第13話 一念発起


リア充爆発事件から一年の月日が流れた。


リア充たちの意識が戻った当初は、様々な憶測が飛び交い騒然としていたが、1ヶ月も経つ頃には皆別のニュースで騒いでいた。


氷室は事件の全容を世間に公表しなかった。

上からの指示があったのかは定かでないが、氷室が情報の隠蔽に加担したのは間違いなかった。


世間の混乱を恐れたのか、ルカの過去に同情したのか。

それは氷室にしか分からない。


そして、俺たち4人も別々の道を歩みだした。

一年という僅かな期間ではあるが、それぞれが確かに変化していた。


つい先日。

いつぞやのミッションで作成した、4人で会話が出来るグループに一件の連絡が届いた。


『久しぶりに集まらないか』


黒龍の呼びかけに、3人は二つ返事で応えた。


その後4人で1つの鍋を囲み、各々の近況を報告し合った。


そこで聞いたみんなのその後の話を、少しずつ掻い摘んで話していきたいと思う。




北山火林のその後


「ふぅ・・・」


持参したお茶に口をつけ、一息つく。

場所はとある大学の講義室。


火林は志望していた大学に見事特待生として合格し、憧れのキャンパスライフを送っていた。


「火林!勉強教えて!!」


そんな火林の元へ、ギャル風の女性が鬼気迫る様子でやってきた。


「え〜、また?」

「お願い!テストピンチなの!!」


「神様仏様火林様!」と、ギャルが頭を下げる。


その様子を俯瞰していた火林は、「はぁ」と溜息をつくと、こう続けた。


「しょうがないなあ。今度パンケーキ奢りね」

「ありがと!私のお金で好きなだけ肥えてください!」

「そんな言い方するなら教えるの止めようかな」

「冗談です〜!」


すがりつくギャルに姉の姿を重ね、火林は可笑しそうに笑った。




南冬母夏のその後


母夏は勤めていた会社を辞め、ブランドを立ち上げた。


店を構え、自身がデザインした服を売る。

売り上げはボチボチだったが、自分がしたいことを出来ているという実感が、母夏の心を豊かにしていた。


「いらっしゃ〜い」


来客を知らせるベルが鳴り、受付に座る母夏が呼びかける。


「・・・いい店だね。母夏」


入り口付近で佇む男は、母夏の実の父親であった。


以前、謝るチャンスが欲しいと申し出ていた父親を、母夏はこのタイミングで店に招待したのだ。


「本当にすまな・・」

「あ〜いいからそういうの」


下げかけた頭を途中で止め、母夏の方を見る父親。


「今日は客でしょ。私の服を買っていきなさいよ」

「・・・母夏」

「それに謝る相手が違うでしょ」

「そう・・・だな」


右の手のひらで目元を隠して、父親が訥々と答える。


その様子を見て、母夏は戯けた調子でこう言った。


「今日は特別に、身内割引でお値段1.5倍よ!」

「高くなってるじゃないか!」


父親のツッコミに母夏が笑い、釣られて父親も笑う。


あの日ボロボロに壊れて手放したものが、修繕を繰り返して手元に戻ってきた。


それは新品のように綺麗なものではなかったが。例えるなら古着のように、特別で味のあるものだった。




秋春黒龍のその後


「ここか・・・」


手元のスマホに表示された地図と、目の前のアパートを見比べて、秋春黒龍がポツリと呟く。


リア充爆発事件の後すぐ。

黒龍は真白に連絡を取っていた。


一連の騒動が、黒龍の重い腰を上げ、大きい尻を叩いたのだ。


ピーンポーン


インターホンを押して玄関が開かれるまでの僅かな時間。

黒龍の心臓は、驚くくらいに力強く脈打っていた。


「はーい・・ブラゴンちゃん・・・」

「真白姉・・・」


久方ぶりの再会に、言葉が詰まり、間が生まれる。

10年前と比べると、真白は少しやつれているように見えた。


「ママどうしたの?」

「ブラゴンきたの?」


少し遅れて、真白の後ろに小さな人影が二つ見えた。


「まさか双子だったとはな。聞いた時は驚いたぞ」


いつもの調子を取り戻した黒龍が、戯けた調子で口を開く。


真白は双子を出産した直後に離婚していた。

それからは祖父母の協力を仰ぎながら、女手一つで2人の子どもを育ててきたのだ。


「今日からおじさんがふたりのパパになりたいんだけど。いいかな?」


子どもの目線に合わせてしゃがんだ黒龍が、2人に問いかける。


「うん。ママもうれしいって言ってた」

「パパゴン。いっしょ」


2人の答えに、黒龍の目頭が熱くなる。


「いい子だ!みんなまとめて幸せにするからな〜!」


子どもたちを抱きしめながら、自分自身に言い聞かせるように、黒龍が言う。


その光景を眺めながら。真白は張り詰めていた線が緩んだように、涙を流していた。




赤西風東のその後


3人の話を聞き、俺は自分のことのように温かい気持ちになっていた。


火林さんの母親は体調を治し、今は家で一緒に暮らしているそうだ。

彼女自身も垢が抜けたというか、以前より人生を楽しんでいるように見えた。


