第10話 頭が動けば尾も動く


7日目


「さすがに誰も来てないか・・・」


404号室にやってきた風東は、ひとり呟いた。


時刻は午前9時。

朝早くに目覚めた風東は、約束の時間よりも随分と早くに到着していた。


特にすることもなく、机の上に無造作に置かれた紙を指でなぞる。


それは、今までフォーマンセルでクリアしてきた、ミッションが書かれた紙だった。


「これは・・・」


何かに気づいたのか。風東が声を漏らす。

しかし、その足が向かったのは、部屋に設置されたトイレであった。


本屋に行くと催してしまう青木まりこ現象のようなものか。

紙に触れた風東は、急にトイレに行きたくなったのだ。


ガチャ


なんのためらいもなく開かれたトイレのドア。


「・・・・・え?」


しかし、その先に広がっていたのは未知の世界。


「違うんだ風東。話せばわかる」

「そうよ。落ち着いて」

「なんで私まで・・・」


同じ個室の中で身を縮める。

黒龍、母夏、火林の3人の姿があった。



数分前


「「・・・・・え?」」


黒龍と母夏は、トイレのドア越しに対面していた。


便座がある方を向いて固まる母夏。

その先には、まさに用を足している最中である、無防備な黒龍の姿があった。


「な、なんで鍵してないのよ!」

「おかしいな。したつもりだったんだけどな」


前かがみのまま。黒龍が「すまんすまん」と笑みを浮かべる。

母夏はそんな大の男の姿に、呆れたように溜息を漏らした。


ちなみに黒龍の大事な部分は、母夏の視界に映り込んではいなかった。


そんなカオスな状況の404号室に、カツカツと足音が近づく。


「やば!」


こんな場面を誰かに見られてはまずい。

あらぬ誤解をかけられることを危惧した母夏は、冷静ではない思考回路で、そのままトイレに入った。


「なんで入ってくんだよ!?」

「しっ!聞こえたらどうするの!?」


黒龍の指摘が尤もであることを脳では理解しながらも、母夏は足音が遠ざかることを祈って、ドアに張り付き聞き耳をたてる。


しかし、無常なことに部屋のドアを開く音が響いた。


完全に出るタイミングを失った二人は、おそらくは風東か火林であろう人物が部屋を出ることを祈る。


どれくらいの時間が経過しただろうか。

永遠とも思えた時間は、突然終わりを迎えた。


「・・・・・え?」


トイレの中にいた大人ふたりの姿を見て、女子高生の火林は戸惑いの声を漏らした。



「・・・というわけだ」

「そういうことですか。安心しました」


火林がトイレのドアを開いた直後、一件前と同様に風東が部屋にやってきた。

その際も母夏は慌てており、火林をトイレの中に引っ張りこんだという流れだった。


「それにしても皆早いわね」


分が悪い話題を変えるように母夏が言う。


「最終日だと思うと、なんだか落ち着かなくてな」

「私もです。昨日は眠れませんでした」

「ひょっとこが言うには、明日はリア充が爆発する日ですからね」


黒龍、火林、風東が、それぞれの思いを口にする。


ひょっとこが「リア充が爆発する」と宣言した1週間後が、もうそこまで近づいていた。

今日のミッションが、意識不明となっているリア充の命運を決めると言っても過言ではない。


「責任重大ですね・・・」

「そうだな。まあ、俺たちにできることはミッションをクリアして、ひょっとこの正体に近づくことだけだ。あまり気張り過ぎずにいこうや」


火林の不安を払うように、黒龍が明るく呼びかける。


「そうですね。頑張りましょう」

「俺は一生ブラドラについて行きます!」


それに火林と風東も前向きに返事した。


「誤解も解けたし、意志も固まったしいい感じね。じゃ、ちょっと失礼」


母夏が何食わぬ顔でトイレへと向かう。


「お姉ちゃん。抜け駆けはよくないよ」


そんな母夏の腕を、火林が掴み引き止めた。


「そうだ。俺もまだ出てないんだぞ」

「俺もそろそろ・・・」


トイレの前で睨み合いをするフォーマンセル。


その後、トイレの使用権をかけてじゃんけん大会が開催された。




昼12時


『同志の皆、ごきげんよう。ミッションの時間だ』


すっかりお約束となった時間に、ひょっとこの姿がテレビ画面に映し出される。


『ここまでよくやってくれた。次でいよいよラストのミッションだ。最後くらいは私の口から発表することにしよう』


「ごほん」と、わざとらしく咳払いをすると、ひょっとこはこう続けた。


『ミッション7。頭である私。すなわち、キングの元へ来い。新しい国。すなわち、ネーションを建てる準備は整った。私の役目は終わりだ。頭は大きな存在でなくてはならない。皆には頭を変える権利を与えよう。今までのミッションを糧に、歴史が変わるよりも一刻早く、私の元へ辿り着くことを期待する。そこで同志の答えを聞かせてくれ。では、後ほど会おう』


