第7話 七細工八貧乏


5日目


4人で鍋を囲み、食後はコーヒー片手にブレイクタイム。

その後、女性陣は寝室で、男性陣はソファと床に敷いた布団でそれぞれ眠りにつき。


迎えた5回目の昼。


『同志の皆、ごきげんよう。私だ』


いつもの如く、404号室のテレビ画面にひょっとこの顔が映し出された。


『いやー。今日は天気がいいねぇ。絶好のミッション日和だ。というわけで、今日は少しだけ小話でもしようかな。ひょっとこの戯言だと思って聞いてくれ』


いつもより少しだけトーンを落として、ひょっとこが語る。


『諸君は、自分が何者か知っているかい?』


ひょっとこのすぼめた口から出てきたのは、天気の話からは脈絡の感じられない疑問だった。


『そもそも「個」を特定するものは何だと思う。顔か?体か?・・・いいや、違うな。それらはあくまで部品。パーツだ』


足を組み、おそらくは真面目な表情で淡々と言葉を紡いでいく。


『これは私の持論だが。人という存在を構成する要素の9割は「経験」だ。幼少期の生活が人格の型をとり、その後の出来事が中身を彩っていく。過ごした場所や出会った人が、人となりを形成するわけだ』


眼鏡の位置をクイっと直すように、ひょっとこが面の位置を整える。


『だが、それだけでは説明がつかないこともある。同じような環境で育った兄弟でも、性格がまるで違うことがあるだろう。その要因は何だと思う?」


そこで言葉を区切り、足をゆっくりとした所作で組み直す。


『「狂気」だよ。どんな性格の人間にも狂気は潜んでいる。大小や数に違いはあれど必ずだ。狂気を抑えるのも狂気。狂気を生み出すのも狂気。人は狂気を隠すために、をつけて生きているんだよ』


興奮からか、口調がいつもより少し早い気がする。


『おっと、喋りすぎてしまったね。最近人と話していないからか、なんだか寂しくてね。ひょっとこの有難い話は以上だ。では、ミッションを頑張ってくれたまえ』


テレビ画面が消えて、いつもの如くお盆が降りてくる。


それに伴い、ウィーーーンという音が404号室に響く。


その音はいつもより小さく、そして何処か切なく聞こえた。



「・・・あいつも過去に何かあったのかな」

「かもしれないな」


ポツリと漏れた母夏の呟きに、黒龍が答える。


「だが俺たちが知ったことではないし、知る為にはミッションをこなすしかない」

「やることは変わらないってわけですね」


風東の合いの手に、黒龍が頷く。


「それじゃあ、ミッション読んでいきますね」


その様子を見ていた火林が、お盆から紙切れを手に取った。


「『ミッション5。パーフォームせよ。今回は演技をしてもらう。台本はこちらで用意した。その内容に沿って演技をし、一本の動画を作成して欲しい。動画のクオリティによって、クリア判定をさせてもらう。明確な基準はないが、凝った編集などは大きな加点だ。尚、衣装や小道具は部屋にあるものを好きに使ってもらって構わない。提出期限は明日の昼12時だ。では、同志たちの武運を祈る』」


