第2話 僕の彼女

 店中に入ると仕事終わりの会社員が数名御一人様よろしく、ちびちびと肉を焼いては酒を煽っていた。


 「いらっしゃい! いつもありがとうね」


 元気の良い挨拶で僕達を出迎えてくれたのは、初老間際の大将だ。


 「相変わらずこの店は繁盛して無いな親父」

 「やかましいわ! 今日も取り合えずいつもので良いのかい?」

 「ああ、宜しく頼むよ」


 菅野と大将の掛け合いはいつもの挨拶だ。上着を脱ぎ、カウンターに腰を降ろすと、タイミング良く大将がビールを差し出して来た。お互いにグラスに注ぎ合い準備が整う。


 「それじゃ陽太の特別賞与に――」


 僕がそう言うと若干気恥ずかしさがあったのか、菅野は苦笑いを浮かべてコツンとグラスを合わせた。


 こっこっこっ。喉に炭酸の刺激を受けて、胃の中にじんわりと染み渡る感覚を楽しんでいると、カウンター越しの大将からきゅうりのキムチと牛タンが出て来た。


 待ってましたと言わんばかりに、つまみと共にビールを楽しんだ。程なくして酒が全身に巡って気持ちの良い時分になると、菅野は彼女との事を話し出した。


 「俺さ、そろそろ明美と一緒になろうと思ってるんだ」


 酒で顔を赤らめた菅野はそう言って静かにグラスを置いた。菅野と明美さんは付き合ってから二年くらい経つだろうか。結婚するには良い頃合いだろう。


 「へぇ、どういう風の吹き回しなんだ。火遊びはもう良いのか?」


 菅野の一つだけの欠点と言えば女遊びをするくらいだった。そんな菅野が身を固めるとなると何だか寂しく感じ、からかってやった。


 「よせよせ。うっかり、明美に言うんじゃねえぞ。最終的には明美の所へ戻りたくなるんだよ。って事はそう言う事なんじゃねぇかなって思ってな」


 成程ねぇ、と軽く頷いてビールが空になっている事に気付いて、大将に追加を頼んだ。


 「そういう友則は、どうなんだよ? 同棲中の彼女、結花ちゃんと結婚するのか?」


  どくんと心臓が脈を打つ感覚があった。結花とは上手く行っていた。だけど――。


 「なあ、菅野。結花の事なんだけど、先月から……連絡がつかないんだ」


 それを聞いた菅野は枝豆を気管に放り込んだのか咽返った。


 「って、どういうことだよ? あんなに仲が良かったじゃ無いか。喧嘩でもしたのか?」


 僕は頭を振ってそれを否定する。


 「いや……。心当たりは特に無い。スマホに出ないし、どうしたら良いのかと悩んでる」


 頼んでいたビールが冷や汗を流しながら、カウンターに置かれた。


 「おいおい、それって――。まさか、先々週に会社休んでいたのはその事で? 彼女の実家には連絡したのか?」


 「自分なりに色々な――。実家には電話してみたんだけど、繋がらなくって」


 「最近は知らない番号からは出ない所もあるしな。じゃあ、警察には言ったのか?」


 「いや、警察はちょっとな――」


 「だよな。単純に実家へ帰っただけかもしれない。とりあえず、実家に行ってみたらどうだ?」


 「そうだな。そうするよ」


 彼女の実家か――。確かに足を運んでみる価値はありそうだ。乾いた喉にビールを流し込んだ。

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