第3話 彼女と実家
翌朝、ソファーで目が覚める。ベットもあるが、そこで寝るには彼女の匂いがして精神が乱される。酒にやられた気だるさを洗い流す為に、シャワーを浴びた。洗面台を見ると彼女の使っていた歯ブラシや大量の化粧品が目に付いた。
「おはよう」そんな言葉が今にも掛かりそうな雰囲気だった。
彼女がいってから、もう一ヵ月近く経つ。今日と変わらない週末の事だ。僕は急な会社からの電話で、休日出勤する前に「行ってきます」それが結花に告げた最後の――。
身支度を整えて家を出た。千駄ヶ谷駅から中央総武線に乗り、京成千葉線へと乗り換える。目指すは千葉にある、ちはら台だ。彼女の実家はその住宅街にあった。駅を降りて少し歩くと区画整備された閑静な戸建ての家が建ち並ぶ。
「ここか……」
彼女宛に届いた年賀状の住所を頼りに彼女の実家まで辿り着く事が出来た。胸が締め付けられる。始めて来る彼女の実家。彼女が隣にいない状況で、どういう顔をしたら良いのだろうと、インターホンを押す指が震える。
『はい、どちら様でしょう?』
インターホン越しに野太い声が聞こえた。僕は慌てて返事を返すのだった。
「あっ、僕は前田と申します。こちらは足立結花さんのお宅で間違い無いでしょうか?」
『……そうだが? 君は一体?』
「大変恐縮なのですが、結花さんとお付き合いさせて頂いている前田という者です」
どたどた、と玄関先に足音が近づいて来る。ガチャリと開け放たれた扉から現れたのは、初老の男性だった。その男性はまじまじと僕を見定めると、「入りなさい、聞きたい事がある」そう言って家に招き入れてくれた。どうやら結花から僕の話を聞いていたようだ。
通された場所は一般的な家庭にあるリビングだった。男性に促されるままに椅子に座る。
「私は結花の父だ。前田君と言ったね。結花との事は聞いている。今日はどうしてここに?」
「今日はその結花さんの事で伺ったのです――」
それから僕は結花と同棲している事、そして一ヵ月前に音信不通になった事を伝えた。その会話の中で両親も結花と連絡が取れないそうだ。
「他に結花の事知らないのか?」
「いえ、これ以上の事は何も――」
頭を振って否定する。落胆の色をそのままに、お義父さんは徐に席を離れ奥の部屋へと消えて行く。程無くして、戻って来た。お義父さんが手に持っていたのは一つの小包だった。
「これを見たまえ、先日届いたものだ」
差し出された小包の送り状を見る。[東京都渋谷区千駄ヶ谷〇丁目〇―〇〇……]僕が住んでいる住所から彼女の実家である住所へ、品名の欄には精密機械と記載されていた。書かれていた文字は彼女の字に似ている。
「これは……?」
一度開けられた包みを丁寧に取り、中を確認するとそこには――。
(あっ、このスマホは結花のだ)
僕が結花の誕生日にプレゼントしたスマホケースを見て、何とも言えない高揚感が溢れた。やっと、見つけた。結花の足取りが分かりそうな手掛かりだ。
「これに見覚えはあるか?」
「いいえ。僕の住所から送られてはいますが、スマホの持ち主には心当たりはありません」
お義父さんは頭を抱えてテーブルに肘をつく。
「そうか――。前田君の話を聞いて決心出来たよ。この気味の悪いスマホと共に警察へ捜索願を出しに行くとしよう」
その声色には心労が含まれていた。それならと僕は強く申し出る。
「でしたら、このスマホを僕が預かっても良いですか? スマホの中を調べれば何か分かるかもしれません」
「それは、こちらでも出来る。このスマホが唯一の手掛かりなのだから――」
渡すわけにはいかない、と語気を強める。僕だってここで引き下がるわけにはいかなかった。ようやく見つけた結花の足取りが分かりそうな手掛かりだ。床に両膝を突き、頭を垂れる。
「どうか、お願いです! 僕にも何か手伝わせて下さい。僕にとって結花さんはかけがえの無い存在なんです!」
額が赤くなるほど、床に擦りつけ必死に想いを吐露した。その様子に言葉を失っていたお義父さん。すると、僕に声が掛かる。
「失礼に当たるかもしれないが、私はまだ君を信用出来てはいない。もしかしたら、スマホの中身を改ざんされるかもしれない。だから、渡す事は出来ない」
お義父さんの最もな意見を聞いた僕は言葉に詰まる。警察に渡ったら駄目だ。それだけは何としてでも――。
「分かりました。僕はこれで失礼しようと思います。あっ、話は変わるのですが、奥様はご在宅では無いんですか?」
僕は立ち上がり、赤くなった額を擦りながら聞いた。お義父さんは訝しむ表情をする。
「家内は入れ違いで出掛けた。趣味事で夕方まで帰ってはこない」
「そうですか。挨拶をしたかったのですが」と、僕は返す。お義母さんは当分帰ってはこない。だったら、お義父さんさえどうにかする事が出来れば――。リビング周りを横目に確認し使えそうなものを探す。
僕とお義父さんの間にあるテーブルの上には一輪挿しの花瓶が置いてあった。
「すみません。帰る前にお手洗いを借りたいのですが、どこにありますか?」
「それならば――」
お義父さんが僕から視線を外した一瞬。テーブルの上に置いてあった花瓶で僕はお義父さんの頭を強打する。格闘家が脳震盪を起こす様に、お義父さんは声も上げずに倒れた。
僕の動悸は一気に上がり、心臓が口から出そうだった。荒くなった呼吸を整えて、お義父さんに近づく。意識は無いが呼吸はある。風呂場でタオルを見つけた僕は、お義父さんの手と足、そして口を縛り上げた。
「お義父さん、ごめんなさい。こんな事はしたくなかったのですが……」
小包を手に取り、自然体を装って家を出る。辺りに人の影は無い。お義父さんが意識を取り戻して騒ぎになるか、お義母さんが帰宅して騒ぎになるか。どちらにしろ、僕には時間が無い。早く家に帰らないと――。
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