パス【KAC2021】

えねるど

パス


 クラス替えの時もそう。


「はぁ、またアンタと一緒のクラスなの? いい加減腐れ縁ってのも嫌気がさしてくるわね」

「な、なんだよ。こっちのセリフだっつーの!」


 修学旅行で同じ班になった時もそう。


「アンタと一緒の班とか……せっかくの修学旅行が台無しよ」

「んだと!」


 近所のスーパーでばったり出くわした時もそう。


「なんでアンタがここにいるのよ」

「おまえこそ」




 私は母親からは良く素直でいい子に育ったね、って言われる。

 私自身もそう思うし、素直になろうと思って行動しているから必然かなと思う。


 でも唯一、アイツにだけは素直になれない。

 幼稚園から一緒の純ちゃん。


 本当はずっと昔から気になって仕方がなかった。

 いや、それもちょっと違う。

 もうとっくの昔から、好きで仕方がない。


 でもアイツの顔を見ると、どうしても素直になれない。


 好きなのに、嫌な態度をとってしまう。

 本当はもっと、話していたいし一緒に居たい。



 そんな純ちゃんがスポーツ推薦で高校に内定が決まっていることを人伝に聞いた。

 この地域じゃ一番偏差値の高い高校。

 今のあたしじゃどう考えても行けっこない高校。


 その事実が私の後頭部を殴る。

 どうしよう。どうしよう。


 中学三年の秋。今から頑張ってもきっと難しいよね。

 それに、志望校が一緒って知られたら、何を言われてしまうか。



 私が自分の机で頭を抱えていると、


「よう、みお。俺はもう南高みなみこうに入学決まったぜ。どうだ? 悔しいか? へへ」


 アイツが話しかけてきた。

 悔しい? 違う。悲しいの。


「あっそ。純ちゃん、運動バカでよかったわね」


 あ、ほらまた。素直におめでとうも言えない。


「何とでも言え。そんで澪は、どこにいくんだ? まあ、お前の頭なら南高は無理だろうけどな!」

「な、なんですって」


 純ちゃん。


「だって、勉強も俺と大差ないくらいだしよ! ははは」

「そんなことない!」

「あー? どうしたよ」

「余裕よ、余裕。南高くらい受かってやるわよ!」

「……今からじゃ無理だろ」


 いつも私を助けてくれる純ちゃん。


「無理じゃないし! 純ちゃんと同じ頭だなんて、言われて黙っていられないわ。見てなさい! バカ!」


 素直になれない私は、悪い子かな、お母さん。



 その日から私は自分でも信じられないくらい勉強をした。

 好きなスマホいじりも、友達とのカラオケも、全部我慢して。


 馬鹿にされたからじゃない。

 純ちゃんと離れ離れは嫌だから。


 幼稚園からずっと一緒だった、私の幼馴染。

 ちょっと背が小さくて、笑顔の可愛い私の好きな人。



 受験の日、自分でもびっくりするくらい緊張しなかった。

 余裕があったからじゃない。

 覚悟があったから。


 どんな結果になっても、私は純ちゃんに素直になろうと決めた。

 受験が終わったら、素直にこの気持ちを伝えよう。




 って思ってたんだけど。

 やっぱりいざ目の前にすると素直になれない。


 結果を待つ数日間。

 登校日の度に純ちゃんに話しかけに行くけど、すぐに口げんかになってしまう。


 友達とカラオケに行っても、スマホで遊んでいても、どれも集中して楽しめなかった。


 もしかしたら、もうすぐ純ちゃんと離れ離れになるかもしれない。

 そう思うだけで胸が苦しくて仕方がない。


 何もできないまま、試験結果発表の日。

 私は思い切って純ちゃんを誘った。「一緒に見に行こう」って。


「良いけど、落ちてもなくなよー?」


 純ちゃんはそう言ってたけど、落ちたら私はどうなるんだろう。

 泣いちゃうかもしれない。


 でもそうなってもいいように、ちょっぴり素直に頼んで、純ちゃんに一緒に来てもらった。

 落ちたら離れ離れ。

 その時は、素直にこの気持ちを純ちゃんに伝える。ってあれ、試験が終わったらって言ってたのに。私はいつから卑怯者になっちゃったんだろう。


 受かっているかどうかは半々ってところ。

 自己採点結果は合格推定ラインボーダーくらいだった。


 南高校に着いて、純ちゃんは緊張している顔をしていた。


「なんで純ちゃんが緊張してるのよ」

「いやあ、何となく」

「じゃ、行ってくる。ここで待ってて」


 純ちゃんを校門のところに待たせて、私は結果の貼り出されている掲示板に向かう。

 私の番号は……。




「お、澪、どうだった? ってお前、泣いてるのか!?」

「はぁ? 泣いてないし」

「いやいやいやいや……で?」

「純ちゃん」

「どうだった」


 どうして私は泣いていたのか。

 そんなのは決まっている。


「さ、帰ろう」

「おい! どうだったんだよ」


 訊いてくる純ちゃんを無視して私は駅に向かって歩く。


「おーい。受かったのか? 落ちてたか?」

「純ちゃん」

「な、なんだよ」


 どんな顔をして純ちゃんを見たのかよくわからないけど、純ちゃんが珍しく狼狽えていたから、きっと素直な表情をできたんだと思う。


「ありがとう」

「な……お前、ちょっとおかしいぞ。礼言うなんて、やっぱり落ちたか?」

「バカ」


 ちゃんと素直になれるように頑張るから。

 だから、もうちょっと、一緒の時間を過ごさせてね――


「――純ちゃん」

「な、んだよ。というかさ」


 純ちゃんはいつになく真面目な表情を私に向けて、


「ずっと、澪に言いたいことがあったんだけど」

「え」


 ドキっと効果音が鳴りそうなくらい心臓が動いた。


「あのさ……」


 純ちゃん? 待って、私がもうちょっと素直になるまで……。


「その、『純ちゃん』ってのやめてくれないか? ちゃん付けはそろそろ恥ずかしいって」

「……」

「おい、聞いてんのか? 澪」

「うるさい、バカ」


 もう少しだけ、素直になれない私を許してね、純。


 列車を待つ間に、私はスマホの連絡帳を開く。

 登録されている『純ちゃん』の文字から三文字だけ削除をした。



「それで、どうだったのよ? 受かってたか? 何してんだ?」

「ちょっと! スマホ覗かないでよ、変態!」

「おい、じゃあ教えてくれよ」


 ごめんね、もう少しその曇った顔を堪能させて。

 きっと、素直になれないのは純のせいでもあるんだから。

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