く起きてしまって入念に髪の毛を巻いてきたからだ。化粧だっていつもより手がこんでいる。
「明日は頭髪検査あるからちゃんとしてこいよー。」
「分かってるよ。」
私は春休みの間に、チェリーブラウン色の髪の毛へと染めていた。頭髪検査があるのであれば、黒髪スプレーを使わなければいけない。
先生たちだって馬鹿じゃないから、1日だけの黒髪戻しだって気づいているだろう。だからそれよりも、頭髪検査のときにちゃんとしてくるかどうかという姿勢をみられているんじゃないかと思っている。
そんなわけで、今日はバイト帰りにドラッグストアに寄って帰らなければならない。めんどくさいなあとは思いつつ、反省文を書くことになる方が面倒だ。
「今日のバイト帰りは、お母さんにドラモリに寄ってもらうわ。」
「そうしろ。お母さんとはうまくいってんのか?」
西野っちは担任だから、うちの家庭事情を知っているのだろう。
「なにそれ。先生みたい。」
「だから、お前の担任だってば。」
おかしくて私がケラケラと笑いながらボケると、西野っちは少しむっとした表情をしながら、さっきと同じツッコミをしてきた。西野っちの顔を見る限り、これは本当に心配してくれているんだと思う。
「ごめん、ごめん。うまくいってるよ。あれからの方がうまくいってる。助けてくれた西野っちに感謝してる。」
「そうか。」
西野っちは目を細めて腕組をした。それは本当に大人の仕草で、いつもは私たちにレベルを下げて会話をしてくれているんだと感じる瞬間だ。西野っちと対面で話をしているはずなのに、彼を遠くに感じる。
見た目とか年齢以上に、私と西野っちには距離があるんだと思い知らされる。
「……また相談したいことあったら、電話してもいい?」
「ああ。もちろん。でもできれば回数は少ない方がいいな。」
「どうして?」
「便りがないのが元気な証拠ってな。穂高が元気なら俺を頼る必要もないだろ?」
それはそうなのかもしれない。だけど、私にとっては少し寂しい言葉だった。ねえ、西野っちって気づいているのかな?私の最近の専らの悩みは、あなたに恋していることなんだよ?
「なにそれ。元気でも構ってよ。」
「お前らに構うと疲れるからさー。」
冗談っぽく返すと、そこにはもう大人の西野っちは居なかった。「じゃあ、また明日ね。」と私が言うと、「おう。気を付けて帰れよ。」と満面の笑みで返された。
職員室を出ると、男子とぶつかりそうになった。「ごめん。」と言って顔を見上げると、そいつも「いや、こちらこそ。」と言った。床にひらひらと着地したバイト届を拾うと、“2年3組恩田千尋”と書かれていた。
同じクラスの男子だったのか。教室にこんな人いたっけと思いながら彼の顔をまじまじと見つめると、意外にも整った顔立ちをしていることが分かる。もさったいのは髪型のせいじゃないか。
「……あの、なにか?」
彼は怯えた様子で問いかけてきた。私に文句を言われるとでも思ったのかもしれない。図体はでかいくせに、びくびくとした生まれたての小鹿のようだ。
「いや、ごめん。同じクラスなんだね。これから2年間よろしくね。じゃあ、またね。」
「う、うん。」
拾ったバイト届を彼に渡すと、私は踵を返して昇降口へと向かった。
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