山桜
忍野木しか
山桜
通学路は山の斜面に沿うように続いていた。
草木が隙間なく生い茂る夏、その道を通れば時折、鹿や野狐が木々を揺らした。秋になると広葉樹は錆びた夕日のように色づく。凍えるような冬は一面が雪に覆われた。
通学路を覆うように枝を伸ばす一本の桜の木があった。木はポツンと山の斜面に生えており、若葉が芽吹き始める春になると、その木は満開の花を咲かせた。
小学生の頃、私はその桜の木の下を歩くのが好きだった。味気ない通学路の景色は、その一本の山桜で鮮やかに彩った。夏が近づくと大量の毛虫が湧いたが、それも何だか非日常的な感じがしてワクワクした。
中学に上がった私は学校へ行かなくなった。その頃の私は周りで起こる様々な出来事が退屈で、苦痛で、残酷に感じた。多感な時期だった。
桜の木は知らぬ間に切られていた。何とか高校に上がることの出来た私は、その事を知った。別に何とも思わなかった。ただの退屈な人生の一コマに過ぎないとすぐに忘れてしまった。
全てが単調で味気がないと、高校生の私はいつも下を向いていた。
大学に進学した私はバイトを始めた。近所のカフェで毎日、忙しくコーヒーを運んだ。
カフェでは同い年の女の子が働いていた。茶色く染められた短い髪は軽くウェーブしており、小柄でよく笑う彼女はとても可愛らしかった。私は彼女の前に立つと緊張してしまい、上手く喋れなかった。それでも気張って話しかけた。
私は彼女と話すのが好きだった。
味気ない日常の景色は、一人の女性で鮮やかに彩ったのだった。
山桜 忍野木しか @yura526
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます