第11話

 快楽に夢中となっている2人は私には目もくれず、その肉の塊をひたぶるにぶつけ合っている。不思議と私は何の感情も抱かなかった。悲しさも、怒りも、何もない。ただ、「ああ、そうだったんだ。」という理解だけだ。


「2人とも今、キマっちゃってるから、フィニッシュするまでそのままだと思うわ。」

「キマっちゃってる?」


 問いかけると、矢野さんは机の上をくいっと親指で指さした。


「大麻。」


 ああ、これがテレビのニュースとかで聞く大麻なのか。


「これやってからヤるとめっちゃ気持ちいいんだわ。美琴がこれに激ハマリしてさ。3人でヤったのは今日が初めてだけど、亮太郎は前から使ってるよ。」


 それで、「ああ。」とそれも納得した。以前から亮太郎の部屋で嗅いだことのあるこの香りは、大麻を吸った香りだったのか、と。今日は現物が置きっぱなしになっているし、吸ってからそれほど時間が経っていないのだろう。いつもより強い香りがするのもそのせいかと思った。


 こげた強い香りが、さっきから鼻の奥をついて脳みそまで到達しているように感じる。頭の奥が眉間に皺を寄せるほどツンとする。それを感じるのが先か後か、立っている足がガクガクしてきて背中を冷や汗か脂汗か分からないものが伝う。


 炎天下の中をここまで走ってきたせいか、貧血を起こしているようだった。


「百合子ちゃん、顔色真っ青だけど大丈夫?」

「貧血みたいです。ちょっと横になります……。冷蔵庫からお茶をもらっても良いですか。」


 私はそう言いながら、ずり落ちるようにその場に座り込んだ。矢野さんが持ってきてくれたお茶に口をつけると、「少し横になります」と言って、その場に寝転んだ。彼氏と友達がヤっている部屋の片隅で横になるなんて、なんと滑稽だろうと自分でも思う。


 でも、この血の気が引いていく感じは、もう座ってすらいられないほどの貧血だ。しばらく身体を休めるしか回復する方法はない。「貧血ならこれも。」と矢野さんはパイナップルの飴玉をくれた。


 私は遠慮なくそれを口に含むと、糖分が全身に行き渡る感じがした。






 いつの間にか眠ってしまっていたようで、目を覚ますとあたりは真っ暗だった。身体を起こして電気をつけると、ベッドの上には裸の美琴が寝ていた。亮太郎と矢野さんの姿は見当たらない。


 テーブルの上に散乱していたものたちは、綺麗に片づけられていた。部屋の匂いも来たときより薄まっている。換気をしたのだろう。いつもそうやって私が来る前に後始末をしていたのかと思うと、嘲笑が出る。


 お茶でも飲もうとペットボトルに手を伸ばしてそれを口に含んでいると、呼び鈴が鳴った。亮太郎が帰ってきたのかと思って、私は玄関の扉を少しだけ開けた。


「小西さんのお家ってここで間違いないですかー?」


 そこに立っていたのは、身長190cmはあろうかという大きな男だった。かっちりとしたスーツを着ている上からでも分かるほどの筋肉を持ったその男は、笑顔で私を見下げているけれどその瞳の奥は笑っていない。対峙するだけで「この人なんかやばい」と分かる。


「小西は今出かけておりまして……。」


 私がそう言って扉を閉めようとすると、さっとそれを手で掴まれあっという間に扉を開かれてしまった。


「それじゃあ中で待たせてもらいますわ。」

「いや、でも……。」


 ベッドに美琴が裸で居ることが頭をかすめ、断ろうとした瞬間だった。気づいたときには床に尻餅をついていた。大男が軽く私を振り払っただけで、身体が吹き飛ばされたのだ。


「あんたに拒否権はないんだよ?」


 私の目の前でしゃがんでそう言った大男は、くいっと私の顎をあげると何かを見定めるような目つきで舐めるように見てくる。それはまるで蛇に睨まれた蛙だった。嫌悪感しかないのに、その場から動くことができない。額には脂汗が滲み出る。


