第3話
夏休みに入ると、私はもう亮太郎の家で暮らしているようなものだった。亮太郎の家からバイトに行って、バイトから亮太郎の家に帰る。自分の家に帰るのは、荷物を取りにいくときぐらいのものだった。
時折、父親から鬼電がかかってきていたけど、全部無視をしていた。だってあの人は世間体を気にしているだけなのだ。
「百合子久しぶりー!」
夏休みに入って1週間が経った頃、私は蓬と会っていた。2人で遊ぼうという約束を果たすことになったのだ。いつものグループでわいわいと遊ぶのも楽しいけれど、蓬と2人きりというのは気を遣わなくて良いから楽しい。
「1週間も会ってないと久しぶりな感じだね。蓬、少し焼けた?」
「そうそう。中学の友達と海に行ったからさー。もっとちゃんと日焼け止め塗れば良かったわ。」
「焼けてるのも可愛いじゃん。どうする?とりあえずジョイフル行く?」
「うん。行こう~。」
久しぶりの再会となれば話すことも多いだろうと、私たちはジョイフルへ行くことになった。ジョイフルならドリンクバーでおしゃべりができる。夏休みのジョイフルといえば、私たちみたいな高校生の格好のたまり場だ。
案の定、うちの高校の生徒だけじゃなくて、近くの高校や中学の生徒で賑わっていた。
「あれ。百合子じゃん~!久しぶり~!」
声をかけられて振り向くと、そこに居たのは私の中学の同級生だった。中学の頃はいつもつるんでいた
「美琴じゃん。久しぶり!美琴も友達と来てるの?」
「うん。高校の友達。百合子も?」
「うん。」
「そっか。じゃあ、また連絡するから遊ぼうよ。それにあんた、新しい男できたんでしょ?その話も聞きたいし。」
「うん。じゃあ、またね。」
「またね~。」
美琴は私に手を振って蓬に軽く会釈をすると、彼女がさっきまで座って居たらしいテーブル席へと戻って行った。
「綺麗な人だね。」
「だよね~。」
美琴は誰が見ても「綺麗」というような女の子だ。スタイルも抜群だし、他校の生徒にも名前が轟くほどの美人だ。最近、モデルにスカウトされたなんて話も人づてに聞いた。
その後すぐに店員に案内されてテーブル席へ着くと、お昼ご飯を注文して話に花を咲かせた。主に誰と誰が夏休みに付き合い始めたらしいという話だったけれど、それはもう盛り上がった。
蓬に良い人は居ないのか聞いてみたけれど、彼女は「いないよ。」と眉毛をハの字にして笑ってみせるだけだった。そんなに想い続けるならさっさと告白しちゃえばいいのにと思うけれど、告白のアドバイスはからっきしできない私は、その言葉を飲みこんだ。
「百合子はあんまり家に帰っていないんでしょう?お家の人とかは大丈夫なの?」
蓬には我が家の事情を話しているから、彼女はすごく心配した面持ちでそんな風に言った。
「本当ならこのまま、あの家を出たいところだけどね。そういうわけにもいかないってことも分かってるんだけどさ、家に帰りたくないよね。」
「お父さんやお母さんが百合子の気持ちを分かってくれたらいいんだけどね……。」
「分かるわけないよ。あの人たちは分かろうともしてないから。ていうかさ、普通は想像したら私の気持ちだって分かるじゃん。なのに、無視して家族ごっこやってんだもん。はっきり言って気持ち悪いよ。」
私の本当の母親は、私が小学生へとあがるときに死んだ。がんだった。それから3年が経ったときに、父親は今の母親と再婚した。初めの頃は本当に仲が良かった。お母さんとも仲良くしていたし、弟ができたことも嬉しかった。お父さんのことだって大好きだった。
穂高家というのは何のプライドがあるのか知らないけれど、毎年お盆と正月には本家で親戚一同が集まるという不思議なしきたりがある。私も小さい頃からそれに参加しており、本家に行けば同じ年頃の従兄弟やはとこと遊べるからとそこに疑問を感じたことは一度もなかった。……あの時までは。
あれは、小学6年生のお盆だった。いつものように家族で本家の集まりへと顔を出している時のことだった。5歳下の樹や小学生の親戚たちと遊んでいたときに、私は喉が渇いて炊事場に行ったのだ。
炊事場では女性陣が色々な話をしていた。何気なく戸を開けようとしたときに、「でもあの人、
「だって、ずっと
小学6年生にもなれば、大人たちの話していることの意味は正しく理解できた。つまりうちの父親は、私の本当のお母さんと結婚している時から今のお母さんと付き合っていたということだったのだ。
私はその話を聞いて、吐き気がした。大好きなお母さんを亡くして悲しんでいるお父さんが幸せになってくれるのならと思っていたけれど、そうではなかったのだ。今の私たちの家族は、虚像だったのだ。
今のお母さんだって、私のことをずっとどう思っていたのだろうと思うと、恐怖さえ感じた。弟の樹は何も知らないだろうから無邪気な彼の笑顔は私の心を癒したが、無遠慮に父親や母親に甘えることができる彼を見ると、胸の奥が痛かった。
そのことがあってから私は、父親や母親と話したくなくなっていったし、彼らに何を言われても心に響かなくなっていった。そして、中学にあがってから少しずつ、家に居る時間が短くなっていったのだ。
「でも、お盆には本家の集まりがあるんでしょう?」
「まあね。でもそれもまじで行きたくないわ。」
「でもさあ。一度、お父さんでもお母さんでもいいから、“私に何か言わなきゃいけないことあるんじゃないの?”って聞いてみたら?だって、百合子が知っちゃったこと、ご両親は知らないんでしょ?」
「そうだけど……。」
蓬のいうことは最もだ。だけど、今はまだ向き合いたくもない。あの人たちが気持ち悪い。どんな言い訳を聞いたとしても、私の傷ついた心が治るわけでもない。だったらこのままフェードアウトできた方が、お互いにとって一番良いんじゃないかと思う。
それに私には、亮太郎が居る。高校を卒業したら結婚すればいい。そうすれば、穂高とだっておさらばだ。なんならこのまま高校を中退して、亮太郎と一緒になったっていい。
「まあ、私のことはいいよ。なるようにしかならないんだしさ。それより、蓬は早く彼氏作りなよ~。亮太郎の友達、紹介してもらおうか?」
「えー。大人と付き合うのはちょっとなあ。オジサン嫌いだもん。それだったら、年下の方がマシだわ。」
「年下って中学生じゃん。」
「だって私、可愛い系が好きだからさ~。」
その後は他愛もない話を延々とした。女の子の喋りってすごいもので、決められた時間が無ければ終わりがない。だから私と蓬は、そのまま夜ご飯までジョイフルで食べた。
夜も遅くなってしまったから、亮太郎に迎えに来てもらって、彼の車で蓬を家まで送った。蓬は礼儀正しい子だから、何度も亮太郎にお礼を言って車が見えなくなるまで、こちらを見送っていた。
そんな蓬の姿に、亮太郎は「友達めっちゃ良い子じゃん」と褒めていた。蓬が褒められると、私まで嬉しくなる。だからその日は蓬に毒気を抜いてもらった気分で、いつもより心穏やかに過ごすことができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます