第3話 朝起き千両夜起き百両


1日目


「で。どうする?」


ひょっとこの話が終わり、訪れた沈黙を破ったのは、秋春黒龍だった。


「どうするもこうするも、帰るに決まってるでしょ。あんたたちと火林が共同生活とかありえないから!」


「行こ!」と、火林の手を引いて部屋を出ようとする南東母夏。


ガンッ


しかし、その目論見は、あまりにもシンプルなギミックによって失敗に終わった。


「え!?開かないんだけど!!」


母夏が部屋の扉を力いっぱいに押しては引いてを繰り返すが、ドアはピクリとも動かない。


「自動ロックだろうな」


非常事態にも全く動じず、黒龍が推理を口にする。


「監禁されたってこと!?」

「まあ正確には軟禁だな」

「そんなのどっちでもいいわよ。なんでそんなに冷静なの!」

「まあ、俺は興味本位で来てるからな」

「なにそれ。信じられない・・・」


黒龍の楽観的な言動に、母夏が呆れたように溜息を漏らす。


「さすがブラックドラゴン!漢だ」


若干引き気味の女性陣とは打って変わり、風東は黒龍に羨望の眼差しを向けていた。


「ミッションとやらをするしかないみたいだな」


さきほど天井から降りてきたお盆のようなもの。

その上に乗っていた紙切れを黒龍が手に取る。


「何か書いてるみたいだな。嬢ちゃん読んでくれるか?」

「え?私ですか?」

「ああ。女の子の声の方が内容が入ってくるんだよ」

「はあ。別に構いませんけど・・・」


少し怪しみながらも、素直に受け取った火林が「んん」と、喉の調子を整えて朗読を始める。


「『ミッション1。パズルをアンドゥせよ。白い箱の中にジグソーパズルを用意した。それを本来の形。完成形へ戻してほしい。制限時間は明日の昼12時だ。尚、パズルが完成した時点でドアのロックは解除される。では、同志たちの武運を祈る』だそうです」


「パズルねぇ〜」


火林の朗読を聴き終えた黒龍が、紙と一緒に置いてあった白い箱を手に取る。

封を切り、中身を机の上に出すと、何も印刷されていない真っ白なピースが姿を現した。


「何これ?何も書いてないじゃん」

「ミルクパズルってやつだな。ピースの形だけで完成させる特殊なパズルだ」

「ふーん。まあ1日あれば余裕でしょ」


「さっさと終わらせて帰りましょ」と、母夏がピースを手に取り、他の3人に呼びかける。

軟禁状態である状況を含め、断る理由もなく。4人がそれぞれ机を囲むように配置についた。


第一のミッションとして与えられたジグソーパズル。


しかし、この時点では誰も気づいていなかった。

ミッションの本当の意図に。




午後8時


「あ〜もう!!なんでハマんないのよ!」


パズル開始から既に8時間が経過。

しかし、机の上のピースは、未だバラバラに散らばっていた。


「何だよ。全然進んでねえじゃねえか。手伝ってやろうか?」

「うっさいわねエロオヤジ。あんたの手なんか借りる必要ないわよ」

「まだそんなこと言ってんのかよ・・・」


怒る母夏と呆れ顔の黒龍。

二人の間には、目に見えない心の壁があるように感じられた。


「まだあんたのこと信用してないからね。男なんてみんなケダモノなんだから」

「まったく・・・。そんな頑固だから恋人もできないんだよ」

「それはあんたも同じでしょ。そんなんだから結婚できないのよ」

「なんだと」

「なによ」


些細なことでいがみ合う二人を前に、風東と火林の二人が揃って溜息を漏らす。


どうしてパズルが一向に進んでいないのか。

剣呑な雰囲気の理由とは。


その答えを語るために、時は少し前に遡る。




午後1時


「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。これから一緒に暮らすわけだし、ここらで自己紹介でもしておこうや」


