第8話 人を呪わば穴二つ


6日目


「黒龍さん。起きてください」

「ごめんな俺が不甲斐ないばかりに・・・」


テーブルに突っ伏して眠る黒龍の肩を、火林が両手で揺さぶる。

しかし、黒龍の眠りが覚める気配はない。


時刻は昼の11時30分。

いつもは誰よりも早く起きている黒龍だが、悪夢でも見ているのか、この時間になっても意味ありげな寝言を言いながら魘されていた。


「眠るブラドラはテコでも起きないってママが言ってたからなあ・・」

「ママ?」

「ああ、スナックのママだよ。ブラドラの行きつけの」


先日、黒龍とスナックに行った時の話をする風東。


「へー、良いこと聞いた」


話を聞いていた母夏が、子どものような笑みを浮かべて黒龍に近づく。


その20分後。


「・・・っ!?」


授業中に居眠りをし、ふとした拍子にビクっとなる生徒のように、黒龍がガバッと起き上がった。

それと同時に、ガラガラと何かが崩れる音がする。


「あー。なんで私の番に起きるのよ!」


目を覚ました黒龍に向かって、何やら文句を垂れる母夏。


「なんだこれ?」


黒龍の周りには、バラバラに散らばったジェンガがあった。


母夏の提案により、3人は眠る黒龍の頭にジェンガを積み重ねる遊びをしていたのだ。


ちなみに、このジェンガは母夏の私物で、一度アパートに帰った時に持ってきていたようだ。


彼女なりに、黒龍や風東と親睦を深めようとしていたのかもしれない。


「人の頭で遊ぶなよ・・・」

「いいじゃない、細かい男ね。それより何の夢見てたの?ずいぶん魘されてたみたいだけど」

「あー、忘れちまった」

「ふーん」


黒龍の言葉に何かを感じたのか、母夏が怪しむような目を向ける。

しかし、「まあ、いいけど」と、それ以上言及することはなかった。


そんなことをしている間に時は進み。


『ひょこっと登場。ひょっとこだよ』


約束の時間が訪れた。


『同志の作品楽しませてもらったよ。どれも傑作だった。締め切りも余裕をもって守って、実に優秀だね。そんな皆には特別に褒美を与えよう。ひょっとこの裏の素顔。気にならないかい?』


右手でお面の左側を掴むひょっとこ。

そのままゆっくりとした所作で面を剥がしていく。


そこにあったのは。


『ひょこっと登場。ひょっとこだよ』


またしても、ひょっとこのお面だった。


『これぞ美男子ってね。なに?期待して損したって?それは残念だったね。でも、人間なんてこんなものさ。気を許した相手にも、曝け出すのは表面だけ。裏の面は常に隠しているものさ』


愉快そうにお面と肩を揺らしている。


『さて、ミッションも残すところ二つだけ。今日のは最後のミッションに向けた予習みたいなものだ。ゆっくりと時間をかけて答えを探してくれ。では、また会おう』


画面が暗くなり、天井からお盆が降りてきた。


「まったくふざけた野郎だぜ」

「遂に正体が分かると思ったのに」

「あいつのお面の下がイケメンだったらどうしよ・・・」

「お姉ちゃん。心の声漏れてるよ」


それぞれが感想を述べながら、お盆を囲むように集まる。


「それじゃあ読んでいきますね」

「ああ。よろしく頼むよ」


いつものように火林が紙切れを手に取る。


今回お盆の上に置かれていたのは、その紙切れ一枚だけだった。


「『ミッション6。オプションせよ。選択の時間だ。次の問いについて考えてくれ。答えは明日のミッションで聞かせてもらう。では、武運を祈る』」


そこまで読み上げると、火林は紙をテーブルに置いた。

その所作に合わせて、他の3人が紙を覗き込む。


そこに書かれていたのは、


『あなたはリア充をどう思いますか?』


という問いだった。


「これって・・・」

「申し込みのページに書いてたやつね」


火林の呟きに、母夏が反応する。


それは、インキャ同盟GODなるものに加入するためのページに、最後の質問として書かれていたものだった。


「あー、お姉ちゃんがふざけてたやつ」

「だからあれは冗談だって」


その問いに、母夏は「爆発させてごめんなさい」と答えていたのだった。


「火林は結局なんて答えたの?」

「私は『よくわかりません』って」

「え!それありなの!?」


母夏と火林が、漫才のようなテンポで会話を紡いでいく。


「ブラドラはなんて書いたんですか?」

「俺か?俺は確か『リア充ふぁっ○ゅー』って」

「あはは。ブラドラって感じですね」

「そういう風東は?」

「俺は・・・忘れました」


風東は嘘をついた。

あの時。風東は何も考えずに『リア充爆発しろ』と書き込んだのだ。


リア充爆発事件の情報がまだ不確かだったこともあるが、風東はこの4人の中で一際リア充に対するヘイトが溜まっていた。


「それにしても、今回のミッションは具体的な目標がねえからむずいな」

「そうね。話し合うだけで終わりでしょ」

「あのひょっとこを納得させる答えが出ますかね?」


黒龍と母夏と風東の3人が、揃って腕を組み考え込む。


「それなら外に出ますか?」


そんな提案をしたのは、意外なことに火林であった。


「これは私の解釈ですけど、この質問は一種の満足度調査みたいなものだと思うんですよ」

「リア充がいなくなった世界のってことか?」

「はい、その通りです。事件の前と後で意見がどう変わったかを聞きたいんだと思います」


黒龍の質問に、まっすぐな声で答える火林。


「でも、私たちはほとんどこの部屋にいたので、外の状況をあまり知らない。その状態で出した答えは、所詮机上の空論だと思うんですよ」


火林の主張を受け、黒龍が「確かにそうだな」と同意を示す。


黒龍と母夏が外に出たのは三日前。

お金を増やすべく出掛けたきりだった。


風東と火林に関しては更にその一日前。

風東は黒龍とバーへ、火林は母夏のアパートに行った以来だ。


「火林ちゃんの言う通りだ。ドアのロックも掛かってないみたいだし、外の状況を確かめにいくとするか」

「そうね。部屋に引きこもるのも飽きてきたし」

「そうしましょう」


話がまとまり、それぞれが出かける準備を始める。


「おい風東!この剣もういらねえのか?」


黒龍が、以前の演劇で使用した段ボールの剣を見つけ、風東に尋ねる。


「だって折れてるじゃないですか」

「こういうのは記念だろ。どうせならけよ」

「そうですね・・・あっ!ステルス韻ですか!?」


ステルス韻とは、会話の中にこっそり韻を含ませる、ラッパーが仲間とする遊びのようなものだ。


「お!よく気づいたな!」

「さすがですね!最初分かりませんでした」

「ねぇ、それってダジャレとなにが違うの?」


興奮気味の男性陣に、母夏が素朴な質問を投げかける。


「「それは・・・」」


母夏の強烈なナチュラルディスに、男二人はすっかり黙ってしまった。

黒龍が持つ段ボールの剣が、一段グニャッと曲がる。


その後、各々が出掛ける準備を済まし、フォーマンセルは現状調査という名目で、404号室を後にした。



