第10話出る杭を刈る(デルクーイ視点)
空にふたつの光が上がった。王の安全が確保されたことと、宝玉の破壊に成功したことの報告だ。ルイスよ、よくやった。ゼフィス君、無理を聞いてくれてありがとう。あの2人が上げた光はこちら側の作戦開始の狼煙でもある。テレジア兵の加勢のおかげでこちらの兵力はざっと400人。4つのオークション会場を落とすには十分すぎるほどの兵力だ。オークション会場を偵察しに行った時の警備は手薄で完全に襲われると思っていないと感じた。
「デルクーイ前兵士長、指示を!」
「よしお前たち、これより作戦を開始する。3ヶ月前、我々の国は奴ら闇商人によって狂わされた。我々が愛した市場には闇商人と違法魔道具が流れ、昔の活気は既に変わりきってしまった!3ヶ月待ったのだ!今こそ、我々の国を取り戻そうぞ!」
「オオー!」
俺たちの国を取り戻す反攻作戦は今ここに始まった。オークション会場に流れ込む兵士たち、それを見て驚き逃げ出そうとする商人たち。もう遅い。お前たちはこの国の怒りに触れたのだ。作戦の終結はあっけないものだったたった30分で終わったのだ。取り押さえた悪商人は500人以上。その中には他国の要人たちも含まれていた。
「終わったなデルク。これでこの国に秋がもどる」
「ああ、また秋のない国に戻る」
彼らが残した傷は大きいものだ。この国を違法魔道具目当てで来る商人はしばらく絶えないだろう。だがその時はこの国がやってきた各地の名産や活気で出迎えるとしよう。
しばらくすると城側からひとりの男が何かを担いでゆらゆらと揺れながら歩いてきた。その男はルイスだった。
「おお!ルイス、よくやった!で、国王は?」
「師匠がくれたポーションを飲ませたら少しよくなりました……」
その顔は複雑なものだった。
「ティルナシアのことだな」
ルイスは首を縦に降った。そりゃそうだ、こいつは真面目な男だ。混血は殺せという常識に駆られたのだろう。
「で、殺したのか?」
「いいえ、殺せませんでした。彼女には怒りから解放してもらい、命を救われました。そんな彼女に……悪魔と言ってしまいました」
ルイスは泣き出した。大粒の涙を手で隠すことなくただひたすらに泣いた。常識と感情が入り乱れたのだ。真面目ゆえの葛藤なのだ。それを見た俺は思い切り抱きしめた。ティルナシアの存在を隠したことを悔やみつつ、力強く抱きしめた。
「お前はどうしたい?」
「わかりませんよ、どうしたらいいかなんて!けどひとつ思ったことがあります。彼女は世間や宗教でいわれる悪魔なんかじゃなかった。彼女はひとりの少女だった!」
「それでいい。それでいいんだ!世間の常識なんて関係ない。お前が思ったことを、お前が願ったものを信じろ!」
ルイスは涙を思い切り拭き、「はい!」と吹っ切れるように返事をした。
「ガルシアス、頼む」
「ああ、宴に参加したかったところだがお前の頼みだ。行ってくるよ」
「頼んだ。門前に馬車を用意してある。全てが終わってお前がこの国に来た時1杯でも何杯でも奢ってやるよ」
ガルシアスを見送ると兵士の集団から一人の男が出てきた。トリスだ。
「おいおい、さっきの話だとよォ。まだあの混血はここにいるってことだよなぁ!」
剣を肩の上で弾ませながら歩いてきた。やはりこの男が立ちはだかるか。ゼフィス君には恨みがあり、ティルナシアは世界の常識に則り殺す。ここで奴を止めなければ2人が危ない。
「ああ、そういうことになるな。だが絶対にここは通さない。一人のバーテンダーとして、いや一人の男として君を倒そう。」
「あんたが強いことは知っている。元兵長だもんなぁ。だがなぁ歳取った老人がァこのトリス様に勝てるはずねぇだろぉ!」
「確かに今の状況。いや、今持ってる剣では勝てないだろう。脆くてな。だがこいつならどうだ!こい!ヴリトラァ!」
俺は天に向かって叫んだ。そうすると城の方から青い光が勢いよく伸びた。その光は俺目がけて飛んできた。その光が手に届く範囲になった時、俺はその光をつかんだ。魔剣ヴリトラ、握るのは2年ぶりだろうか。重さ、馴染むグリップ全てが懐かしかった。
「ルイス、補習授業だ。今から龍装の力、『龍魂解剣』の一部を見せてやろう」
