初恋

茂由 茂子

第1話

 私の初体験は中2の夏。1つ年上の先輩だった。自分で言うのもなんだけど、私は男に好かれる容姿をしていると思う。そんなわけで、今まで付き合った男は5人、身体の関係を持った男は数えきれない。


「ねー。百合子ゆりこー。ゴム持ってる?」

「うん。あるよー。ちょっと待ってー。」


 いつもつるんでいる友達とコンドームの貸し借りも日常茶飯事だ。だってこれも、「ナプキン持ってる?」っていう緊急事態と一緒だと思う。それに、コンドームをつけるセーフティーセックスだったらOKでしょ。


 私の彼氏はいつも年上だから学校でやったことはないけれど、同級生とやったことがないわけでもない。仲の良い男友達の家に遊びに行って、そのまま流れでなんてこともたまにある。だから、コンドームだけは持ち歩くようにしている。


 それは、高校生になっても変わらなかった。ただ、高校に入学してから変わったのは、付き合っている男にだけ身体を許すということだ。どうしてそうなったかというと、付き合う友人が変わったからというのが大きな理由だ。


 高校生になってつるみ始めた山崎蓬やまさきよもぎは、見た目はギャルのくせに心は純粋なのだ。蓬は小さくて可愛くて男友達からも人気があるけど、彼女には好きな人が居るようで彼氏を作らなかった。


 その“好きな人”という感覚が、私にはちょっと分からない。蓬曰く、好きな人にじゃないと心も身体も許せないらしい。清くて良いなあとは思うけれど、私にはできないことだなあとも思う。


 だって、「ちょっといいな」と思ったら、心も身体も仲良くするのが当たり前じゃんって思うし、性格も大事だけど身体の相性も大事じゃない?だけど蓬にとってはそうではないらしい。そういうところも面白くて、蓬とつるむようになった。






穂高ほだかさん、これ3番テーブル!」

「はい!」


 私は高校生になってから、バイトも始めた。回転寿司屋でのバイトだ。親からお小遣いをもらえないわけじゃないけど、親からのお小遣いで化粧品や洋服を買うのも癪に障るからだ。


 父親からは「そんなことをやる暇があるなら勉強しろ」とバイトを反対されたから、保護者の同意書は母親に書いてもらった。


 バイトは楽しい。大人に混じって働いていると自分も大人になったような気持ちになるし、学校の同級生とは違ったコミュニティーができる。早く家を出たい私にとって、バイトをすることが唯一の逃げ場なのだ。


 働くことにも慣れ始めた5月のある日、私は父親と壮大な喧嘩をした。はじめは久しぶりに家族4人で食卓を囲んでいただけだったけれど、弟のいつきが中学受験をするという話になったときに、私の大学受験の話になった。


 それで、「これから考える」という返事をしたときに、父親から「遊び惚けているくせに何が考えるだ」と言われて、カッとなって喧嘩になったのだ。だから今日は家に帰りたくない。


「あれ。穂高さん、まだいたの?」

「お疲れ様ですー。」


 うちの店では、高校生のバイトは21時までと決まっているが、家に帰りたくなくてバイト先の事務所で先輩たちとだべっていた。そこに、仕事を終えた店長が入ってきたのだ。


 店長は私よりも10歳年上で、そこそこイケメンで優しい。お客さんからも従業員からも好かれているし、私も頼りにしている。


「そろそろ店閉めるからみんな帰るよー。」

「はーい。」


 店長に促されて、みんな帰り支度をする。私は内心、どうしようかと悩んだ。ファミレスのジョイフルに行ってもいいけれど、今の時間からじゃ高校生は入店お断りされる可能性がある。かといって、家にも帰りたくない。


 みんなと一緒に店の外に出た後、「お疲れ様でした。」と笑顔で声をかけながらも、私は帰る足の歩を進めようか、どうしようかとなんとなくだらだらとしていた。


「穂高さん、送って行くよ。歩きでしょ?」


 私の様子に気付いてくれたのか、店長がそう声をかけてくれた。店長は車で出勤しているため、それに乗せてくれるという話だろう。でも、私は帰りたくない。


「あー……。じゃあちょっとドライブしましょうよ。」

「今から?親御さん、心配するでしょ?」

「……家に、帰りたくなくて……。」


 私がそう言うと、店長は分かりやすく困った顔をした。そりゃあそうだろう。高校生のアルバイトの女の子を、夜の街にほったらかしにするわけにはいかない。


「家族となにかあったの?」

「……。」

「……このままってわけにもいかないし、とりあえず俺の家来る?」

「えっ。いいんですか?」

「ただし。ちゃんとお家の人に連絡を入れること。じゃないと連れて行けない。」

「分かりました。母親に連絡入れます。」


 母親にメッセージを送ると、すぐに「分かった。明日はちゃんと学校に行ってね。それから、店長さんによく御礼を伝えること」とだけ返事がきた。年頃の娘のことだからもっと心配しても良さそうなのにとも思うけれど、あの人は私たち家族の言いなりだから仕方ないかとも思った。


「母親から了解もらいました。」

「よし。じゃあ、行こう。」


 店長は途中でコンビニに寄ってくれ、必要なものを買う時間をくれた。化粧ポーチは持っているけれど、歯ブラシや下着の替えを持っていなかったから、そういうものを買った。


 あとは、店長がおすすめというお菓子とか、明日の朝ご飯とかも買った。支払いは私もするって言ったけれど、「子供は黙って奢られなさい」と言われたから、ありがたく奢ってもらった。


 店長の言う通り、私は子供だ。ちょっと父親と喧嘩したくらいで家に帰りたくないのだから、始末が悪い。だけど、少しだけあの家と距離をとりたいのだ。


「ちらかってるけど、気にするなよ。」


 車で5分も走れば、あっという間に店長の一人暮らしの家へと着いた。間取りは1DKで一人暮らしには十分な部屋だ。思ったよりも綺麗にしてあったから、「店長って綺麗好きなのかな?」と思った。


 店長から先にお風呂へ入るように促されたため、それに従ってお風呂を使わせてもらった。人の家のお風呂でゆっくりするのも憚られるから、全身をざっと洗うと、いつもの入浴時間より圧倒的に短い時間でお風呂から出た。


 寝間着は、店長がジャージを貸してくれた。私は女の子の中でも身長の高い方ではあるけれど、それでもそのジャージはぶかぶかだった。


 私がお風呂からあがると、すぐに店長がお風呂へと行った。ドライヤーを貸してもらったため、髪の毛を乾かしながらおもむろにテレビを見る。そんなに面白い番組があっていたわけじゃないけれど、なんとなくそこから視線を外さなかった。


 髪の毛を乾かし終わって買ってきたジュースを飲んでいると、店長がお風呂からあがってきた。


「ふー。さっぱりしたー。」


 お風呂からあがった店長は、いつもと違う人だった。いつもワックスで綺麗にまとめられた髪の毛は降りているし、Tシャツに短パンだ。家ではこんな姿なのかと、新鮮な気持ちになる。


「ドライヤー、ありがとうございました。」

「いいえ。俺も使っていい?」

「はい。」


 私からドライヤーを受け取った店長は、髪の毛を乾かし始めた。ぶーんという機械音が部屋中に響き渡る。髪の毛の短い店長は、あっという間に乾かし終わった。


「穂高さん、いつもとイメージ違うね。いつもそうしていればいいのに。」


 化粧を落とした私は、ぐっと幼い顔になる。それが嫌で仕方ないから化粧をして大人っぽくしているというのに、こっちの方が良いなんてどうしてだろう。


「……幼くなるじゃないですか。」

「どうして?そのままでいいじゃん。」

「嫌ですよ。」

「嫌なんだ。」

「化粧は女の子の鎧ですから。」

「そっかあ。どっちも可愛いと思うけどなあ。」

「そうですか?」

「うん。」


 虚勢を張っている私も、素の私も可愛いと言ってもらえている気持ちになった。シンプルに嬉しい。否定をされないって、こんなに嬉しいものなんだ。


 その夜、私と店長は他愛のない話をたくさんした。店長はベッドに入って、私は客用の布団を床に敷いて、夜中までクスクス笑いながら話をした。


 その日を境に、私は店長の家へと泊まりに行くことが増えた。そんな私たちが付き合い始めるのに、そう時間はかからなかった。



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