「これはブラドラの出番ですね!」

「ん?ああ、そうだな」


風東の呼びかけに黒龍が曖昧に返す。


確かに黒龍は、俳優として活動している時期があった。

今の活動はラジオパーソナリティだけだが、経験があるかないかで雲泥の差が出る分野だといえるだろう。


「よし。とりあえず台本に目を通すか」

「そうね」

「ですね」

「そうですね」


黒龍の言葉を受けて、それぞれがお盆の上の台本を手に取る。

ちなみにお盆の上には、台本の他に撮影用のカメラと編集用と思われるノートパソコンが置かれていた。


こうして、5回目となるミッションが幕を開けた。




「ハーハッハー!よく来たな!」

「助けてー。勇者さまー」


黒龍の腕に抱かれた火林が、こちらに向かって助けを乞う。


「かり・・・じゃなかった。お姫様を離しなさい!」

「そっ、ソーダ!魔王の好きにはさせないぞー!」


魔女に扮した母夏と、勇者の格好をした風東がそれぞれ叫ぶ。


黒龍はRPGのラスボスのような黒マントを、火林はウェディングドレスのようなものをそれぞれ着用していた。


「いいだろう相手してやる。かかってこい!」


火林を抱いていた腕を離し、黒龍が2人の来訪者の方を向き直す。


「リアジュ・ボンバー」

「リアジュスラッシュ」


母夏が杖を振り、風東は剣を構え、黒龍に攻撃を仕掛ける。


「フン!」


黒龍はそれを片腕で薙ぎ払うと、高らかに笑い出した。


「ハッハッハ!どうした!?そんなものか?」

「まだよ!」

「あっ、剣壊れた。ちょっと止めていいですか?」


90度に折れ曲がった段ボールの剣を片手に、勇者が情けない声を漏らす。


「「ウオオオ!!」」


そんなことなど御構い無しに、魔女と魔王が激しい攻防を繰り広げる。


「風東さん。一旦画角から出ましょう」

「・・・そうだね」


主人公であるはずの勇者が、目的である姫様の救出を画面外で果たした。


「こんなんで大丈夫かな?」

「さあ。でも、ああなった2人を止めるのは、世界を救うより難しいかもしれませんね」

「・・・たしかに」


勇者と姫は、魔王と魔女の戦いを眺めながら、そんな呑気なことを言い合うのだった。




夜10時


「本当にこれでいいんですか?」


パソコンの画面を指差して、風東が問いかける。


「ああ、ばっちりだ」

「台本とちょっと変わっちゃったけど大丈夫でしょ」

「アドリブも大事だからな」

「そうよね」


黒龍と母夏は意見を曲げる気はないようだ。


「もはや別物な気もしますけど・・・」


風東が諦めたように溜息をつく。

火林は初めからそうなると判っていたのか、ソファでコーヒーを啜っていた。


台本を読み、小道具を作り、衣装に着替え、撮影。

その後風東が編集作業を行い、こうして一つの映像作品が出来たのだった。


「それにしても風東。お前編集うまいな!」

「そうですか?」

「ああ上出来だ。経験でもあるのか?」

「昔ちょっとやってたんですよ。趣味の範囲ですけどね」


褒められて気を良くしたのか、風東の口角がニヤリとあがる。


「じゃあこれで提出しますね」

「ああ。これでミッション完了だ」


風東が、紙の裏に書かれていた内容に従って動画をアップロードする。


「あー、疲れた疲れた。お風呂入って寝よ。火林も一緒に入る?」

「お姉ちゃんと入るとゆっくりできないからやだ」

「えー」


動画の出来を確認した女性陣は、すっかりおやすみモードだ。


「それより、ブラドラの生演技最高でした!」

「そうか?久々だったから感覚鈍ってたけどな」

「全然うまかったですよ!まだ現役いけるんじゃないですか?」

「いや、それはねえな・・・」

「ブラドラ?」


黒龍の目が、どこか遠くを見るような虚ろなものに変わる。


そんな物憂げな表情のまま。

黒龍はひょっとこ作の台本に視線を落とし、


「俺の演技は偽物だからな」


ひとり静かに呟いた。




10年前


