第6話 不良の拳は固い

 入学して三週間、ついに五月になった。

 俺のことを気に入ったのか、金井はよく絡んでくるようになった。


 空気は読めるようで他の者が居る時は話しかけてこないが、俺しか居ない時などは懐いた犬が如く駆け寄ってくる。


 長い金髪が絹の様に俺の顔に纏わりつく。

 そう、家に帰ろうとして河川敷を歩いているといつもの様に駆け寄ってきて、思いっきり抱き着いてきたのだ。


 腕を首に回され、顔が至近距離にある。

 キスしたいのかな?


「たっくん、たっくん! 付いてきてほしいとこあるの!!」


「そ、そう……唾飛んでるから」


「行こ!! あっち!!」


 俺の発言をガン無視で進行方向とは別の方を指す金井。

 てか俺が運ぶのコレ?


「腕が痛いし疲れるから抱っこして!」


「ど、どこを持てと?」


「お尻でもなんでもいいから早く!!」


 身長差もあってか、金井はぶらーんと吊るされている。

 ごくっと唾を飲み、俺は覚悟を決めて彼女のお尻を両手でガシっと掴んだ。


 や、柔らかい……餅みたいだ。


「きゃん!――んん、もう強すぎだよぉ」


 正直勃起した。





「ここは――工場か?」


「そ、昔は玩具を作ってたけど……それは表の話で裏では闇の勢力のドーピング薬を作ってたの。だから三年前に黒野兄妹がぶっ潰したの」


 そう言う設定なのね。

 黒野兄妹が巻き込まれているが、きちんと彼らは知ってるんだろうなその設定。


 俺は彼女に対しては厨二の妄想設定に乗ってやると決めたので、一物語の主人公かの様に振る舞う。


「ドーピング薬か……『奴』も使ってたな」


「――!? 奴? 奴って誰?」


「さあな……消した奴の名など覚えてない」


「たっくん……」


 ノリノリだな、俺も金井も。


『オラァ!! もっと掛かってこいやあ!! 腑抜けが!』


 工場の中から声がした。これは黒野兄かな。


 察しましたよ。どうせあの不良(笑)が喧嘩してんだろ。


 未だ抱き着いている金井が耳元で「行こ」っと言ってきたので、行くついでにイってしまった。

 帰ったらシャワー浴びねーと。


「――らぁ! 吐けや! ああ” 知ってんだろ?」


「し、知らない! 本当に知らないんだ!!」


「まだ足りねえみてえだな――歯ぁ食いしばれや!!」


「――待て!!」


 工場内には二桁にも及ぶぼろぼろの男たちが倒れていた。スーツや作業着など恰好が様々なので、不良同士の喧嘩って訳でも無いらしい。


 唯一意識のある白衣の男の胸倉を掴み、今にも殴りそうだった黒野兄を声で止める。恐喝なんてやる人だとは思わなかった。


「ちっ……『一般人』ヤローか。止めてんじゃねーよ」


 こちらを振り向いた黒野兄の顔には返り血が付いていた。

 何が優しき不良だよ、もろ最凶のヤンキーやんけ。


 それにしても口調や態度が部活の時と違うな。

 まあ、あれから数回しか行ってないし、黒野兄ともあまり絡まないからよくは知らないのだが。


「あーあ、やり過ぎちゃってるね」


「サオか? お前が連れてきたのか、余計なことを」


「だって~サオじゃケンケンを止められないもん」


 抱き着いたまま会話しないでください。

 こんなロリっ子でも身体は女性特有の匂いと柔らかさだ。


「こいつらがまた薬を作ってやがったんだ! もうそれを運ばれた……だからその場所を聞いてんだよ」


「でもやり過ぎ! 拷問できないよ」


「しねえよ! そっちの方がやり過ぎだろ! 殺す気か!?」


「え~ケンケンだって~」


「俺は武器を使ってねーだろ! 拳だけだ!!」


 どうでもいいけど白衣の男を下ろしたら?

 可哀想に、フルフル震えてるよ。


 しょうがない、俺のでまかせで場を和ませるか。


「落ち着いてくださいお兄さん! 薬はここに有ります!!」


「お前に兄と呼ばれるすじあ――なに? ここに有るだって?」


 よし食いついた。

 小粋なジョークって大事よね。こいつって絶対シスコンだからこういうのには敏感だろう。


 金井も「何言ってんの?」みたいな目で見てくる。

 くりっくりの大きい目だな。外国人の血、恐るべし。


「臭いませんか? 例の薬の臭いです」


「なに?――確かに何か臭うな」


「くんくん――あ、ほんとだ~胡桃の臭いする~」


 そ、それはまた別の。


「馬鹿な! あれはすでに無臭に改良され――しまった!!」


「ああ? てめー墓穴を掘ったな? いまあそこ見ただろ」


 ニタァと笑うと、黒野兄は工場の端に歩いて行った。

 そしてそこの床を振りかぶって殴った!!


「――ちょ!?」


「はわわ!!」


 人の力と思えない威力で床を砕き、微妙に工場が揺れた。

 これはあれだな、もう脆くなってるんだろうなここ。


「ビンゴだ! やるな一般人!」


「しゅごーい! さすがたっくん」


 俺のこと絶対に馬鹿にしてるだろ?

 てか、一般人で通るんだな俺って。


「ここを使えば楽勝よぉ」


 俺は格好付けて頭をつんつんと指す。

 しかし運が良いな。和ませるために言ったのにかまをかけた様になったな。


 まあ、本当に何か埋まっていたのかは調べてないので分からないが。

 意外と俺に見られたので黒野兄が即興で妄想設定で押し通したのかもしれん。


「ば、ばかな……まさか奴は!?」


 白衣の男が巨額の眼で俺を見つめてくる。

 もしや彼も厨二?


 いい年したおっさんが何やってんだよ。

 見てて痛々しいので(二重の意味で)、俺は慈悲深く言った。


「こいつらを連れて去れ――次は無いぞ」





 奴らが去った後で、俺は金井を抱っこしたまま工場を出た。

 数分して黒野兄も出てきた。


「ケンケン、薬は?」


「ああ、全部燃やした」


 はい嘘! 燃えてませーん。

 絶対薬なんて無かっただろ、それで燃やしたとか言って証拠隠滅か?


「じゃ、俺は行くわ……一般人、またな」


 顔を向けることなく、背中で手を振り去っていく。

 くそ、無駄に格好良い。


「じゃあ俺も帰るかな」


 パンツが不快過ぎてさっさと風呂入りたい。


「ねえねえたっくん!」


「なんだ?」


 ずっと抱き着いている金井は耳元で囁く。


「うち、来る?」


 二度目の不快要素がパンツを襲った。



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