第11話 泣きっ面に蜂


冬の乾いた風が、潤いを求めて吹き荒れる。

手入れの行き届いた並木が、風に揺られ、右に左になびく。


風の勢いに負けた一枚の枯葉が、ひらりひらりと宙を舞う。

その先の地面には、人知れず踏みつけられた先駆者たちが横たわっていた。


時刻は23時30分。

寒さから身を守るように、体を丸めて歩く4人の影。


その先には、すらりとした美しいシルエットで佇む。

もう一つの人影があった。


「よく来たね」


好青年といった印象を抱く、清潔感のある声が響く。


「お前がひょっとこだな」


対するは渋い男の声。


近づいたことでようやく視認できたひょっとこが、秋春黒龍の問いを受けて肩を震わす。


「そうだよ。よくここが分かったね」

「まあな。とびきり捻くれたヒントのおかげだよ」

「最高の褒め言葉だよ。ありがとう」


劇が終わった後の挨拶のように、ひょっとこが優雅な礼を披露する。


その様子を、4人は複雑な心境で眺めていた。




404号室


時は遡り、ミッションの解読に取り組む4人。


その視線の先には、


『アンドゥ、リサイト、オーグメント、エクスクイジット、パーフォーム、オプション、キング、ネーション』


と、書かれた紙があり。それぞれの単語の下には、


『Undo,Recite,Augment,Exquisite,Perform,Option,King,Nation』


と、英語表記が追加されていた。


それぞれの文字は文字で表記されており、強調するように丸で囲まれている。


「『頭は大きな存在でなくてはならない』が、先頭を大文字にする英語表記のことだったとはな」

「偶然だと思いますけど、パリから連想して閃きました」


黒龍の呟きに火林が補足する。


ミスリードと思われた推理が、思いがけない形で正解へと繋がった。

物怪の幸い。棚からぼたもちといったところだろう。


まあ、パリはフランスであるが。



そして、紙の最下部には、既に頭文字を並び替えた結果。



『U E N O P A R K』



という文字列があった。



「さあ、場所も判ったし早速向かうわよ!」


出掛ける準備を済ました母夏が、意気揚々と部屋の出口へ向かう。


「ちょっと待った」


しかし、未だにミッションの紙を眺めていた黒龍が、その足を引き止めた。




現在 上野公園


「さあ。お前の真意を聞かせて貰おうか」


黒龍が、ぶっきらぼうに言い放つ。


眼前に立つひょっとこは、それを制す様に首を横に振った。


「まあ、そう慌てないでくれよ。・・そうだ。ここまできてをつけたままってのも失礼な話だよね・・・」


4人と相対する男が、自身の顔に貼り付けたお面に手をかけ、ゆっくりと剥がす。


「「「「・・・!?」」」」


ひょっとこの下から顔を覗かせたのは、はっきりとした顔立ちと金髪が特徴的な。

流暢な日本語からは想像できない、ハーフのような顔立ちの男だった。


「本当にイケメンだった・・・」

「お姉ちゃん・・・」


緊迫した空気をまるで無視する母夏の発言に、火林が呆れたように溜息を漏らす。


「てっきりリア充にヘイトを溜めこんだ、引きこもりニートの風東みたいな奴かと思ったら、全然違うじゃねえか」

「ブラドラ・・。ディスが強烈すぎてちょっとヘコみます」

「すまんすまん。えーと、あれだ。いい意味でだ」

「フォローになってないです・・・」


母夏のおかげで和んだのか、黒龍と風東に関してもいつも通りの会話を交わす。


そんなフォーマンセルの意外な反応に、


「やっぱり君たちは面白いね。他のフォーマンセルと比べてもダントツだよ」


金髪の男は肩透かしを食らったように目を丸くし、その後可笑しそうに肩を揺らした。


「さて、私の素顔についての感想もここまでにして。君たちが知りたがっている『真相』ってやつを語ろうかな」


笑いを止めた男が、真面目な調子で話しだす。


上野公園の施設の一つ。

上野動物園の入り口を背景に。




1年前


「ルカみて!パンダ!!!」


風でなびく金色の髪を押さえながら、整った顔立ちの少女が興奮気味に呼びかける。


その指先はある檻を指しており、中ではパンダが笹を咥えながらこちらを見ていた。


「待ってよルナ。そんなに急がなくてもパンダは逃げないよ」


少女に呼びかけられた男が、肩で息をしながら返事する。


「元気になったみたいでよかった」

「ルカ?何か言った?」

「ううん。なんでもないよ」


ようやく少女に追いついた、ルカと呼ばれる男が嬉しそうにはにかむ。


二人が訪れていたのは上野動物園。

ルカは、最近元気がなかった妹のルナを心配し。気分転換になればと休日を利用して、ここ上野動物園に連れて来ていたのだ。


「あ、パンダ行っちゃった」


ルカのことが気に食わなかったのか。すぐ近くにいたパンダが、可愛いお尻をこちらに向けて遠ざかっていく。


