第8話 自分なりの答え
「これが真実だ・・・」
過去を語り終えた親父は、視線を落として上げようとしない。
きっと、僕の答えを待っているのだろう。
親父の話は現実味のないものだったが、今までの様々な事象が、それが真実であることを物語っていた。
「・・・ぼくは・・親父がしたことを・・・正しいとは思えない」
親父の肩がピクッと震える。
「・・でも・・・正しくないとも・・・思えない」
親父の顔がゆっくりと上がり、じっと見つめていた僕と目が合う。
「一日考えさせて欲しい」
僕はそう言い残して、リビングから自室へと向かった。
その日、リビングの明かりが消えることはなかった。
次の日の朝。
日曜日だというのに早くに目を覚ました僕は、あるものを探していた。
親父はというと、僕が起きた頃には姿はなく。どうやら何処かへ出かけたらしい。
「あった・・」
自室の押入れの奥に埋まっていた段ボール。その中に目当のものを見つけ、手に取る。
それと言うのは一つの本で、その表紙には『僕はロボット』と書かれていた。
物語の主人公は、自分のことを人間と思い込んでいるロボット。
見た目は人間そのものだが、人間の感情が理解できず、いわゆる『空気が読めない』振る舞いをしてしまう。
そのことから周りの人間に距離を置かれてしまうが、主人公はその理由がわからずに苦しんでいた。
そんな時に一人の女の子と出会い、それをきっかけに感情というものを理解していく。というお話だ。
「ただいまー」
本を読み終えたのとほぼ同時に、玄関から親父の声が聞こえた。
読んでいた本を机に置いて、僕は一階へ向かう。
部屋に残された本の表紙の下の方。
著作者のペンネームが書かれるその場所には、『小川結衣』と記されていた。
「・・・おかえり」
「・・・・ただいま」
久しぶりの挨拶は、少しぎこちないものだった。
「話があるんだけど・・・」
僕が切り出すと、親父は「そうか」と一言残して台所へ向かった。
冷蔵庫に何かを入れる音が聞こえ、何食わぬ顔で再び戻ってくる。
「リビングで聞こうか」
日曜日の昼過ぎ。
外はとても良い天気で、窓から明るい陽が差し込む。
実に爽やかな雰囲気のリビングだったが、僕たちが入ったことで少しだけ空気が重くなった気がした。
「僕は弱い人間だ」
「・・・」
親父は、何も言わずに僕の話を聞いている。
「中学の時、学校に居場所なんてなくて。僕の心の支えは母さんだけだった」
「・・・・・」
「母さんにだけは心配をかけたくなくて、わざと強がって見せたりした」
「・・・・・」
「でも、その唯一の支えを失って。僕は家に引きこもるようになった」
「・・・・・」
「それからしばらくして、親父が高校を紹介してくれたんだ」
「・・・・・」
「そこには僕のことを知っている人はいなくて、やり直すには最適だった」
「・・・・・」
「でも、僕は変われなかった」
「・・・・・」
「クラスでいじめられている女の子を、僕は見て見ぬ振りしたんだ」
そこまで喋って、一つ間を置く。
「そんな時、そのいじめられっ子と話す機会が訪れたんだ」
「・・・・・」
「そのいじめられっ子・・・小川結衣は、普通の女の子だった」
「・・・・・」
「少なくとも僕の目にはそう映ったんだ」
「・・・・・」
「本当はロボットだとか、そんなことはどうでもいい」
「・・・・・」
「僕は彼女を守りたいんだ」
決意を込めた眼差しを親父に向ける。
「・・・それがお前の答えなんだな」
僕がコクリと頷くと。親父は徐に立ち上がり、リビングから出ていった。
それから少しして、白い箱を片手に戻ってきた。
「重い話はおしまいだ・・・・誕生日おめでとう」
白い箱から出てきたのはケーキだった。
記憶力が極端に悪い親父だが、今まで一度も忘れたことがない日が二つあった。
僕の誕生日と、母の命日だ。
ちなみに、親父のパソコンを僕が開けたのも、設定されたパスワードが僕の誕生日だったからだった。
「・・・ありがとう」
その後、僕と親父は久しぶりに語った。
その一言一言が、ここ数年でできた心と心の溝を少しずつ埋めていった。
語り合う二人の姿は、本来あるべき家族の形そのものだった。
月曜日。それは日常の始まり。
故に多くの人間は嫌悪し、憂鬱の代名詞として使われるようになった。
そして、そのスタートを告げる朝のホームルーム。
今日のそれは、いつもよりも騒然としていた。
「あの二人、仲良かったんだ」
「話してるところ見たことないけどな」
「つーか、あいつの名前なんだっけ?」
みんなの注目を集め、教壇に立っているのは、僕と小川結衣の二人だった。
存在感のないクラスメイトと、いじめられっ子。
その意外な組み合わせに、様々な感想が飛び交う。
バンッ!
