毒のような甘い恋

ヘイ

タバコ止めなよ

「俺はケツの青いガキにゃ興味ねぇの」

 

 なんて言って男みたいな女はタバコを口に咥えて笑って見せた。それが、幼い少年にはカッコよく見えたようでタバコをせがむ。

 

「はっはっは。俺も罪な女だねぇ。やらねぇよ、ガキ。タバコに含まれる成分がわかって、二十歳超えたらおねーさんがタバコを買ってやる」

 

 この男みたいな女の人は少年の従姉妹で少年とは十歳ほど、歳の離れた女性であった。曽祖父の葬式に帰ってきたかと思うと、若いからという理由で年の離れた従兄弟の世話を任されたというのが彼女の現状であったのだ。

 

「おばさん、タバコやめた方がいいよ」

「おばさんじゃない、おねーさん」

 

 それから六年経った頃、少年は青年と呼べる年頃になって、従姉妹の彼女と年始にあっていた。相変わらずと言った様子でタバコを口に咥えている。

 

「タバコにはニコチン、タール、一酸化炭素が主に含まれてる。全部、有毒」

「んじゃ、副流煙の方が有害だってのも知ってるか? 受動喫煙は危険だぞ? 危ないおねーさんから離れて外で遊んでな。姉さんの子供が今、四歳で遊びたい盛りなんだよ」

「タバコ吸ってるからじゃない。倍、老けて見えるよ」

「マジか……。彼氏できないのってコレのせいか?」

「そう思うならやめたら?」

 

 やだよ。

 なんて言って彼女は灰皿に置いていたタバコをまた吸う。

 健康に悪いから。

 なんて言っても、きっと彼女は辞めないだろう。

 

「久しぶり、おばさん」

「おばさんじゃねーの。おねーさん。久しぶりだっつーのに失礼だねぇ」

「で、タバコやめねーの?」

「そういうアンタも何で酒飲んでんだ? 子供の飲みもんじゃないぞ」

「はー、マジおばさんじゃん。俺、今年で二十歳だよ」

「そうだったっけ?」

「そうだよ」

「じゃ、タバコ吸う?」

「吸わない。それと、タバコって肺がんのリスクが上がるらしいよ」

「……あっそ」

「どうせ知ってるでしょ」

「まあねぇ〜。お前も受動喫煙の所為で喫煙者と同レベルだからな」

「本当、理解できねぇ。何でタバコ吸いたがるかね」

「お、なら一本チャレンジしてみるか?」

「要らない。俺はおばさんかっこいいし美人だって思ってるけど、タバコ吸う所だけは理解できてないから」

「冷たいね。というかおねーさん、美人って言われたの初めてよ」

「あっそ」

「彼氏にも言われたことないんだよね」

「彼氏? 居たんだ? 何年か前はできないって嘆いてたのに」

「……まあ、すぐに別れたけど」

 

 察しがついた。

 どうせ、喫煙についてとやかく言われたとか、そんなもんだろう。

 少年が溜息を吐きかけると彼女は愚痴のように吐き漏らした。

 

「どうにもセックスの相性が良くないんだって。私も気持ちよくなれないからお前のやり方が下手なんだって。……それで喧嘩して別れたんだよ。まあ、喘ぎ声の一つも出せなかったからね」

 

 と思ったら、全く違う話だ。

 青年は赤面してしまう。

 

「……おばさん、それセクハラ」

「へへっ。って何? 顔真っ赤じゃん。二十歳でまだ童貞なの?」

「五月蝿いなぁ」

「まあ、俺も人のこと言えないか。それが初めてだったし。散々だった。全然、濡れてないのに突っ込まれるし。痛いだけで気持ち良くないのなんのって」

「生々しい話要らないんだけど……」

「あ、私が相手してあげようか?」

「冗談辞めてよ」

「へーへー。昔は俺の後っこ付いてきてた可愛い弟分だったのに」

 

 ヘラヘラと彼女は笑うが、青年にとって従姉妹であるはずの彼女は初恋の相手で歳の差を考えたとしても、未だに矢張り彼女は魅力的に映った。

 

「で、何持ってんの?」

「ん? 酒」

「あー、酒か……。久しぶりに飲もうかな。介抱よろしく」

「何で飲み潰れる予定なんだよ」

「酒強くないからね。寝てる間なら俺も無防備だからスケベな事、ちょっとくらいなら許してやるよ」

「しないから」

「まあ、姉さんも子供ももう寝てると思うし、ちょっと騒いでも大丈夫でしょ」

 

 青年と女性は酒を開けて、軽く缶をぶつけ合う。カンと小さな音が二人きりの部屋に響く。二人は電気をつけた一室、両足を炬燵に突っ込んで向き合って座っている。

 

「へいへーい! 飲んでるゥ!?」

「酒癖悪っ!」

 

 いつの間にか立ち上がり隣に来て肩を組んだ女性は、赤らんだ熱を帯びたような頬を見せて唇を青年に近づけ、彼の唇に重ねた。

 拒もうと思えば、拒めたはずの彼は止めなかった。

 アルコールの香りと彼女の先程まで吸っていたタバコの香りが混ざり、お世辞にも良い匂いとは呼べなかった。

 ただ、彼女は足りていないようで、情欲を満たすように、貪るように接吻を続ける。桃色の舌を青年の口内にねじ込み、クチュクチュと艶かしい音が静かな深夜の部屋ではよく響く。

 ただ少し、青年は喜びを感じてしまっていたのだ。初恋の彼女が自分を求めているということに。

 押し倒される様な姿勢になった彼に抵抗の意思は見えない。腹のあたりには彼女の股座が乗る。

 柔らかな肉感が布越しに伝わってくる。

 炬燵で温まったのか、キスが体温を上昇させたのか。

 

「あっつ……」

 

 彼女は服を脱ぎだし、上半身は黒色のレースの下着姿一枚となった。三十代の肉体としては綺麗で、喫煙者とはとても信じられない。

 青年の酔いが回る。

 頭は少しばかり彼女の熱と色気に当てられ、クラクラと。

 外は雪が積もる中、誰もが眠る家の中で彼らはゆっくりと互いの肉を重ねる。

 つもりだった。

 

「おば、さん……」

「……ごめん、冷静じゃなかった」

 

 ブラジャーを外そうとしたところで彼女の理性が指の動きを止める。身体は火照って仕方がないというのに、これ以上はダメだとホックに伸びた手を止めて、いそいそと服を着直す。

 

「こんな俺みたいな、おばさん相手じゃ嫌だろ?」

「嫌じゃないけど……」

「なら、大学卒業した時に気持ちが変わってなかったら、な?」

 

 赤らめた顔で彼女が笑う。

 それがとても情欲を誘って、酒に酔ってしまっていたのか、先程の雰囲気に酔ってしまっていたのか。

 思わず、青年から口付けをしてしまったのだ。

 

「んっ……、ふっ、あっ……んん」

 

 長い長いキスを終えて、彼らは顔を離す。

 この続きは約束の通りにしよう。

 彼らの顔が赤かったのは酒のせいか、恥ずかしさのせいか。

 二人の関係は世間一般的には宜しくないものだ。

 だが、この愛に偽りは要らない。

 

 彼だけでなく、彼女の中にも彼に対する異性としての愛おしさが芽生え始めてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毒のような甘い恋 ヘイ @Hei767

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