「ブラゴンちゃん今日はやけにご機嫌だね。なにか良いことあった?」


落ち着いた印象の黒髪の女性が、隣の男に問いかける。


体育館のような場所のステージ上。

隣り合って座る若い男女の格好は、真っ白のシャツに青いジャージと動きやすいものだ。


「さすが真白姉さん。なんでもお見通しだ」


女の指摘に「参った」と両手を上げて降参する男。

若かりし日の黒龍は、自身の鞄をゴソゴソと漁り出し、あるものを取り出した。


「じゃーん!やっぱり俺は天才だったみたいだな」

「え!これ本物!?」


黒龍の手に握られていたのは、とあるドラマの台本だった。


「正真正銘、本物だよ」

「そんな〜。私の方が先輩なのに〜」

「才能の違いってやつだね。真白姉は演技下手だから」

「そんなことないです〜」

「真白姉の白は大根の白だろ」

「ちがいます〜」


ふざけた調子で言う黒龍の腹の辺りを、真白と呼ばれる女性がポコスカと叩く。

「やめろよー」と口だけ抵抗する黒龍は、まんざらでもない様子だ。


「と言っても、そこまで重要な役じゃないけどな」

「それでもドラマだよ!すごいじゃん」

「まあね!なんてったって天才だから」

「も〜、すぐ調子に乗るんだから」


クスクスと笑う真白。

クールな外見とは裏腹に、コロコロと変わる表情が面白い女性だ。


「それでさ。話があるんだけど・・・」

「どうしたの?」


おどけた口調で尋ねる真白。

いつもと変わらないその反応に、乾いた笑みを浮かべる黒龍。


その後はっきりとした口調で、彼はこう告げた。


「俺、東京に行くよ」

「・・・・・そっか」


黒龍の告白を受け、真白は悲しげに呟いた。


彼女。金海真白は黒龍の幼馴染だ。

家が近所であり親同士の仲が良かったため、幼い頃からよく遊んでいた。


その関係は友達から親友。

親友から特別な存在へと移ろっていき、この時点でふたりは恋人関係にあった。


彼女の歳は黒龍の2つ上で、とある劇団で活動をしていた。

そこに黒龍も後から参加したという流れだ。


「東京に行って俳優を。いや、名俳優を目指すよ」

「・・・うん。ブラゴンちゃんなら、きっとなれるよ」


悲しみの上に貼り付けられた笑顔が、黒龍の決心を揺らがす。


「それでさ。主演が決まったら・・・」

「おーい!そろそろ続きやるぞー」


黒龍の言葉を遮る形で、劇団の座長が呼びかける。


「わかりましたー。それで、なに?」

「え?あー、いいや。また伝える」

「そう?」


あやふやなまま稽古が再開し、続きを伝えることのないまま、この日の練習はお開きとなった。


その後もなかなかタイミングがなく、黒龍はそのまま東京へ旅立った。


新しい挑戦への期待と、伝えきれなかった想いを胸に抱いて。



それから時は流れ。


「ブラックさん!朗報です!!」


とある楽屋で雑誌を読んでいた黒龍の元へ、一人の男が慌てた様子でやってきた。


「主演が決まりましたよ!!!」

「ほんとか!?」


東京に進出して3年。

黒龍の努力が実った瞬間だった。


「はい!これ台本です!」

「おー、本物だ!ありがとな!!」


手渡された台本をパラパラとめくり、ニカっと笑ってみせる。


黒龍のマネージャーにあたる男は、感激からか涙ぐんでいた。



その日の夜。


仕事を終え、家に帰ってきた黒龍は、テーブルの上に置かれた携帯とにらめっこしていた。

その横には、貰ったばかりの台本が置いてある。


『主演が決まったら結婚しよう』


あの日。黒龍が言おうとしていたのは、そんな言葉だった。


結局伝えることが出来ないまま東京に出てきたが、いつかその時が来たら、改めて告白しようと決めていたのだ。


どのように伝えようか。

様々な候補を頭に浮かべ、整理していく。


プルルルル


「おぅ!なんだ!?」


そんな黒龍の思考を遮るように、テーブルの上の携帯が震え出す。


「真白姉?」


偶然か必然か。携帯に表示されていたのは、金海真白の名前だった。


「タイミング良すぎだろ」


