第13話 ケジメ
「これはこれでありだな・・・」
少し焦げ目がついた香ばしい匂いの食パンに、綺麗に塗られた紅と白。
ジャムの甘さをマーガリンのまろやかさが包み込み、優しい味が口いっぱいに広がる。
「・・・こっちもおいしい」
ジャムがたっぷり塗られた真っ赤な食パンを、小川結衣が美味しそうに食べている。
お互いのことを知り、お互いが好きなことを共有する。
人と人でさえ距離を近づけるために必要な行為なのだから、人とロボットとなればなおさらだ。
最近はこういうことを意識するようになり、僕と彼女の距離は少しずつ近づいているように感じる。
「そろそろ行こうか」
「・・・そうだね」
日曜日の朝。
朝食を済ませた僕たちは、二人揃って家を出る。
明るい未来のため。暗い過去に『ケジメ』をつけるために。
八幡駅
駅員がいないこの無人駅は、立地の影響か利用客が極端に少ない。
それは日曜日である今日も例外ではなく、聞こえてくるのはカラスの鳴き声だけだ。
「「いた・・・」」
屋根を取り付けただけの発券所。
その少し先で、キャリーバックと共に電車を待つ女の子に、自然と僕と小川結衣の視線が集まる。
「佐藤香織だな」
僕の呼びかけに、女の子の肩が震えた。
振り返った佐藤香織と、僕たちの視線が重なる。
「何であんたたちが・・・」
「君に謝りたいことが2つあるからだ」
「・・・謝る?あんたたちが私に?」
「そうだ」
僕の話が信じられないのか、怪しむ様子で僕を見てくる佐藤香織。
その顔は、心なしか以前よりも少しやつれているように見えた。
「僕は君に嘘をついた」
「・・・うそ?」
「そう。君を女王の座から引きずり落としたあの日。僕がみんなにした話は、半分嘘だったんだ」
小川結衣は、国から派遣されてきたわけではないこと。いじめ問題を解決するために学校に来たこと。そして、彼女はロボットであること。
今まで隠してきた真実を、僕は佐藤香織に話した。
「そういうことだったのね・・・」
「・・・それだけ?自分で言うのも何だけど信じてくれるの?」
「この状況で嘘をつく理由がないでしょ。ロボットっていうのは流石に驚いたけど・・・」
小川結衣の顔をちらりと見て、佐藤香織が大きなため息をつく。
「空気を操作するために必要な嘘だったわけね」
「そこまでお見通しか。流石だね」
元女王の鋭い考察に、僕は思わず苦笑を浮かべた。
かつては空気を操作する側の人間だったからこそ、分かることがあるのだろう。
あの日、教室の空気が一変したこと。その矛先が自分に向いたこと。そして、主導権を取り返すことは非常に難しいこと。
全てを察した彼女は抵抗をやめ、女王の座を放棄することにしたのだ。
「それで、2つ目は?」
「君の過去を調べさせてもらった。塩月佳織を覚えているか?」
「・・・・・」
僕が話題に出した人物名を聞いて、佐藤香織の雰囲気が変わった。
先程までの余裕はなくなり、俯いたまま喋ろうとしない。
「僕は昨日、彼女の家に行っていろいろと話を聞いてきた。君は中学生の頃、当時委員長だった塩月佳織のことをいじめていたそうだね」
「・・・・」
「もともとクラスで目立つ方ではなかったが、自分よりも弱い相手を叩くことで、クラスのカーストを駆け上っていった」
「・・・ちが」
「他人を陥れることで相対的に上がっていく自分の地位。何の努力もせずに自分の存在価値を表現できるこの行為に味を占めた君は、高校生になっても同じ手を使った」
「・・ちがう」
「どれだけ攻撃しても反応を示さない小川結衣。その影響か、君の罪の意識は段々と薄れていった」
「・違う」
「君は意味もなく他人を攻撃し、そのことに何も感じない真のモンスターになったわけだ」
「違う!!!」
無人駅に佐藤香織の叫び声が響いた。
「違うの・・・・わたしは・・・ただ・・・・」
「友達が欲しかっただけ、か?」
「え?」
僕の発言に驚いたのか、俯いたままだった佐藤香織が顔を上げる。
「やっぱりそうだったか・・・。悪い。さっきのは僕の仮説があってるかどうかのテストだったんだ」
「・・・なんでわかったの?」
「電話だよ」
「電話?」
先日、佐藤香織は高校に電話を入れ、転校の旨を担任に伝えていた。
普通なら保護者が連絡しそうなものだが、佐藤香織は自分で連絡していたのだ。
それが何を意味するのか。保護者が忙しかったからとも考えられるが、その答えは電話の内容に隠されていた。
クラスに居場所がなくなり、仕方なく転校の選択をしたにも関わらず、わざわざ旅立ちの日にちと場所を丁寧に伝えていたのだ。
「もしかしたら、友達が引き留めにきてくれるかもしれない。そんな淡い期待を君は捨てきれなかった。そうだろ?」
「・・その通りよ。でもそれの何が悪いの!そこまで分かっててここに来るなんて、本当は私のことを笑いに来たんでしょ!」
心を見透かされ、怒りを露わにする佐藤香織であったが。その声は弱々しく、以前のような迫力は感じられなかった。
「それこそ違うな。そもそもここに来ることを提案してきたのは、彼女の方だ」
これまで僕らのやりとりを見守っていた小川結衣と、佐藤香織の視線が交差する。