街に繰り出した4人は、これといった宛てもなく彷徨っていた。


「現状調査って言っても、何したら良いのかいまいち分かんないですね」

「そうだな」


風東の言葉に黒龍が同意を示す。


ひょっとこの問いに対する答えを見つけるべく外へ出たはいいが、目立つ変化といえば人がほとんどいないくらい。

故に、新たな発見はまるでなかった。


「お、ブラックじゃないか!こんなとこで何してる?」


黒龍の姿に気づき、一人の男が近づいてくる。

柔和な笑みを浮かべてやって来たのは、黒龍よりもやや年上に見える貫禄のある男だった。


「氷室さんじゃないですか。そっちこそ何を?」

「俺は仕事だよ。それよりお前、いつの間に結婚したんだ?」

「結婚?ああ違いますよ。こいつらは・・・」


信頼のおける相手という認識なのか、黒龍がこれまでの経緯を大まかに話し始めた。


「なんと!GODに加入したのか!?」

「ええ、興味本位ですけどね」

「それで、事件について何か分かったか?」

「さっぱりですね。ひょっとこの面を被った男が関与している可能性が高いくらいで」

「そうか・・・」


黒龍の言葉に、男がうなだれる。


「ちょっと」


母夏が黒龍の腰辺りを突き、説明を促す。


「あー、すまんすまん。この人はな・・」

「自己紹介が遅れたね。こういう者だ」


黒龍の言葉を遮り、男が背広の内ポケットから取り出したのは、警察手帳だった。

ドラマのワンシーンのような所作に、少しドキッとする3人。


「実は昔一日署長を務めたことがあってな。その時にお世話になったんだよ」

「そうそう。あの頃のブラックは粋がってたなー」

「ちょっと。やめてくださいよ」

「その話詳しく聞かせてください!」


黒龍の若かりし頃のエピソードに、風東の姿勢が前のめりになる。


しかし、話が長くなることを危惧した母夏と、話を聞かれたくない黒龍に止められ、その思惑は阻止された。


「あの。警察の方なら『リア充爆発事件』についても詳しかったりしますか?」


そう質問したのは火林だった。


「もちろんだよ。なんて言ったって、今担当してる事件だからね」


氷室の答えに、4人が顔を見合す。


「氷室さん。事件について話を聞くことってできますか?」

「仕事柄話せないこともあるけど、ある程度は大丈夫だよ」

「ありがとうございます。それじゃあ場所変えましょうか」


成り行きで有力な情報源を確保したフォーマンセル。

話を聞くため、場所を移す会議を始める。


「さてどこにするかな」

「それなら署で話をしようか?」

「嫌ですよ。あんな息の詰まる所」

「おいおい。署長がそんなこと言っていいのか」

「一日署長でしょ。もうとっくに任期は終わってますよ」


「ついでにもね」と、自嘲気味に笑う黒龍。

そんな彼を前に、氷室が豪快に笑う。


「なんだブラック。随分としおらしくなったな」

「ハハ。世間の厳しさってやつを知ったんですよ」

「なんだそれは。大層な名前が台無しだな」

「かもですね。そんなことより場所ですよ。誰か意見ないか?」


話を戻そうと、黒龍が3人に話を振る。


「ゆっくり話せる場所が良いですよね」

「後、何か食べれる場所が良いです」


火林と風東が各々の意見を口にする。


「それなら良い場所があるわよ」


自信満々にそう言い放ったのは母夏であった。



「「「ここは・・・」」」


黒龍と風東と氷室の3人が、揃って困惑の声を上げる。


「ここなら全ての条件を満たしてるでしょ!」

「そんなことだと思った・・・」


自信満々の母夏と、手を顔に当てて溜息を漏らす火林。


5人が訪れたのはスイーツが食べ放題の店。

スイーツパラダイス。通称スイパラだった。


「最近甘いもの食べれてなかったから、無性に食べたかったのよね」


席に案内された後、母夏が糖分を求めて旅立つ。


名前の通り、店内には甘い香りが充満していた。

しかし、店を賑やかす若い客は、いつもより随分と少なかった。


「自分こういうとこ初めてなんすけど・・・」

「安心しろ俺もだ」

「右に同じく」


勝手が分からず固まる男性陣。


「あの。私みなさんの分も取ってきますね」


そんな様子を見て、火林が一言残して席を立った。


「ありがとう火林ちゃん。姉と違って出来た子だ」