龍魂解剣、俗に言う形状変化だ。普段は刀や普通の剣の形をしているが力あるもの。いや龍装が認めた者と言うべきか、選ばれた人間が「龍魂解剣」と唱えた時、形が変わるのだ。ある武器は弓に、ある武器は太刀になるのだ。
「では見せよう。ヴリトラ、龍魂解剣!」
俺の言葉とともにヴリトラは形を変え始めた。ヴリトラの変化形態は鎌だ。
「おいおい、デルクーイの旦那ァ。いくら、龍魂解剣ができるからってその形は……ぶふぉあはは!」
鎌の姿にトリスは笑った。その形は刃先は長いくせに持ち手が短いのだ。そう、持ち手が両手で持つ分しかない。初めてこの形態を見た者で笑わなかった者はいない。
「では始めようか。その笑顔が続けばいいのだが」
「は!言ってろい!」
トリスが切りかかる。俺は素早く逆刃持ちをし、防御をした。流石ベルの教え子と言ったところか。剣の筋、距離の詰め方が完璧と言っていいほど出来上がっている。この歳だと少々キツイところがある。素早く攻撃をずらし逆刃持ち状態から元に戻し、首めがけ鎌を奮った。
「く、持ち手が短い分、攻撃の時に刃先のズレが生じねぇってわけか!」
「その通りさ。さらに防御もさっきみたいにくるりと行えるからね。いい勉強になっただろ?では、次はこちらで行こうか。」
そう言い俺は柄の部分を伸ばした。一般的に見る形にし、円を描きながらヴリトラを回す。
「出る杭を打つと言う言葉がある。まぁ俺は打たれるほど低い杭ではないがね」
「なにが言いたい」
「ああ、すまないね。自分語りをしてしまったよ。君みたいに高い杭はね、俺の場合打つんじゃない。根・元・か・ら・刈・り・取・る・ん・だ・よ・」
さて、ここからどうするか。柄の部分はいつでも伸ばせる。だが伸ばせば伸ばすほど壊れやすくなる。防御だって簡単にできないだろう。ならば久々にあれをやるか。俺は剣でいうところの居合の構えを取った。ガッツリ構えるというよりかは直立状態から軽く前に体を出す程度で、鎌の刃を地面に向けていた。精神を統一させ前に倒れると同時に抜き足と歩法をし、相手に突っ込んだ。
「お、おい。デルクーイ前兵士長があの構えを取ったぞ!」
「ああ、通称瞬間移動」
瞬間移動か。そんな事も言われたな。トリスは数秒ボーっとし、気づいた頃には鎌の刃が届く間合いに入っていた。
「お前、いつから!」
「は、ぼーっとする奴が悪いのさ。ちゃんとふたつ着いた目で追えよ。」
人間の脳は全ての情報を事細かに捉えているわけではないらしい。これを攻撃に応用し、歩法と抜き足を応用させ音もなく、体の動きを最小限にして走る。たったこれだけのことだ。それを皆口を揃えて瞬間移動と言ってしまう。俺はこの行動で繰り返し攻撃をした。防御は徐々に崩れていった。このままだと殺しかねんな。俺は刃を小さくし、柄の部分で殴るようにした。
「もうそろそろおしまいにしようか」
「なんだと、俺ァまだやれる!」
「やれるやれないじゃない。俺が疲れたんだだから終わらせておくれ」
俺はトリスの剣をヴリトラで弾いた後、彼の腹めがけ突きをした。痛みのせいかトリスは気絶した。
「師匠、全然腕が落ちていないように見えるのですが」
「いやいや、落ちてるから。特に突きとか判断力とかスタミナとか。で、どうだった?ヴリトラは?」
「はい、正直言って私はまだ力不足だと感じました」
「そう思うならもっと頑張りなさい。さ、皆帰って宴やるぞ!」
兵士たちは盛り上がった。トリスの扱いだが多分近いうちにベルがやってくるからその時渡せばいいか。
「あの、師匠!」
俺はルイスの方を振り返った。さっきの泣き目はどこに行ったかその目は燃え上がっていた。
「もう一度、私に稽古をつけてください!あなたのように。いや、あなた以上の男になるために!」
「わかった。今のお前ならヴリトラに認められるだろうよ」
誇らしかった。自分の育てた弟子が俺を超えると行ったことが。もう迷うことはないだろう。俺はそう確信した。あの目は兵長に昇格した時のルイスの不安な目じゃない。自分を変えたいという目になったのだ。
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