第2話

 衣替えが終わり、高校生になって初めての夏休みを目前にして、みんな浮かれていた。私もその一人で、夏休みにたくさん遊ぶために、いつもより多くバイトのシフトを入れてもらっている。


 そのことをうちの父親はやっぱりよく思って居なかったけれど、文句のつけようのない成績をとっていれば大丈夫だと思って勉強だけはちゃんとやっている。蓬も同じような感じだから、一緒に居て心地よい。


「夏休みはさー。二人でも遊びに行こうね。」


 照れながらそんな誘いをしてくる蓬は、本当に可愛い。


「当たり前じゃん。まあそれもいいけど、蓬も早く彼氏作ったらいいのに。そしたら、ダブルデートできるじゃん。」

「それはそうだけど……。」


 仲の良い大地だいちが蓬のことを狙っているのは明らかなのに、彼女はそれを華麗にスルーしている。この間だって、2年のカッコイイ先輩に告白されたらしいけど、それも断ったって聞いた。


 蓬の好きな人ってどんな人なんだろう。聞いても教えてくれないから、最近は蓬の動向に注目している。この蓬を夢中にさせる男って、どんなやつなんだろう。いつか、その面を拝んでみたいと思う。


「あ。」

「どうした?」

亮太郎りょうたろうからメッセージ。迎えに来るって。」

「いいなぁ。」


 亮太郎と付き合い始めてからというものの、学校の送り迎えをしてくれるようになった。仕事でできない日もあるけれど、今日は休みだから迎えに来てくれるらしい。私も今日はバイト休みだから、亮太郎の家でゆっくりすることにしている。


 大人の彼氏だと、こういうときに愛されているなあとか思う。車で迎えに来てくれるし、デートだって学生じゃいけないところにすぐ行ける。自分も大人になった気がして、すごく楽しい。


「百合子の彼氏、大人だもんね。車持ってるのってポイント高いよね。」


 それに、同級生からの羨望の眼差しも悪くない。むしろ、優越感だ。


「じゃあ、亮太郎迎えに来たみたいだからそろそろ帰るね。またね。」

「また明日ね。」


 教室でだべっていた蓬に挨拶をすると、私は軽やかな足取りで廊下を歩いた。あまりに浮かれていたらしく、階段を降りきったところの廊下の曲がり角で、誰かにぶつかった。


 私は、その拍子に体がぐらつき、壁へとぶつかりそうになる。「ぶつかる!」と思った瞬間に、私の視界は壁の直前で止まった。あれ?と思ったときに、自分のお腹のあたりが大きな腕で支えられていることに気付く。


「穂高、悪い。怪我してないか~?」


 ぶつかったのは、数学の教科担任である西野っちだった。


「だ、大丈夫。こっちこそ前見てなくてごめん。」

「お前、細すぎだぞ。ちゃんと食べろ~。」

「余計なお世話だし!」


 西野っちの大きな腕に、思わずどきどきしてしまう。普段は口うるさくてうざいと思うけれど、こういうところは男の人なんだなと思う。


「じゃあ、気を付けて帰れよ~。」

「はーい。さようならー。」


 西野っちは隣のクラスの担任で、テニス部の顧問をしている。これから、部活に行くところだったのだろう。ジャージを着ていた。普段、西野っちのジャージ姿なんて見ないから、なんだか新鮮だった。


 昇降口を出て正門まで歩くと、亮太郎の車が停まっているのが見えた。私は小走りでその車、ホンダのヴェゼルへと近づく。黒いSUVはかっこいい。


「お待たせ。」

「お疲れー。ちゃんと勉強してきたか?」

「ぼちぼち。」

「なんだそれ。じゃあ、帰るかあ。」

「うん。」


 休みモードの亮太郎は、Tシャツにスウェットというラフな格好で、サングラスを嵌めている。そして、普段は見られない無精ひげもかっこいい。彼は顎をさすりながら、車にエンジンをかけて亮太郎の家の方向へと向かった。


 亮太郎の家に着くと、家の中がひんやりと冷えていた。


「さむっ。冷房かけすぎじゃない?!」

「だって今日暑いからさ~。」

「暑がりすぎでしょ。ちょっと温度上げてもいい?」


 散らかったテーブルの上に鎮座するエアコンのリモコンへと手を伸ばして温度を確認すると、20℃だった。さすがに寒すぎる。亮太郎は「えー。」と少しだけ不満そうな声を出したけれど、私はお構いなしに25℃へと設定した。


 25℃でもひやっとするときがあるくらいなのに、と私がぶつぶつ言いながらリモコンを元の位置に戻して、雑然としたテーブルの上を軽く片付けようと腰を折って前屈みになっていると、太腿の裏側に何かの感触がある。その“何か”はすぐに分かった。


「ちょっとどこ触ってんのよ~。」

「いや、夏の制服のミニスカート、最強だと思って。」


 私が抗議をしても、亮太郎は触るのをやめない。むしろ、より堪能するかのように触っている。そしてその手は、太腿の上にある臀部へと伸びてきた。


「ちょっと。」

「いいじゃん。」


 亮太郎はそう言うと、私のお腹へと腕を回してソファーに座っている亮太郎の膝の上へと私を座らせた。そして、今度は太腿の表を撫でながら、私の首筋に唇を埋める。そのくすぐったさに、身体が反応する。


「ねえ、このままするの?」

「夜ご飯まで少し時間あるからいいじゃん。」


 亮太郎の大きな腕の中にすっぽりと入れられてしまうと、その気持ちよさについ身を委ねてしまう。それに、口ではなんだかんだと言いつつも、私ももうその気になっている。早く亮太郎と抱き合いたかったのは、私も一緒だ。


 OKの返事の代わりに、私は後ろにある亮太郎の顔を見上げて、その首に手を回して顔を引き寄せ、キスをした。






 いつの間にか寝てしまったようで、目が覚めるともう部屋は真っ暗だった。一体どれくらい寝てしまったのかとあたりを見渡すけれど、スマホが見当たらない。そこで、リビングに置きっぱなしであることを思い出す。


 ベッド下に散らばった下着を身に着けて、この家に置いている自分の部屋着をクローゼットから出してそれを着る。そして、脱ぎ捨てた制服は皺にならないようにハンガーへとかけてクローゼットへとしまった。


 寝室から出ると、リビングには良い匂いが漂っていた。


「お。起きたか。今、できたところだぞ。」


 亮太郎が夜ご飯を作ってくれていたらしく、キッチンから私に声をかけてきてくれた。


「夜ご飯、ありがとう。良い匂い。」


 匂いだけですぐに分かる。ハンバーグだ。


「おう。昼から肉だねを仕込んでいたからな~。配膳してくれる?」

「うん。」


 亮太郎のご飯は美味しい。私は料理が苦手だから、亮太郎がこうやって振る舞ってくれることが多い。彼に言われた通り、お皿に乗ったハンバーグをテーブルへと運ぶ。


 サラダと味噌汁も作ってくれており、私は感激しながらそれらを配膳した。年上で包容力もあって車での送り迎えもしてくれて、こうやって至れり尽くせりで、最高な彼氏すぎるでしょ。


 美味しい夜ご飯をいただいた後は、私が片づけをした。これも、亮太郎の家に泊まったときのルーティーンといっても良い。これくらいはしなきゃいけないと思うし、むしろこれくらいしかできないとも思っている。


 ご飯を食べて少しゆっくりした後は、お風呂に入って寝る準備をした。そして、その後は一緒にベッドへと入ってまた甘い時間が始まる。


 今までに色んな男の人に抱かれたことはあるけれど、亮太郎に抱かれるのが1番好き。私のことを好きってたくさん言ってくれるし、私のことをたくさん甘やかしてくれる。亮太郎と一緒に居る時間は、家族のことを忘れることができる。だから、彼といる時間は心地よい。


 私は亮太郎との付き合いが深くなっていくほど、家に帰る時間が短くなっていった。



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