あいも変わらず一方的に言葉を切り、テレビ画面が暗くなる。


程なくして、先ほどと同じ内容が書かれた紙を載せて、例のお盆が降りてきた。


「私のところに来いって、場所も分からないのにどうしろっていうのよ!」


ひょっとこの話を聞いて、母夏が抗議する。


「場所を特定するのもミッションなんだろうな」


母夏の問いに反応したのは、黒龍だった。


「どういうこと?」

「ほら、隠されたヒントを元に謎を解くような・・・」

「脱出ゲームみたいな感じですか?」

「おう、それそれ。そんな感じだ」


風東の助け舟を拾い、黒龍が頷く。


「なるほど。このミッションの中に、ひょっとこの居場所に繋がるヒントが隠されてるかもしれないってわけですね」


話を簡潔にまとめた火林が、ミッションが書かれた紙に手を伸ばす。


こうして始まった最終ミッション。

ひょっとこの元へ辿り着くため、4人は動き出した。



5分後


「やっぱり火林ちゃんも気になるか?」


机の上の紙を見つめる火林に黒龍が尋ねる。


「はい。あからさまに不自然ですよね」


そう言う火林の視線は、最後のミッションが書かれた紙の一部分。

『キング』と『ネーション』の2点に注がれていた。


「だよな。どっちもそのままで伝わるのにわざわざ言い換えてるし、何か意味があると思うのが普通だよな」


考えを整理するように、黒龍が呟く。


「ねえ、国ってカントリーじゃないの?」


そんな素朴な疑問を提示したのは母夏だった。


「どっちも国って意味だよ。ネーションは民族とか共同体のニュアンスが強かったはず」

「へぇー、さすが火林だね」

「まあ、お姉ちゃんと違って勉強してるからね」

「・・・」


火林の冗談は的を射過ぎていたため、母夏は特に何も言い返さなかった。


「他にもランドやステートとかもあるから、ネーションが使われていることには何か理由があるのかも・・・」

「火林ちゃんのさっきの話だと、非リア充の共同体って意味を持たせたかったのかもしれないな」


思考を巡らす火林の呟きに対して、黒龍が推理を披露する。


「それだとキングにも意味があるんですかね?」


今まで静観していた風東も疑問を投げかけた。


「確かになあ。自分のことを『頭』って言ったり『キング』って言ったり。何か違いがあるのか?」


疑問はさらなる疑問を生み、謎を深めていった。



30分後


「「「「うーん」」」」


机の上の紙を眺めながら、4人が揃って首を捻る。

その紙はお盆で運ばれてきたものとは別のもので、黒龍の達筆な字で以下の単語が列挙されていた。


『アンドゥ、リサイト、オーグメント、エクスクイジット、パーフォーム、オプション、キング、ネーション』


それは、今までのミッションの『〇〇せよ』の〇〇の部分と、今回のキングとネーションを抜き出したものだった。


今回のミッションの『今までのミッションを糧に、私の元へ辿り着くことを期待する』の部分から、以前のミッションの中にもヒントがあると踏んだ4人は、あからさまに目立つキーワードを抜き出し、紙に書き出したのだ。


「これだけだと何も解りませんね」

「そうだな。まだピースが足りない」


火林と黒龍が意見を言い合う。


その横で、最終ミッションの紙も一緒に見ていた風東が、何かに気づいたように声を上げた。


「ここの『皆には頭を変える権利を与えよう』って、何か違和感ありませんか?」

「確かにですね。地位を明け渡したいなら、頭に権利の方がしっくりきますよね」

「『頭を変える』か・・・」


顎に手を当てて、思考に耽る黒龍。


「・・・そうか。わかったわよ!」


その横で、母夏が希望の声を上げた。



数分後


「それで、これはどういう意味なんだ?」

「えーと・・・」


黒龍の問いに、母夏はバツが悪そうに視線を泳がせる。


『ア リ オ エ パ オ キ ネ』


机の上の紙には、そんな呪文のような文言が書かれていた。


「頭って書いてたから、頭文字のことかと思って抜き出したのよ!」

「確かに筋は通ってるが・・・」

「ブラドラ。もしかしてアナグラムじゃないですか」

「そうか!でかしたぞ風東!!」


風東の言葉に、黒龍の声がボリュームを増す。


アナグラム。

文字の並びを変えることで別の意味を持つようになるといった、一種の言葉遊び。


最終ミッションにある『頭を変える権利』とは、『頭文字を並び替える権利』という意味も含んだ、ダブルミーニングになっていたわけだ。


これで大きく前進したと思われたのだが。


「ダメだ。まだ何かが足りない・・・」


数十分後。

黒龍はゴリゴリと走らせていたペンを置き、溜息を溢しながら腕を組んだ。


紙の上には、8つの文字を何通りにも並べ替えた痕跡が残っており、最後の行には『アオエ ネオキ パリ 』と書かれていた。


「何よそれ?青江さんが寝起きでパリに行ったの?」

「こっちが聞きたいっての・・・」


母夏の指摘に黒龍がげんなりと返す。


これで再び振り出しに戻ってしまったかと思われたが。


「パリ・・外国・・・。あっ、解ったかも!」


火林が、何かを思いついたように明るい声を出す。


この火林の閃きが、フォーマンセルを。

そして未だ意識不明のリア充たちを。


希望へと導いた。

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