「あれ?パンダの尻尾って黒じゃないの?」

「白だよ。ぬいぐるみとかは黒の場合が多いけど、実際は白なんだ」

「へー。ルカ、物知りだね」

「まあね。これぞ、ジャパニーズってね」

「どういうこと?」

「ルナにはまだ早かったか・・・」


二人はハーフであり、幼少期はアメリカで過ごしていた。

その後、留学という形でそれぞれ来日。ルナに関しては、日本に来てまだ日が浅かった。


まあ、日本にいた時間が長かったとして、先ほどのダジャレを面白いと感じるかは別問題だが。


そのような背景から。ルカは、ルナの悩みの種は、慣れない生活からくるものだと決めつけていた。


『時の流れが解決してくれる』


この時のルカは、そんな楽観的な考えを持っていた。



動物園に行った日から数えて3ヶ月後。


外では足の早い雨が降り注いでいた。


いつもは遅くても晩御飯の時間までに帰るルナが、この日は夜の8時を過ぎても帰らなかった。


そのことに不安を覚えたルカは、過保護かと思いながらも家を出て、妹を捜索していた。


「・・・ルナ?」


その途中で、近所の公園にその姿を発見した。

遠目でもわかる金髪が、その存在が妹であることを証明している。


しかし、屋根付きのベンチに座るそのシルエットは、ルカの目にはどこか小さく見えた。


ルカの不安を掻き立てるように、傘を打ち付ける雨音が一層強くなる。


一歩ずつ、俯く彼女の方へ近づいていく。

その途中でルナもルカの存在に気づき、ふたりの目が合った。


「「・・・」」


ふたりの反応は正反対であった。


ルナは見られたくないものを見られたように、サッと視線を外した。

ルカは見たくないものを見てしまったように、カッと目を見開いた。


「ルナ・・その痣は・・・」


恐る恐る投げかけられたルカの言葉に、ルナがビクッと肩を震わす。


「・・・お兄ちゃん。私、アメリカに帰りたい」


そう言うルナの声はひどく震えていて。


強まった雨の音に掻き消される程に、弱々しかった。



ルナの話は以下の通りだった。


彼女が日本の高校に入学した頃。

周囲の人間は、彼女と一線を引いて接していた。


明らかなハーフ顔。整った顔立ち。

一歩踏み込んだ関係になるには他よりハードルが高いことは、些か仕方がないことだといえるだろう。


そんな彼女に転機が訪れたのは、入学してから1ヶ月が過ぎた頃。

クラスの漫研部員に「アッ、アニメにキョーミあるんですか!?」と、緊張した様子で尋ねられた時だった。


彼女のバッグには、あるアニメのキーホルダーが付けられていた。

それを見た漫研部員が、勇気を振り絞って声を掛けたのだ。


ルナは日本のアニメや漫画といった文化を好んでいた。

ルカの勧めで沼にハマり、それらの影響で留学を決意したと言っても過言ではなかった。


「はい。大好きです!」


漫研部員に満面の笑みで返事するルナ。


彼女のどこまでもまっすぐで純粋な笑顔は、漫研部への勧誘を引き出させるのには勿論。

うぶな男子高校生を恋に落とすにも、申し分のないものだった。



「ごめんなさい。そういうのはちょっと・・・」


漫研に所属してしばらく経った頃。

漫研部員の愛の告白を、ルナは丁寧に断った。


「今まで通りお友達で」

ルナはそう伝えたのだが、話はそう上手くいかなかった。


その日を境に。漫研部内で、ルナはあからさまに無視をされるようになったのだ。


それが、フラれた漫研部員の指示なのかは定かではなかったが、一度こじれた人間関係はそう簡単に修復できない。


しばらくして、ルナは漫研部を辞めた。



ルカと動物園に行ったのは、その直後であった。


パンダに癒されて再スタート。

そのまま上手く転がってくれれば良かったのだが、ルナに神が微笑むことはなかった。



漫研部を退部した後。

ルナはサッカー部の男子組とよく遊ぶようになっていた。


ルナとしては女の子のお友達が欲しかったのだが。そのルックスも合間ってか、話しかけてくれる人はなかなか現れなかった。


そんな時に声を掛けてきたのが、サッカー部の面子だった。


男たちは、口癖のように「あのキモオタどもにルナちゃんとられた時は焦ったぜ」と、漫研部の悪口を宣っていた。

ルナはあまり気分が良くなかったが、漫研部の時の経験から、それを強く否定することができなかった。


漫研部の人たちが根っからの悪人でないことを知っていたが、否定することでサッカー部の人たちが離れてしまうことを恐れたのだ。


そんな表面だけの付き合いを続けること1ヶ月弱。


「ルナ。俺と付き合わね?」


面子の一人が、ルナに交際を申し出た。


正直、彼に好意は微塵も抱いていなかったが、トラウマが彼女の首を縦に振らせた。


その日から。彼女の窮屈な学校生活がスタートした。


学校ではサッカー部たちのノリに合わせ、家に帰っても彼氏とのメッセージのやりとり。

さらに彼氏は女子からの人気が高いらしく。一部の女子生徒から妬まれ、自分の陰口を叩く場面に遭遇したこともあった。


