第12話 有為転変は世の習い
「これが君たちの聞きたがっていた真相だよ。私の妹はリア充と非リア充に2度壊されたんだ」
話を終えたルカが、4人の顔を順に見渡す。
ウイルスの散布に合わせてGODの勧誘をし、一部改造を施した父親が経営するホテルに、まだ見ぬ答えを提示してくれそうな人たちを集めた。
その後ミッションという篩に掛け、ここまで辿り着いたのが、この4人だったわけだ。
「あの雪が原因だったのか」
「そんなクソみたいな奴本当にいるんすね」
「ルナちゃん可愛そうに・・・」
「私が爆発させたわけじゃなかったんだ」
黒龍、風東、火林、母夏の反応はそれぞれだった。
「さあ、次は君たちの番だ。答えを聞かせてもらおうか」
昔のことを思い出したのか、少し掠れた声のルカが4人に問う。
「俺たちの答えか・・・」
そう呟く黒龍が、手元のスマホで何やら操作をする。
程なくして、ルカを含めた5人に向けて、眩い光が降り注いだ。
「なんだ!」
予期せぬ出来事に、ルカが動揺を露わにする。
「ブラック!歳上をコキ使いやがって。ろくな死に方しねーぞ」
光の正体は自転車の電気。
それを押しながら肩で息するのは、氷室だった。
404号室
時は再び遡り、ミッションの解読に成功した4人。
「ちょっと待った」
外へ出ようとする母夏を、黒龍が呼び止めた。
「なによ!場所が判ったんだから、早く行くに越したことはないでしょ!逃げられたらどうするの!?」
「まあ、ちょっと聞いてくれ」
抗議する母夏を宥めながら、黒龍が机の上の紙に目を向ける。
「この一文に違和感を覚えないか?」
そう言って黒龍が指差したのは、最後のミッションが書かれた紙の一文。
『歴史が変わるよりも一刻早く、私の元へ辿り着くことを期待する』
といった文言だった。
「歴史が変わる前に、一刻も早く来いって意味じゃないの?」
「いいや、文法的に歴史が変わる時刻の一刻前と捉えるのが正解だろう」
顎に手を当てながら、黒龍が言葉を紡いでいく。
一刻とは昔の時間の数え方で、今でいうところの約30分にあたる。
「つまり、歴史が変わる瞬間の30分前に来いということだ」
「なろほどね。それで、その歴史が変わる瞬間ってのはいつなの?」
「それはわからん」
「なんなのよ!」
黒龍と母夏が夫婦漫才を披露している横で、風東と火林は同じ結論に至っていた。
「「それって・・・」」
ふたりの考察に、黒龍と母夏は「それだ!」と、口を揃えた。
現在 上野公園
「ほら。約束通り集めてきたぞ」
「ご協力感謝します」
わざとらしく敬礼をする黒龍に、氷室は苦笑を浮かべながら、自転車のカゴに乗せてあったリュックを手渡した。
「これが俺たちの。いいや、みんなの答えだ!」
そう言って、受け取ったリュックを逆さにする黒龍。
重力に従ってリュックの中から出てきたのは、大量の紙切れだった。
「・・・これは?」
全くの想定外の事態に、ルカが呆けた様子で尋ねる。
ミッションの解読に成功した後。
約束の時間が23時30分だと気付いた4人は、『あなたはリア充をどう思いますか?』と書かれたアンケート用紙を持って、街を歩き回った。
駅や商業施設など、少しでも人が多いと思われる場所に足を運んでは、紙を配る。
それを、約束の時間ギリギリまで続けた。
その後、アンケート用紙の回収は氷室に頼み、4人は上野公園に向かったのだった。
「全く。警察を安く使いやがって」
「一日署長の特権ってことで」
氷室は部下数人に応援を依頼し、こうして大量のアンケート用紙を運んできたのだった。
「それだけじゃないですよ」
得意げに言い放ったのは風東であった。
風東はアンケートに答えることができるサイトを立ち上げ、SNSを利用して投票を呼びかけていたのだ。
芸能人である黒龍の呼びかけもあり、投票数はなかなかの数になっていた。
「リア充の方達の運命を決めるかもしれない問いに、私たちの個人的な主観だけで回答していいわけがない。そう思って、できるだけ多くの人たちに答えてもらいました」
ルカの目をまっすぐに見つめて、火林が主張する。
「GODに入会して、男に対する見方が変わった。経験だけで固められた偏見が、どれだけ視野を狭くするか実感したわ」
ほんの1週間前の自分を思い出すように、母夏が語る。
「憧れのブラドラと過ごした時間は夢みたいで。リア充がどうとかどうでもよくなりました」
晴れやかな表情で、風東が言う。
「リア充か非リア充かなんてのはただのラベリングだ。確かにお前の妹さんは災難だったが、相手がリア充だ非リア充だなんて話は別問題だ。当たり前のことだが、この世に同じ人間なんてふたりと存在しないんだよ」
最後を締めくくるように、黒龍が言い放つ。
「そうか。それが君たちの答えか・・・」
4人の答えを受け止めたルカは、寂しそうに呟き、空を見上げた。
果たして、この答えはルカが待っていたものなのか。
もし違った場合、ルカは宣言通りリア充を爆発させてしまうかもしれない。
続く言葉を、周囲の人間は固唾を飲んで見守っていたのだが。
「安心してよ。君たちの答えがリア充の安否に繋がることはない。彼らはもうじき目を覚ますさ」
ルカの口から出たのは、そんな拍子抜けする内容の言葉だった。
周りにいた人間はきょとんとした顔をして、互いに見合わせる。
「ウイルスの効果は1週間だけなんだ。ましてや命に関わるようなこともない。一時的に意識を奪う、インフルエンザみたいなものだよ。だから、ミッションも7日間にした。とんだ茶番に付き合わせて悪かったね」
未だ空を見上げていたルカが目を細めた。
「・・・ああ。神様もたまには粋な演出をしてくれる」
リア充の復活を祝福するように。
空から真っ白な雪が降り始めたのだ。
「さあ、続きは署で聞くとしよう。大量のアンケートも向こうで読むんだな」
「うん。そうさせてもらうよ」
無抵抗のルカを氷室が連れて、公園前に停めてあるパトカーへ向かう。
4人はその後ろ姿を黙って見送った。
ルカが脱ぎ捨てたひょっとこのお面にも、他と平等に雪が降り積もる。
クリスマスイブから数えて1週間後の夜。
時計の針が真上で重なる。
12月31日24時00分。1月1日0時00分。
歴史が変わる瞬間。おわりとはじまり。
まるでシンデレラの魔法が解けたように。
都内各地で、意識不明だったリア充たちが目を覚まし始めた。
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