第9話 デート
「明日、どこか行かない?」
クラスの雰囲気を一変させたあの事件から数日の時が流れ、クラスメイトの関係は再構築されていた。
いじめの主犯格だった女子生徒は人が変わったように大人しくなり、その他の生徒も普段の会話の中にぎこちなさを残していた。
そんな中、僕と小川結衣の関係はさほど変化がなく。変わったことといえば、こうして放課後も話す機会が増えたことくらいだ。
それだけでも十分に幸せなことだったが、小川結衣のことをもっと知りたいという想いが日に日に強まり。僕は、人生で初めて休日に女の子を遊びに誘った。
「どこかってどこ?」
「うーん、行ってみたいところとかない?」
「行ってみたいところかあ・・・」
そう言うと、彼女は鞄から1冊の本を取り出した。
「ここに行ってみたい」
彼女が指差したページには、カップルと思われる男女が、遊園地を周っている挿絵が描かれていた。
「遊園地に行きたいの?」
「・・・うん」
「よし!明日は遊園地に行こう!!」
恥ずかしそうに頷く彼女。
こうして、僕らは二人で遊園地に行くことになった。
自宅と学校の間にある大きな街。
映画館やボウリング場など、様々な商業施設が集まったこの街は、休日ということもあってか流行りの服を身にまとった若者で賑わっている。
そして、この街の顔ともいえる大きな駅。
その目の前にある、少し変わったデザインの時計台の前で、先程から落ち着かない様子の青年がいた。
「あと10分か・・・」
自身のスマホと時計台の時間を見比べて、ポツリと呟く。
初デートという響きに浮かれきった僕は、集合時間の一時間前からここで待機しているのだった。
「冷えてきたな・・・」
寒さで悴んできた手を擦り合わせて温める。
と、その時。
「ごめん・・・まった?」
男なら一度は憧れるであろうセリフが背後から聞こえ、心臓が跳ね上がった。
こんな時、あの男はなんて答えていただろうか。
昔観たドラマのワンシーンを連想し、記憶を辿る。
「ううん。今きたと・・・」
整った顔の俳優さんの真似は、セリフを言い終わる前に途切れてしまった。
それは羞恥によるものではなく、驚きのためだった。
声を掛けられ、振り返った僕の目に映り込んだ女性。
そこに立っていた小川結衣は、マネキン買いしたサイズが微妙に合っていない僕の服装とは違い、いつもと同じ制服姿だったのだ。
「・・・なんで制服?」
「・・・え?」
僕の質問の意図がわからないといった雰囲気の彼女。
その姿を見て、いつぞやの親父の話を思い出した。
「もしかして、それしか持ってないの?」
「・・・うん」
彼女が不安げに頷く。
一人の学生を学校に通わせようとすれば、それなりにお金がかかる。
また、生徒がロボットであることを公にすれば、なにかと問題が生じる可能性がある。
この二つの問題を解決するため、小川結衣はあくまで学校の備品という扱いになっているそうだ。
そんな彼女だから、外出用の服を待っていないというのも容易に理解ができた。
「よし、買いに行こう!」
「え?」
戸惑う彼女の手を強引に引っ張り、ショッピングモールの方向へ歩き出す。
その姿は、昔観たドラマに出ていたイケメン俳優と、少しだけ重なっていた。
「すごい・・こんなに洋服がたくさん・・・」
初めて雪を見た子どものように目を輝かせる彼女。
それだけで連れてきてよかったと、僕は心から思った。
「気になるのがあったら試着してみるといいよ」
「・・・しちゃく?」
「あそこにある箱の中で、商品を実際に着てみるんだ」
「・・・なるほど」
こうして話していると、僕と彼女が住んでいる世界は全然違うものであると再認識させられる。
「・・・じゃあ、鈴木くんも一緒に来て」
「ななな、何言ってんの!!!」
試着室に一緒に入ろうとする彼女の手を、慌てて振りほどく。
「そういうのはまだ早いよ!!!」
「鈴木くんに似合うか見て欲しかっただけなんだけど・・・」
「そういうことなら外で待ってるから・・・」
試着室に入っていく彼女を見届けて、大きなため息を漏らす。
心なしか、周りのお客さんや店員さんの視線が痛い。
僕と彼女の住む世界を近づけるには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「・・・どうかな?」
試着室から出てきた女の子は、黒のセーターを身に纏っており、いつもの制服姿と比べて大人びた印象を与えている。
「すごくいいと思う」
「・・・次いくね」
僕の感想を受け、少し照れた様子でカーテンを閉める彼女。
その姿を見た僕も恥ずかしくなり、カーテンが閉まっていることに感謝をした。
「どれが一番よかった?」
全部で3セットの試着を終えた彼女が、僕に判断を委ねてくる。
「個人的には最初のかな」
「そう・・・」
僕の答えを聞くや否や。彼女は残りの服を全て棚に戻し、最初に試着した黒いニットだけを持ってレジに向かった。
会計後、「他のはよかったの?」と尋ねたところ、「鈴木くんが選んでくれたのがいい」と返ってきた。
お世辞にも整っているとはいえない顔が、にやけてこれ以上壊れないように。
僕は、幸せと唇を同時に噛み締めた。
昼過ぎ。
お腹が空いた僕らは、赤と黄色の看板で有名なハンバーガー屋に行くことにした。
本来ならおしゃれなイタリアンでもと思ったのだが、社会勉強をしたいという彼女の希望もあり、学生の聖地での昼食となったのだ。
「こんなに早くハンバーガーを作れるなんて・・仕組みが気になる・・・」
注文から数分で提供されたハンバーガーを、彼女は興味津々に見つめている。
外食に慣れていない彼女は、早くて安くて美味しいファストフードに、とても驚いている様子だ。
「この後はどうする?」
「・・・他にはどんなお店があるの?」
「そうだなあ。本屋とか・・」
「本!!」
彼女が今日一番の反応を見せる。
「じゃあ、本屋に行こうか!」
その期待に応えるのが、今日の僕の役目なのだ。
所狭しと並ぶ本の数々に、目を輝かせる彼女。
その横で、死んだ魚のような目をしている僕。
昼食を済ませ本屋に来たところまではよかったのだが、本に目のない彼女の興味は尽きることがなく。ここに来てからすでに2時間が経過していた。
「・・・まだ?」
「もうちょっと待って」
すでに選んだ5冊ほどの本を僕に預け、2冊の本を両手に吟味している。
「・・・よし、決めた!」
結局どちらも買うことにしたらしく、スタスタと会計に向かう彼女に僕もついて行く。
「・・・これ可愛い」
レジの横に置かれたストラップを見て、彼女が呟く。
「そう、かな・・・」
猫なのか狸なのか。モチーフがよくわからないそのストラップは、残念ながら凡人の僕には可愛さが理解できなかった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「・・・うん」
集合場所だった時計台。
クリスマスが近いからか、イルミネーションが所々で光っている。
その前で、僕と小川結衣は向き合って立っていた。
本屋の後、ゲームセンターで遊んだりクレープを食べたりしていると時間はあっという間に過ぎていき、別れの時間が近づいていた。
「今日はとても楽しかった・・ありがと・・・」
「僕もだよ。こちらこそありがと」
青臭い会話をする僕らは、周りの人からどう見えているのだろうか。
少し前の僕なら、『リア充爆発しろ』とでも思っていたことだろう。
人生で初めてのデート。
最初の予定とは随分違ったものになってしまったが、お互いを知るという点では最高のデートだったと言えるだろう。
「またね」
「うん、また」
別れの言葉を告げる二人。
こうして、僕の初デートは幕を閉じる
はずだった。
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