そんな日々がしばらく続いたある日。


事件は起こった。



「な!ルナもそう思うだろ?」

「あはは。そうだね」


男たちの冗談に合わせて、ルナが愛想笑いを浮かべる。


金曜日の放課後。

ホームルーム後に教室で駄弁っていたところ、ルナの彼氏にあたる男の家に皆で集まる話になり。現在は、いつものメンバーが男の部屋に集合していた。


「なあ。そろそろ良いか?」

「なんだよ。もう我慢できないのか?」


メンバーの一人がルナの彼氏に問いかける。

漫画を読んでいた彼氏は「しょうがねえな」と呟くと、顎でルナの方を指した。


「待ってました。それじゃあいただきます」


男が下卑た笑みを浮かべて、ルナに近づく。


「・・え?なに?」


戸惑うルナを他所に、男の手が彼女の身体へ近づいていく。


「ちょっと。やめて!」


危険を察したルナが抵抗しようとするが、手首を掴まれ、思うように動けない。


駄々をこねる子どものように、無我夢中で足をバタつかせるルナ。


「・・・ウグッ!」


その一発が男の股間にクリーンヒットし、男が声にならない悲痛な叫びをあげる。


「何すんだオラ!」


すっかり逆上した男の拳が、ルナの顔面めがけて振り下ろされる。


「キャッ!」


彼女の整った顔に、くっきりとした痛々しい跡が残った。


「おいおい。やりすぎだろ」


その様子を見ていたルナの彼氏が、漫画を置いて立ち上がる。


ルナは助けてくれるものだと安心したのだが。


「顔は目立つからそれ以外にしとけよ」


彼氏であるはずの男の口から吐き出されたのは、そんな残酷な言葉だった。



大粒の涙を必死に堪えながら、綺麗な金髪の少女が街中を歩く。


あの後。絶望と恐怖から、せめてもの抵抗として泣きじゃくったルナ。

そんな彼女に、彼氏役の男がとどめの一言を放った。


「もういいわ。この女面倒だ。そろそろ乗り換えだな」


その言葉がルナのトラウマを呼び起こし、視界を一段階暗くした。


それからどのようにして外に出たのか、ルナの記憶は曖昧だった。


「「・・・あ」」


街角でばったり出会すふたり。

その片方は、ルナを漫研部に誘った男であった。


「その跡・・・」


ルナはとっさに顔を隠したが、遅かった。

彼女の顔にくっきりとついた痣を見て、男が息を飲む。


しかし、口を一文字に結び直すと、男はこう続けた。


「あんなロクでもない男を選んだのはルナさんだ。自業自得だね」


男の言葉にルナは何も言い返さず、俯いたままだ。


「だいたいアニメ好きっていうのも嘘なんだろ?いかにもチョロそうな僕たちにちょっかいを掛けて遊んでたんだ」

「ちが・・ちがうの・・・」


否定するルナだったが、男は聞く耳を持たず、走り去ってしまった。


ルナの視界がもう一段暗くなり、世界がぼやけて見え難くなる。


そんな彼女を嘲笑うように、ポツリポツリと雨が降り出した。

段々と強まる雨が、彼女の金髪を濡らし、頬を伝う。


顔にできた痣にも水滴が触れ、彼女の身体に鈍い痛みが走った。



その日を境に、ルナは笑わなくなった。

ルカが隣で冗談を言っても、愛想笑いを浮かべるだけ。


学校にも行かなくなり、程なくしてアメリカに帰ってしまった。


日本に残ったルカは、行き場を失った感情に苛まれた。


妹を壊した相手や環境に対する怒り。

あの時、妹の助けになれなかった自分に対する悔やみ。


そして、リア充と非リア充に対する漠然とした恨み。


そんな悶々とした感情と戦い続けていたある日。


ルカは通っていた大学である発見をした。


「・・・これは」


それは新種のウイルスだった。

研究を続ける中で、このウイルスには以下のような性質があることが判った。


一つは、男女で感染した後の形態に違いがあること。

この時点ではウイルスは陰性で、体に害はない。


もう一つは、感染した男女が粘膜接触をすることで、ウイルスの形態が変化すること。

これによりウイルスが陽性となり、感染者の意識を奪う。


これらの性質から、ルカはある計画を思いついた。

それこそが『リア充爆発事件』の発端だった。


リア充をシャットアウトすることで、残された非リア充たちに、自らの愚かさを認めさせる。

本来は逆でも良かったのだが、ウイルスの性質上、そうせざるを得なかった。


そして、これを現実のものにするためには、ウイルスを散布する必要があった。


その方法としてルカが選択したのは、『雪』に混入するというものだった。

効率性やウイルスの性質を考慮した上で、それが最適と判断したのだ。


偶然か必然か。

全ての条件が揃ったのは、クリスマスイブの夜だった。


こうして、世のリア充たちが歓喜の声を上げる中。

真っ白な雪にのせて、リア充を停止させるウイルスが散布されたのだった。

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