時計が登校時間を指すと同時に、教壇を力強く叩きつけて音を鳴らす。
その音に反応し、教室に静寂が生まれた。
異様な雰囲気の中。クラスのみんなに届くように、僕はできるだけ大きな声で語り始めた。
「今回、皆さんにお話したいのは小川結衣さんについてです。皆さんご存知と思いますが、小川結衣さんはいじめを受けています」
少しだけ聞こえてきたひそひそ話が止むのを待って、再び話し始める。
「ですが、小川結衣さんがいじめを受けているのは、わざとです」
先ほどよりも大きなひそひそ話を無視して、上書きするように話を続ける。
「小川結衣さんは、いじめを観察するために国から派遣されたのです」
「ふざたこといってんじゃねーよ」
椅子を乱暴に扱って立ち上がったのは、いじめの主犯格である女子生徒だった。
「黙って聞いてりゃ意味わかんねえこと言いやがって」
「あなたは、いじめを受けても何も反応しない彼女を疑問には思いませんでしたか?」
「は?」
「あれほど酷いいじめを受けて、仕返しはおろか、泣くことも逃げることもしない彼女をおかしいとは思わなかったのかと訊いてるんだ!」
「・・・・・・・・」
思い当たる節があったのか、それとも少し乱暴な口調になった僕に驚いたのか、女子生徒は何も言い返してこない。
「彼女が今まで受けてきたいじめの内容は国に報告され、記録されています」
突拍子もない話だが、僕らの後ろで何も言わずに座っている先生が、その信憑性を上げている。
黙ったままだった女子生徒が静かに席に着いた。
「あんなに酷いいじめだったからな」
「まったくいい気味だ」
「あいつの将来真っ暗だな」
その様子を見ていた、他のクラスメイトの無責任な言葉の暴力に耐えかねたのか。女子生徒は、言葉の刃から身を守るように伏してしまった。
「さて。当たり前の話ですが、いじめを黙認していた皆さんも、もれなく報告対象です」
僕の言葉で再び静かになる教室。
「この時期に打ち明けた意味を考えて、これからの学校生活を送ってください。以上です」
隣の小川結衣と合わせて一礼し、それぞれの席に戻る。
「それじゃあ、一限始めるぞ」
動き出した日常の歯車。
月曜日の効果と合わさって。その日の教室は、終始ひどく重たい空気だった。
「上手くいったね」
「うん」
誰もいなくなった放課後の教室。
窓際の一番後ろの席。通称デスシートを挟んで向かい合う僕と小川結衣。
「でも、鈴木くんがあんなこと言うと思わなかった」
少しおどけた顔で、彼女が僕を見てくる。
今日の朝。いつものように早く学校に着いた僕は、彼女にある提案をした。
それは、クラスのみんなを騙そうというものだった。
親父の話を聞いた後、必死に考えた現状を打破する策。
それを実施するタイミングとして、月曜日の朝は最適だと考えた。
そして、嘘が苦手であろう彼女と、事情を知っている先生には、口を出さずに傍観しておくようにお願いをし。あのホームルームを迎えたのだ。
異様な空気を思い出して、僕は寒気が走るのを感じた。
「ありがとね」
「・・・・・」
お礼を言う彼女に、僕は素直に答えることができなかった。
朝のホームルームで、いじめを黙認していた人たちに言ったあの言葉。
それはいわゆるブーメランと言われるもので、僕もその内の一人なのだ。
「ごめんね」
僕が口にしたのは、謝罪の言葉だった。
母が、父が、そして小川結衣が。僕のことを守ってくれたように。
僕も、誰かを守れる人間になりたい。
この気持ちを忘れないために。僕は言葉で表すことにした。
「次は僕が守るから」
勇気を出して口にした達成感からか、慣れないことをやり遂げた高揚感からか。
「・・・うん」
彼女の笑顔に少しだけ曇りがあったことに。
僕はこの時、まったく気づかなかった。
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