第5話 灯台下暗し


3日目


「風東!てめえ昨日置いて行きやがったな!」

「ブラドラが起きないのがいけないんですよ」

「なんだと〜」


風東の首に黒龍が腕を回し締め付ける。

「やめてくださいよ〜」という言葉とは裏腹に、風東の表情はどこか嬉しそうだ。


「はあ。朝から元気ねあんたたち」

「朝って。もう昼前だぞ」

「昨日考え事してたらなかなか寝れなくて、さっき起きたのよ。あんたは能天気そうでいいわね」

「モテる男は動揺を表に出さないんだよ」


母夏と黒龍が軽口を叩き合い、その様子を火林が後ろから可笑しそうに眺めている。


約束の12時前に再び404号室に集まった4人。

部屋には、それぞれの家から持ち寄った着替えなどの荷物が増えている。


会話を交える4人の心の距離は、以前よりも随分と縮まったように見えた。


「ぶらどら・・そろそろ・・・」


風東の顔が青ざめ、黒龍に腕を解くようお願いするのと時を同じくして。


『同志の皆ご機嫌よう。リア充が居なくなった世界を満喫頂けてるかな?』


テレビ画面にひょっとこの姿が映し出された。


『昨日は顔を出せなくてすまなかったね。どうやら私の居場所がバレたみたいでね。避難をしていたのだよ。いや〜、日本の警察は優秀だね』


アメリカのコメディアンのように、わざとらしく両手を挙げてみせるひょっとこ。

お面によって表情は分からず、声色からもその真意は見えてこない。


『まだ話したいことは山ほどあるんだけどね。そろそろ次のミッションに移ろうか。では』


ひょっとこの話はまたしても一方的に終わり、例のごとくお盆がゆっくりと降りてきた。


「相変わらずカオの見えない野郎だな」

「お面してるんだから当たり前じゃない」

「お姉ちゃん・・・。比喩表現って知ってる?」


黒龍の呟きに天然なツッコミをいれる母夏に、火林が呆れたように溜息を漏らす。


「今度は紙と封筒ですね。僕が読みましょうか?」

「いや。火林ちゃんで頼む」

「えー」


風東から紙切れを奪い取った黒龍が、そのまま火林へと手渡す。

火林は悲しそうな表情を浮かべる風東に向けて、少し申し訳なさそうな顔をしながらも、受け取った紙の内容を静かに読み始めた。


「『ミッション3。資金をオーグメントせよ。生活をする以上お金は必要だ。故に皆の資金運用能力を確かめたい。今回は封筒の中にお金を用意した。それを上手に運用して欲しい。明日の昼12時の時点で減っていた場合はペナルティを課すこととする。尚、今回はドアのロックは初めから解除されている。では、同志たちの武運を祈る』だそうです」