机に向かう黒龍が、他の3人に向けて提案する。


ひょっとこの説明を聞き終えた後、ジグソーパズルを解き始めた4人。

外側から完成させようという思惑のもと、この時点ではピースの仕分け作業を進めていた。


「まだ一緒に暮らすと決まったわけじゃないけどね。隙があればこんなとこすぐに抜け出してやるんだから」

「俺としては継続できない可能性もあるから残って欲しいが、安全が保障できない以上強要はできないな」


困ったように苦笑いを浮かべながらも、さらりと自分の意見を混ぜ込む黒龍。

その言動からコミュニケーション力の高さが伺える。


「それじゃあ俺から始めるか。俺は秋春黒龍。一応ブラックドラゴンという名前で活動している。まあ、今してるのはラジオパーソナリティくらいだけどな」 

「ブラックドラゴンのオールビット0。俺、毎週聴いてますよ!」

「本当か?それは嬉しいなあ」


風東の言葉に黒龍が爽やかな笑みをこぼす。


「お便りもちょくちょく送ってますよ。『風呂アロマ』わかりませんか?」

「うわ!お前が風呂アロマか。なんだよ。ホスト風のスカした野郎かと思ったら、むしろ逆じゃねえか。如何にもニートって面だな」

「ブラドラの生ディスだ!嬉しすぎる」


ファンのリアクションをとる風東に、完全に置いていかれた女性陣は、困ったように顔を見合わせた。



「北山火林。高校3年生です。よろしくお願いします」


火林を最後に自己紹介は一周。場を仕切っていた黒龍がわざとらしく咳払いをし、言葉を続ける。


「南冬さんに火林ちゃんに風呂アロマだな。これからよろしく」

「リアルで風呂アロマはちょっと・・・」

「そうか?それなら女子風呂マニアにしとくか」

「風呂アロマでお願いします」

「冗談だよ」


「よろしくな風東」と笑いながら肩を叩く黒龍。

その様子を眺めていた母夏が、風東に続いて抗議の声をあげる。


「ちょっと。火林ちゃんって慣れ慣れしいんじゃない?」

「そうか?別に普通だろ。火林ちゃんが嫌ならやめるけど」

「私は別に大丈夫です」


「だってよ」と、勝ち誇ったような顔で母夏を見る黒龍。


一方の母夏は悔しそうな表情を浮かべた後、言葉を続けた。


「火林気をつけなさいよ。このおっさんからはいやらしい匂いがするから」

「おいおい。言いがかりはよしてくれよ。あんまり過保護にしすぎると嫌われるぞ」

「余計なお世話です〜」


「べー」と舌を出す母夏を前に。


「どっちが姉か分からんな」


と、黒龍はもっともな感想を呟いた。




午後2時


雑談を交えつつピースの仕分け作業を進めること2時間弱。

仕分け自体はほぼほぼ終了し、いよいよ外枠を作っていこうかという頃。


事件は起きた。


「火林ちゃん。そこのピース取ってくれるか」

「これですか?」


黒龍の指示のもと、ピースを手に持つ火林。


そのタイミングを見計らったかのように、奴は再びやって来たのだ。


「キャー!!!」


部屋全体に響く火林の悲鳴。

その原因は一目瞭然。机の上に突如現れ、ピースの隙間を這い回る漆黒の完全生命体Gだった。


そして不幸というものは重なるもので、


「アッ!」


パニック状態の火林の手が、母夏がコンビニで買ってきていたペットボトルに当たり、その中身が机の上を侵食し始めた。


「おっと。風東、タオル頼めるか」

「え、あっ、はい」


緊急事態をいち早く察した黒龍が倒れたペットボトルを持ち上げ、風東に的確な指示を飛ばす。


その後、近くにあった灰皿を利用してゴキブリを確保すると、手際よく窓から外へ逃した。


「大丈夫かい。火林ちゃん」

「はっ、はい。取り乱してすみませんでした」


火林が心底申し訳なさそうに頭を下げる。


「全然大丈夫だよ。ピースもプラスチック性でおそらく耐水だしね」


「そうだろ?」と確認を入れる黒龍に、風東が「はい。無事みたいです」と、ピースを拭きながら答える。


「南東さんも大丈夫みたいだな」

「・・・なによ。ゴギブリを退治したくらいでいい気にならないでよね」

「なんだよ。いい大人がツンデレか?」

「そんなんじゃないわよ」


母夏の人を寄せ付けない態度に、さすがの黒龍もへそを曲げたのか、顔をしかめ言葉を吐き出す。


「第一。飲み物を開けっ放しで置いとくなよな」

「丁度タイミングが悪かっただけでしょ。普段は閉めてるわよ」

「それでも過失を認めて謝るのが大人だろ」

「でたでた。自分の常識を押しつけるのが大人の悪いところよね」


互いに意見を曲げず、部屋の空気はどんどんと重くなっていく。


「じゃあわかったわ。責任をとって、このパズルは私ひとりで完成させるわよ」

「おう、そうか。あとで『やっぱ無理でした』とか泣きつくんじゃないぞ」