母夏さんも父親との確執が取り除かれたらしく。「この間、肩を思いっきり叩いてあげたら泣いて喜んでいた」と、言っていた。

意味はよく分からなかったし、闇が深そうなので深掘りはしなかったが、幸せの形は人それぞれというものだ。


ブラドラは俳優業を再スタートし、現在は映画の撮影に挑んでいるそうだ。


新しい家族の方も順調そうで、


『この間、年の瀬ということで大掃除をしましてね。ってね。いや〜、幸せな日々とここにします』


今聞いて貰った通りだ。


「お〜い。そろそろ撮影しようぜ」

「ブラドラのラジオが終わってからな」


ゲームのコントローラーを片手にこちらに声をかけてくる男に、ぶっきらぼうに返す。


ここは俺の部屋。

中身が少しだけ残ったペットボトルや、汁だけが残ったカップ麺などは綺麗に捨てられており、友人を招き入れられるくらいには片付いていた。


そして、先ほどの男は、以前大学で俺に声をかけてきたチャラ男。馬熊光だ。



リア充爆発事件の後。


俺は意を決して大学へ行った。


一度踏み出してみれば大したことはなく。

俺が心配していたようなことは何一つなかった。


逆に得られた物は多く。

馬熊光と再会し、動画に寄せられたコメントに悪意がなかったことが分かった。


彼はネットリテラシーに疎いらしく、純粋な疑問と好奇心からコメントを書き込んだそうだ。

話を聞いた光は真摯に謝り、当該コメントを削除した。


俺も特に実害はなかったので、光のことをすぐに許した。


それから、光とは友人として接する機会が増え。彼のゲーム好きが相当なものだと知った俺は、一緒に動画を撮ることを提案した。


光はその申し入れを快く受け入れ、風呂アロマチャンネルは二人体制で再スタートした。

光のオーバーすぎるリアクションは視聴者にもウケが良く、チャンネルは順調に伸びていった。


『ではまた来週。さようなら〜』


俺のスマホから響いていた黒龍の声が途絶え、光が「よし!やるぞ!」と、呼びかけてくる。


「ボコボコにされても文句言うなよ」

「お前留年してるからこっちは先輩だぞ。少しは手加減しろ」

「丁重にお断りします」


冗談を言いながら、ゲームのコントローラーを握る。


そんな俺の顔をじっと見て。


「お前変わったな」


と、光が冗談っぽく笑った。



人の数だけ世界はある。

誰かにとっての良い人も、誰かにとっては悪い人だ。


春夏秋冬。東西南北。風林火山。

一歩進むだけで、世界は大きく変わる。


リア充が爆発する時。

俺の。4人の。そして誰かの。


世界は確かに色を変えたのだ。




遠く離れたアメリカの地で。


綺麗な金髪の女性がベッドに横たわり、部屋の窓から月を眺めていた。


「・・・ルナ」


入り口から聞こえてきた声に合わせて、女性の視線が移動する。


そこに立っていたのは、同じく金髪の男であった。

長旅の後なのか。キャリーバッグに鞄と大荷物だ。


「ごめんね」


何に対する謝罪なのか。

男は敢えて名言せず、女性の側の椅子に腰掛けた。


それから男は話をした。

旅の土産話なのか。男は身振り手振りを使って面白おかしく話したが、女性は愛想笑いを浮かべるだけだった。


それでも良いと言わんばかりに話を続ける男だったが。やがてネタがつきたのか、「また来るね」と残して、静かに立ち上がった。


「あ、そうだ」


何かを思い出したように男が鞄を漁り、あるものを取り出した。

女性はそれを受け取ると、興味深そうに眺めた。


「・・・しっぽ白いね」

「ん?ああ、その制作会社は忠実みたいだね」


男が渡したのはパンダのぬいぐるみであった。


女性はパンダをひとしきり目に焼き付けた後、ぎゅっと抱きしめた。


「じゃあ行くね」


その様子を優しい笑顔で見届けた男が、今度こそ出口に向かって歩き出す。


時に。

パンダの尾の色のように、白黒つけなくていいことに目が眩むことがある。


しかし、そんな時も人生には必要で。

一見、無駄と思えることが人生を彩るスパイスになる。


色々と遠回りをした後で。振り返った時に見える景色が、その人の生きた証なのだ。


「まって。ルカ」


女性に呼び止められて、男が振り返る。


「ありがとう」


男はその光景に息を呑んだ。


そこにあったのは嘘偽りない。

昔となんら変わらない。


たったひとりの妹の、優しい微笑みだったからだ。


「こっちこそ、ありがとう」


ルカの頬を涙が伝う。


ひょっとこの仮面の下に貼り付けられた。

最後の一枚であった、仮初めの面も剥がれ。


ひとりの兄の素顔が、月夜の明かりに照らされていた。

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リア充が爆発する時 にわか @niwakawin

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