「今回はやけに現実的ね」

「博打なら俺の出番だな」


黒龍が紙切れと一緒に置いてあった封筒を丁寧に破ると、4枚の一万円札が顔を出した。


「4万ってことは1人1万の計算だな。どうする?俺が1人で増やしてきてもいいが・・」

「あんた絶対ボロ負けするタイプでしょ。私にも寄越しなさい」


黒龍の手から、母夏が一万円札を1枚抜き取る。


「風東と火林ちゃんはどうする?」


黒龍に名指しされた2人は、暫し迷った後、同じ答えを口にした。



「別に文句を言うわけじゃないが、何か策があるのか?」


出掛ける準備を整えた黒龍が、主に火林の方を見て言葉を紡ぐ。


「風東はともかく、火林ちゃんは未成年だろ。一応言っておくが、自分を売るような真似はするなよ」

「火林がそんなことするわけないでしょ!」


売春をほのめかす黒龍の発言に、母夏の激しいツッコミが飛ぶ。

当の本人である火林は、言葉の意味が分からないのか、とぼけた顔をしていた。


「ああ、そうだ。何かあった時の為に連絡先を交換しとくか」


黒龍の提案で、それぞれスマホを取り出す4人。

程なくして、4人で会話が出来るグループが完成した。


「じゃあ行ってくるな」

「頑張ってください!」

「火林。何かあったらすぐ連絡するのよ」

「もう分かったから」


執拗に確認を取る母夏を火林が適当にあしらい、部屋の外へと追い出す。


こうして、フォーマンセルは再び二手に別れた。




秋春黒龍 南冬母夏 側


「よかったのか?」


404号室から続く廊下を歩きながら、黒龍が何気ない感じで母夏に問う。


「・・・昨日コンビニに行ったのよ」


脈絡が感じられない母夏の返しに、黒龍は黙って続きを待つ。


「そこにちょっとした因縁がある店員がいたんだけど、その人もリア充爆発事件に巻き込まれたみたいで・・」

「事の重大さを実感したってわけか」

「そう。本当にあのひょっとこが犯人なら、ミッションをクリアすることが事件の解決に繋がると思うから」


母夏の主張を聞き終えた黒龍は、少し考える素振りを見せた後、こう続けた。


「南冬さんって意外と真面目なんだな」

「なによ意外って。もしかして惚れた?」

「それはないな。俺は無類の年上好きだ」

「あなたの年上って。もう婆さんじゃない」

「なんだとー」


軽口を叩きながらも笑い合う2人。

その様子は、側から見れば年の離れた兄妹のようで、とても親密な間柄に見えた。


「結果として風東と火林ちゃんが2人きりになったのは良かったのか?」

「あー、もちろん良くはないけど。あの男に火林を襲う度胸はないでしょ」

「それは言えてるな」


風東の顔を思い浮かべ、黒龍が苦笑いを浮かべる。

ゆっくりとした2人の歩みが、エレベーターまで辿り着いた時。


「あっ、人がいる!」

「もしかしてGODに入った同志ですか?」


チーンという音と共に丁度止まった、下降方向のエレベーター。そこに乗っていた、若い男女ペアに声を掛けられた。




赤西風東 北山火林 側


(何を話せばいいんだ・・・)