運命のような展開に心を躍らせながら、携帯を手に取る。


その先に待っているものが絶望。

一寸先が闇であることなど夢にも思わずに。


「・・・ブラゴンちゃん。私だけど」

「真白姉どうしたの?」

「実はね・・・」


やけに勿体振る真白に、携帯越しの黒龍が貧乏揺りを始める。


「私・・・結婚することになったの」

「・・・・・え?」


真白の思いがけない告白に、黒龍の頭が真っ白になる。


黒龍が東京に進出した後も、ふたりは交際を続けていた。

定期的に連絡を取り合い、休日に会いに行ったこともあった。


ふたりの関係は順調。

少なくとも黒龍はそう思っていた。


「・・・どうして?」

「ごめんね黙ってて。実は、赤ちゃんができて・・・」


(・・・え?今なんて??)


右の耳に響く真白の声が、そのまま左の耳の穴を通って抜けていく。


事実。最近の黒龍は仕事が忙しく、会う回数や電話の時間は減っていた。

それでも、真白は自分を信じて待ってくれていると。そう信じていた。


「・・ざけんな」

「え?」

「ふざけんな!!」


気づくと黒龍は叫んでいた。

自分の声が、どこか遠くにいる他人の声のように聞こえる。


ただ悲しくて。悔しくて。

黒龍は整理のつかない気持ちを吐き出すように、息つく間もなく叫んだ。


「・・・ハァ、ハァ」


頭の中に浮かぶ言葉がなくなり、慣れないことをして疲れたのか、肩で息をする。

聞こえてくる音は、黒龍の乱れた息遣いだけ。


無限にも思えたその静寂を終わらせたのは、


「・・・・・ごめんね」


今にも消え入りそうな真白の声だった。


ツーツーと、電子音が黒龍の部屋に響く。


「くそ!」


行き場を失った怒りを込めて、拳をテーブルに叩きつける。

貰ったばかりの台本が、ぐちゃりと歪に曲がった。



その後、主演のドラマが放送されるも、世間の評価はいまいちだった。

酷評の嵐でもなかったため、悪い意味で目立つこともなく、無数にある作品の中に埋もれてしまった。


精神が不安定なまま撮影に挑んだ黒龍は、失敗は自分のせいだという自責の念に囚われ、俳優業をやめた。


丁度そんな時。

劇団時代の友人に飲みに誘われ、黒龍はとある居酒屋を訪れた。


「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「まあな。ぼちぼちだよ」


決して良好とは言えない現状を濁すように、黒龍は会話を進めていく。


「それにしてもお前、勿体無いことしたよな。真白ちゃんの件」

「あ?なんでお前が知ってんだよ?」

「劇団メンバーなら皆知ってんだろ。なんてったって相手が座長だからな」

「は!?」


驚く黒龍に、「なんだよ知らなかったのか?」と旧友が言う。


「昔から狙ってたらしいぜ。それでお前がいなくなったのを機にグイグイいってさ。これは噂だが、無理矢理ヤッたとかヤッてないとか」

「まじかよ・・・」


黒龍は言葉を失った。


彼の言葉が真実なら、きっかけをつくったのは自分。

その上、真白の電話越しの声や会った時の態度から、そのことに全く気付かなかったことになる。


『才能の違いだね。真白姉は演技下手だから』

『真白姉の白は大根の白だろ』


いつしか言った冗談が、皮肉にもブーメランとなって突き刺さる。


演技の裏の真実。仮面の奥の表情。

真白の本当の気持ちに、黒龍は何一つ気付くことができなかった。


裏切られたと決めつけ。一方的に怒鳴りつけ。彼女のことを遠ざけてしまった。


愛した女の演技にも気付けなくて、なにが名俳優だ。


「もう手遅れか・・・」

「どうした?未練でもあるのか?」

「そんなんじゃねえよ。俺にその権利はねえ」


焼酎の入ったグラスを見つめ、黒龍がポツリと呟く。


彼の中で崩れるなにかを表現するように。

グラスの中の氷がカランと音を立てた。

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