「そんなことしないわよ」


「なんなのよ」と、ぶつぶつ文句を垂れながら机に向かう南冬母夏。


こうして、高難易度で有名なミルクパズルを、母夏が一人で解くことになったのだ。


そして、時は現在に戻る。




午後10時


「もうやめた!」


手に持っていたピースを机に放り出し、投げやりに言葉を吐く母夏。


「なんだよ。結局投げ出すのか?」

「そう解釈したいならそうすれば。そもそも、なんであのひょっとこの言いなりにならなきゃいけないのよ。続けたいならあんたたちで勝手にすれば。私はもう寝る」


話を一方的に切り上げ、ベッドへと向かう母夏。


「火林ちゃんも眠いんじゃない?」

「え?」


黒龍に突然名指しされた火林が、背筋をピンと伸ばす。


「さっきからウトウトしてたから眠いのかと思ってさ」


事実、火林は前日も遅くまで勉強しており、更に今日の朝は学校に登校していた。

そして、その後に続いた怒涛の非日常。


疲れが出て眠くなるのも無理はなかった。


「あんたたちのとこに火林をおいて寝れるわけないでしょ。火林も一緒に寝よ」

「だとよ」

「でも・・・」


申し訳なさそうに風東と黒龍の顔を見る火林。

しかし、母夏に手を引かれ、結局寝室へと消えてしまった。


「あんたたちは入ってこないでよ」


姉の捨て台詞を残して、戸がピシャッと閉められた。




午前6時


「・・・・・ん」


視界に飛び込んできたいつもとは違う天井に、覚醒した意識が警戒心を強める。


「火林?・・・ああ、よかった」


隣のベッドで制服姿のまま眠る女子高生。

妹である北山火林の姿を確認し、姉である南冬母夏が安心したように一息つく。


いつもと違う環境のせいか眠りが浅く、早くに目覚めてしまった母夏。

渇いた喉を潤すため、寝室を抜ける。


「・・・なによ。完成してないじゃない」


昨日の夜、途中で投げ出したシルクパズルは、その時よりは遥かに完成形に近づいていた。

もう少し時間があれば、完成できる程度に仕上がっている。


そして、ここまで作り上げたであろう男性陣は、椅子に座ったまま机に突っ伏して眠っていた。


「・・・・・」


二人の姿をしばらく黙って見つめた後、母夏は静かに空いている椅子に腰を下ろした。




午前10時


「・・・できた」


ポツリと小さく呟く南冬母夏。

視線の先には、きっちりとした長方形に戻ったミルクパズルがあった。


「完成したみたいだな」

「うわ!びっくりした」


先ほどまで眠っていたはずの黒龍の声を受け、母夏が悲鳴に近い声をあげる。


「起きてたの?」

「まさか。4時間も寝たフリするわけないだろ」

「悪趣味な男ね。少なくとも私が起きた時には起きてたってことじゃない」

「おっと。口が滑ったな」


「ハハッ」と渇いた笑みを浮かべる黒龍に、母夏が呆れたように溜息をこぼす。


「なんでそんなまわりくどいことしたの?」

「昨日のツンデレ発言の前。ちょっと沈黙があっただろ」

「・・・ツンデレじゃないけどね」


ツンデレであることは否定しながらも、沈黙については触れない母夏。


「それに、南冬さんが火林ちゃんのこと以外で怒ったのは初めてだったからな。何か原因があったと思って考えたんだ」

「・・・それで?」

「あの時、俺は風東にタオルを持ってくるように指示して、俺自身は灰皿を手に取ってゴキブリの確保に動いた。のに、だ」


黒龍の言う通り、灰皿は母夏の手元に置かれており、タオルは彼女の後方にある簡易的なキッチンにあった。


「そんな俺の言動から、女性軽視。もしくは南冬さんのことを低く見ていると感じたんじゃないか?」

「・・・・・」


黒龍の言い分に対して何も言い返さない母夏。

その沈黙が、指摘の肯定を示していた。


「俺からしてみれば、全く逆のレディファーストからくる判断だったんだがな。こればっかりは受け手がどう取るかが正解だからな」

「確かに私の早とちりだったかもしれないわ。ごめんなさい」

「謝ることはないさ。ここからは俺の推測だが、過去になにかあったんじゃないか?」

「それは・・・」


弱々しく呟き、俯く母夏。


「話したくないなら話さなくていいさ。俺にも話したくない過去なんて腐るほどあるからな」

「そう言ってくれると助かるわ」


悲しい顔の上に貼り付けたような笑顔。


初めて見るその表情に、黒龍は困ったように笑った後。


「風東、起きろー」


未だ眠り続ける風東の肩を揺さぶり、眠りを覚まそうと試み始めた。


まるで、自分の過去へと話が流れることを危惧しているかのように。

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