黒龍と母夏が部屋を後にし、404号室に残ったのは風東と火林のふたり。


黒龍の存在もあり、いつもより饒舌になっていた風東だが、彼はれっきとした引きこもり。

元々のコミュニケーション力の低さに加え、女子高生と密室に二人きりというこの状況。


彼が、一言も発さずに立ち尽くすだけの人型のオブジェクトになることは、ある意味必然だといえるだろう。


「・・・やっぱりそうだよね」


対する火林は、風東の心の中の葛藤など何処吹く風といった様子で、例の紙切れに書かれた文言を指でなぞり、何やら呟いている。


「・・どっ・・・どーかしたの!?」


やっとの思いで発せられた風東の声は、緊張からか吃ったうえに上擦っており、火林が可笑しそうに口元を隠して笑う。


「赤西さんって面白いですね」

「えっ!?そうかな」


突如褒められた風東の顔が、歪な形ににやける。


「それで、どうかしたの?」


自分の顔が気持ち悪くなっていることを、長年の経験から察した風東が、話を戻そうと試みる。


「はい。このミッションなんですけど・・・」


真面目な口調で自論を展開する火林。


学校の先生のような火林の解説風の説明は、テンパる風東の脳でも理解できる程に解りやすいものだった。




秋春黒龍 南冬母夏 側


「それじゃあ二人で円周率100桁暗記したのか」

「そうなんですよ。頭が爆発するかと思いました・・・」


黒龍の問いかけに答えるのは、エレベーターで乗り合わせた男女ペアの男の方。

エレベーターで一階まで降りてきた4人は、エントランスで雑談を交わしていた。


彼らのフォーマンセルの内、2人は早々に帰宅。ここまで残りの2人だけでミッションをこなしてきたらしい。


「違ったらすまないが、もしかして2人はカップルか?」


2人を交互に見て、黒龍が問いかける。

言われてみると、距離感がやけに近いように感じられた。


「はい。まだ付き合って一ヶ月ですけど」

「そうか。爆発してないカップルもいるんだな」

「なにか条件があるのかもしれませんね。いつ意識がなくなるか分からないんで、ビクビクしてますよ」


そう言って笑ってみせる男だったが、目の下の隈から疲労が見て取れる。


眠ってしまうと二度と目が覚めないかもしれないという不安から、睡眠不足なのかもしれない。


「その条件を探るために加入したってとこか?」

「そうです。条件さえ分かればこんな組織速攻で抜けてやりますよ」


冗談のように言っているが、その笑顔の裏にはひょっとこへの恨みが隠されているように見えた。


「そうか。まあお互い頑張ろうや」

「はい。僕たちは505号室なんで。なにか分かったら教えてください」


「それじゃあ」と、一言残して、男が外へ向かう。

少し遅れて、母夏と話していた女の方も、会釈をして後を追いかけていった。


「俺も行くかな。南冬さんも一緒に行くか?」

「私は別行動するわ。秘策があるからね」

「へぇー、それは楽しみだ」


そんな会話を最後に、ふたりは出口を抜けて、別々の方向へ歩み始めた。


このミッションの穴に気づかないまま。




午後8時


「ただいまー」

「ブラドラお疲れっす」

「お疲れ様です」

「遅かったわね」


404号室に帰ってきた黒龍を3人が迎え入れる。

それは仕事から帰ってきた父とその家族のようで、温かい空気が流れていた。


「南冬さんはもう帰ってたのか」

「・・・そうね」


どこか歯切れの悪い母夏の返しに、怪訝な表情を浮かべる黒龍だったが、「結果はどうでしたか?」と尋ねる風東の声によって、その顔を満面の笑顔へと変化させた。


「ばっちりだよ。ほら」


机の上に、ポケットから取り出した2枚の紙を置く。

その正体は2枚の一万円札だった。


「おー、さすがブラドラっす」

「まあ俺は持ってる男だからな」


鼻高々に胸を張り、絵に描いたようなドヤ顔をみせる黒龍。

その様子を眺める母夏の表情は、やはりどこか優れない。


「南冬さんはどうだった?」

「・・・・・」


無言のまま封筒を机の上にそっと置く母夏。

嫌な予感を覚えながらも、恐る恐る封筒に手を伸ばす黒龍。


「まじか・・・」


自称持っている男。黒龍の予感は見事的中。

封筒の中身は清々しいほどの虚無。空であった。


「大敗にもほどがあるだろ!?」

「しょうがないでしょ!気づいたら無くなってたのよ!」

「秘策があったんじゃなかったのか!?」

「『パチンコ必勝法』って書いてるサイトがあったのよ!」

「そんなの真に受けたのか!俺がボロ負けするタイプだなんだ言ってたのは誰だったっけ!?」


黒龍と母夏の収支はプラスマイナス0。

つまり、ミッションの結果は風東と火林の働きに委ねられたわけだ。


「そうだ。お前らはどうだったんだ!」


食い気味に尋ねる黒龍に、風東と火林は互いに目配せをした後。


「それなんですけど・・・」


火林が代表して口を開いた。




翌日 昼


「ミッション達成・・・みたいだな」


再び昼の12時を迎えようかという時。

『ここにお金を入れてね!』といった言葉と、おちゃらけた絵文字が書かれた箱を乗せて、例のお盆が降りてきた。


それにを入れるとお盆は回収され、暫くするとテレビ画面に『おめでとう』という安っぽいフォントが表示されたのだった。


「火林ちゃんのいう通りだったみたいだな」

「確信はなかったので安心しました」


胸の前に手を置き、文字通り胸を撫で下ろす火林。


彼女の仮説は次の通りだった。


今回のミッションは資金をオーグメントすること。

オーグメントとは英語で言う(augment)のことであり、日本語に直すと、増大させる・増やすなどといった意味だ。


しかし、文章には『資金運用能力を確かめたい』『上手に運用して欲しい』とだけ書かれており、具体的な数字は明記されていなかった。


さらに、ペナルティは金額が減っていた場合のみ。


つまり、現状維持はセーフである可能性が高いと、火林は推測したのだ。


『正解は沈黙』

どこかで聞いたことのあるこの台詞が、今回のミッションにはぴったりだったようだ。


そして時計の針は再び真上で重なり。


『三度こんにちは。皆のアイドルひょっとこだよ!』


安っぽいフォントに変わって、ひょっとこの顔がテレビ画面に表示された。

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