そこに、かつての上下関係は一切感じられない。
「・・なんであなたが?」
「・・・私は、佐藤さんが本当に悪い人だと、どうしても思えなかったから」
後ろめたさからか。佐藤香織は、小川結衣と目を合わせようとしない。
「・・・あなたが私をいじめる時、視線は私を向いてはいなかった。それは一体何故なのか。私はずっと考えてた」
「・・・・・」
「・・・そしてある時気付いたの。あなたは周りの反応を過剰に気にしてるってことに」
小川結衣の真剣さが伝わったのか、佐藤香織は人が変わったようにおとなしく話を聞いている。
「・・・だから私たちはここに来た。あなたの本音を聞くために」
「・・・・・」
小川結衣の話を聞き終え、佐藤香織は黙ってなにかを考えている。
「心が広い小川さんは、自分をいじめてきた君のことを想ってわざわざここに来た。僕はその想いを尊重したまでだ」
「・・・・・」
僕も言葉を付け加える。
「そして、小川さんと似た境遇にありながら、君のことをずっと心配していた人物がもう一人いた。・・塩月佳織さんだよ」
僕の発言を聞き、佐藤香織がかすかに反応する。
「塩月さんも君の正体に気付いていた。だから、ひどい仕打ちを受けた後も、君のことを恨むどころか心配していた」
「委員長が・・嘘だ・・・」
「中学生の頃、君は友達をつくるためにクラスのみんなを観察していた。その様子を委員長はいつも見ていたそうだ。そして、塩月さんは君に対してこう思っていた。『友達になりたい』ってね」
「そんな・・・・・」
その場に崩れ落ちる佐藤香織。
彼女は、友達をつくるために悪魔に心を売り、人を傷つけきた。
それは決して許される行為ではないが、今だけは彼女のことを不憫に思う自分がいた。
「・・・佐藤さん、よかったらこれ使って」
佐藤香織の目線にしゃがみ込み、小川結衣がハンカチを手渡す。
「小川さん・・・ほんとに・・ごめんなさい」
塩月佳織の優しさで涙を流し、小川結衣の優しさで涙を拭う。
ひとりの女の子の泣き声が、無人駅にしばらくの間響いていた。
「これ返すね・・・」
すっかり落ち着いた様子の佐藤香織が、可愛らしいデザインのハンカチを小川結衣に渡す。
受け取った小川結衣は、何かを決意したようにハンカチを握りしめた。
「・・・佐藤さんにお願いがあるの」
「・・なに?」
「・・・私と・・・・友達になって欲しい」
「小川さんと私が?」
突然の申し出に、佐藤香織は困惑した様子だ。
「なんで・・・どうしてそこまでしてくれるの・・・?」
「・・・私の役目は『いじめから人を救うこと』だから」
「そっか・・・」
小川結衣は、いじめから人を守るために開発されたロボットだ。
その対象にはいじめられる人はもちろん、いじめる人も含まれる、ということなのだろう。
「・・ありがとう小川さん。これからよろしくね」
「・・・うん、よろしく」
試合後のスポーツ選手のように、爽やかな握手を交わす女子高生ふたり。
僕から見た佐藤香織の表情は、友達ができたという喜びよりも、『決意』のようなものが溢れているようだった。
プルルルルルル。
佐藤香織が乗る予定の、電車の到着を知らせる音が鳴り響く。
「小川さん・・・今日はありがとう」
「・・・ううん。私たちが勝手にしたことだから」
若干のぎこちなさを残しつつも、対等な関係で会話をするふたり。
この光景が見れただけでも、今日ここに来た甲斐があったというものだ。
「それと、鈴木・・・」
佐藤香織の視線が、小川結衣から、僕の方に移される。
「小川さんのこと頼んだよ」
今日話して分かったことだが、佐藤香織は意外と頭が切れる。
きっと、小川結衣のお願いは、自身の気持ちからくるものだけではなく、ロボットとしての使命感によるものであることに、佐藤香織は気付いているのだろう。
「わかったよ」
佐藤香織の目をまっすぐに見て答える。その姿を見て、納得したように彼女は小さく頷いた。
シュウウウウウウ。
ホームに到着した電車の扉が、佐藤香織のすぐ後ろでゆっくりと開かれる。
それはまるで、僕らの心を表しているようだった。
「あっ、そうだ・・・」
電車に乗り込んだ佐藤香織が、何かを思い出して振り返る。
「塩月さん・・委員長に伝えておいてくれる?」
「なんて?」
「ひどいことをしてごめんなさい。そして・・・私は大丈夫だって」
どこか吹っ切れた様子の佐藤香織。その笑顔は、子どもが見せる無邪気なものだった。
「・・・・・わかったよ」
歯切れの悪い僕の返事を待っていたかのように、電車の扉がゆっくりと閉まる。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
僕と小川結衣のふたりを残して、佐藤香織を乗せた電車はどんどん進んでいく。
「・・・・・これでよかったんですよね?」
『・・ああ、ありがとう』
僕のポケットから取り出した、スマホに表示された『通話中』の3文字。
そこから聞こえてきた声は、ひどく震えていた。
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