「姉妹だと!?ワケありか?」

「さすが刑事っすね。正解です」


氷室の見事な推理に、黒龍は乾いた笑みを浮かべた。



「さて、何から話そうか?」


氷室が真面目な調子で尋ねる。

しかし、その口元には生クリームがついていた。


あれから火林が運んできてくれたケーキの山を、男3人は貪るように平らげたのだった。

母夏と火林もそれぞれ口にし、今は満足そうにコーヒーを飲んでいる。


「事件の概要は知ってるんで、今の状況を教えてください」


氷室に紙ナプキンを手渡しながら、黒龍がリクエストする。

それを受け取った氷室は、少し恥ずかしそうに口元を拭くと、現状について語り始めた。


「そうだな。それじゃあまずは捜査の進捗だが。恥ずかしいことにほとんど何も解っていない。判明したことといえばGODなる組織が関与していることくらいだ」

「そうですか。意識不明になる仕組みはどうですか?」

「医者の話では被害者の体から同一のウイルスが検出されたそうだ」

「ウイルスですか?」

「ああ。それから一部の健常者にも共通のウイルスが住み着いていることが分かった。更に、これがまたややこしいことに被害者とは別のウイルスだったんだ。その上、男女でも違いが見つかった。もうなにがどうなってるのかお手上げ状態だよ」


「やれやれ」と、両手を挙げて首を振る氷室。


出されたヒントを元に頭の中でパズルを組み立てる4人だったが、これといった答えを見出すことはできなかった。


「世間の様子はどうですか?」

「そうだな。最初の頃に比べると混乱は治まってきたな。被害者は増え続けているし、残された家族や友人の悲痛な声も毎日のように寄せられているが、当初SNSなどで騒いでいた者たちは随分と静かになったよ」


実際に被害にあった者は意識不明状態。被害をなんら被っていない野次馬たちは撤退。

今も尚声を上げている者は、被害者の身近な人間だけのようだ。


「それから、ここ最近で一番ニュースになったのは、残された子どもを守る為の動きだな」


男女ペアの被害者が多いという特質上、子どもだけが取り残されるといったケースが多く見られた。


その中には当然赤ちゃんなどの助けすら呼べない者もおり、それらの命を救うべく、国は動いた。


情報を集め、可能性のある部屋に赴き、大人の返事がない場合は無理矢理乗り込んだ。


この活動により助けられた命もあったが、それに乗じて罪を犯す者も現れた。

金品を狙った強盗。ひどい時には、子どもが拉致されるケースもあった。


「『木を隠すなら森に隠せ』ってな。日本の警察舐めんなよって話だ」


鋭い目つきで言い放ち、氷室は静かにコーヒーを啜った。



「俺が話せるのはこれくらいだな。参考になったか?」

「はい。ありがとうございました」


話がひと段落ついたことで、一度静寂が訪れる。


「それじゃあ話も聞けたことだし、俺たち行きますね」


氷室に挨拶し、店を出て行こうとする黒龍。

それに倣い、風東、母夏、火林の3人も後に続く。


「ちょっとまった」


席を立とうとした4人を、氷室の一言が引き止めた。


「この店の仕組みはどうなってるんだ?時間制か?」

「はあ。そうらしいですね」

「あと何分残ってる?」

「20分くらいでしょうか」

「そうか。それじゃあまだ食べれるな」


そう呟くと、氷室はお皿を持って歩き出した。


「何か分かったら連絡頼むぞ」


言っていることはかっこいいが、その足は甘い匂いに誘われている。

氷室はその渋い外見とは裏腹に、甘党なのであった。



「氷室さんにあんな一面があったんだな」


店の外に出た黒龍がひとり呟く。


「これからどうしますか?」

「そうだなー。街を歩いてもこれ以上情報は得られなそうだし・・」

「それならいっそ別行動しましょ」


糖分を摂取したおかげか、いつもよりご機嫌に見える母夏が口を挟む。


「各々意見を持ち寄って、明日話し合うってことで」

「んー。確かにその方が良いかもな」

「私も賛成です」


黒龍と火林が、母夏の意見に同意する。


「風東はどうだ?」

「俺は・・・どっちでもいいです」

「じゃあ決まりだな」


風東は口を濁したが、フォーマンセルの総意は決まった。


こうして、4人は別々に行動することとなった。

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