「ふーん。中々顔の良い女だな。お前もハッパやってんの?」

「ハッパ……?」

「なるほど。分かった。こいつは人質だな。」


 大男はいとも簡単に私の身体を持ち上げると、小脇に抱えて部屋の奥へと進んだ。その時にやっと気づいたが、大男には2人ほど連れが居た。その男たちも大男と同じように、かっちりとしたスーツの上からでも分かるほどの筋肉を持っている。1人はスキンヘッドで、1人は金髪だ。


 キッチンと部屋を隔てる扉を大男が開けると、立ち止まって部屋をぐるりと眺めた。まるで何かを探すようなというよりは、品定めするような視線だ。小脇に抱えられている私は、「降ろして」とも言えない。


 ベッドの上へと視線を向けると、そこにはタオルケットで精一杯身体を隠しながら、「だ、誰……?!」と怯えた様子の美琴が居た。この騒ぎに目を覚ましたらしい。


「お前も小西の女か?」


 大男の問いかけに美琴は声も出せないまま、首を横に振るのが精一杯のようだった。


「じゃあ誰の女?」

「や、矢野……。」

「ああ。矢野か。矢野も今日ここに来てんの?」


 美琴はそれを答えるかどうか、迷っていた。どうやら美琴は、この男たちがどういう関係の人たちなのか、少なからず心当たりがあるらしい。


「俺の質問に答えられないってか?」


 男が妖し気にそう言うと、美琴は身震いをして「い、一緒にここに来ました……。」と搾りかすのような声で答えた。私から大男の表情は見えなかったが、彼女のこの世の終わりのような声色から、相当なものだったのだと想像できる。


「そうかあ。じゃあ、ここで待たせてもらわないとなあ。女2人残したまま、帰ってこないなんてことはないだろうしなあ。」


 楽しそうに笑った大男は私を床に降ろすと、後ろに控えていた男2人に「こいつの手と足を縛れ」と言いつけた。声も出ない私に「失礼します」と丁重に言った金髪の男は、ポケットに入れていたらしい紐で私の手足を縛った。手は後ろ手に両手首を縛られ、足は足首を縛られている。


 逃げるつもりも毛頭なかったが、これによって本格的に人質になってしまった。一体、亮太郎と矢野さんはこの男たちに何をしたというのだろう。


「こっちの裸のお嬢さんはどうするかなあ。」


 ククッと喉から笑い声を出す大男は、ゆっくりとベッドへと近づいて行った。まるで、美琴が恐怖を感じているのを面白がっているかのようだ。


 美琴が鎮座しているベッドに腰掛けると、大男は彼女の顎をクイッと持ち上げて口端を上げながら「ふーん。」と納得した声を出した。


「お前、ハッパでお楽しみしたんだろ。そんなに気持ちよかったか?」

「……っ!」


 青ざめた美琴は何も言わなかったが、それは肯定を意味するようなものだった。


「お前まだ高校生とかだろ。若いのにこんなん教えられちゃって、お前らの男どもは本当にクズだなあ。」


 大男は一人高笑いをした。何がそんなに可笑しいのか、部屋中に響く大きな声で高笑いをしている。耳の奥にその笑い声が突き刺さるように入ってくるから嫌悪感が増す。


「とりあえず、男が帰ってこねえと話にならないな。」


 それから少し経つと、玄関の方で物音がし始めた。大男が2人の男に目配せをすると、金髪とスキンヘッドは部屋の扉の壁側に身を寄せた。玄関の扉が開く音がすると、「酒買いすぎたなー。」と言ってる亮太郎の声が聞こえた。どうやら買い物に行っていたらしい。


 どうか部屋の中に入ってこないで欲しいという私の心の願いも空しく、亮太郎と矢野さんが「ただいまー。」と言いながら部屋の扉を開けた。初めに入ってきた亮太郎は、部屋の中の光景に理解が追い付かなかったらしく「は?」という間抜けな声を出した。


「小西さーん。お邪魔してます。矢野さんもお揃いのようで。」


 大男がそう言った瞬間、亮太郎も矢野さんも持っていた荷物をドッと床に落とした。二人とも血の気の引いた顔をしている。この大男がどういう人物なのか、二人とも知っているのだろう。


「さ。話をつけましょうか。」


 そう大男が言ったのを合図に、壁側に控えていた金髪とスキンヘッドが亮太郎と矢野さんを拘束した。


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