第2話 同じ穴の狢


とある男の家


都心から少し離れた場所に建てられた一軒家。

その屋内の洗面台に設置された鏡には、一人の男の姿が映っていた。


ウィーン


髭剃りで髭を剃る機械音が家の中に響く。

全身灰色の寝間着から全身真っ黒のジャージへ。


如何にもニートといった風貌から、休日の大学生のような見た目へと変化した男。

赤西風東は、SNSで拡散されていた『GOD』なる組織に興味を持ち、面白半分で申し込みを行っていた。


その結果とある場所へと招待を受け、悩んだ挙句、その誘いに乗ることにしたのだった。


「・・・・・よし」


髭剃りの音が止むのと同時に、風東は肩掛けの小さなバッグと共に家を出た。


まるでコンビニにでも出かけるかのように。

これから大混乱に巻き込まれるなど、夢にも思わずに。




南冬母夏のアパート


「これでいいの?」


義理の姉である母夏のアパートへとやってきた火林が、スマホの画面を見せながら尋ねる。


母夏の提案によって、『GOD』なるものに参加することになった火林。

彼女自身そこまで乗り気ではなかったが、母夏の熱意と単純な好奇心から、話だけでも聞くことにしたのだった。


しかし、申し込みにはSNSのアカウントが必要らしく、そういったものに疎い火林は、姉の住むアパートへと足を運んだという流れだった。


「うん。ばっちり。これを機に火林も始めれば?『マター』面白いよ」

「私はいいよ。勉強もあるし」

「えー。楽しいのにー」


姉の勧誘を適当にあしらい、作成したアカウントを使い、申し込みを進めていく。

記載内容は性別や年齢などといった情報が主で、さほど怪しいものは見当たらなかった。


「・・・なにこれ?」


これまで淡々と入力作業をこなしていた火林の手が、ピタリと止まる。


『あなたはリア充をどう思いますか?』


質問事項の最後。

唯一、文章で書かせる形式のこの問いに、優等生である火林は即答することができなかった。


「お姉ちゃんは最後のこれ。なんて答えたの?」

「えーと。『爆発させてごめんなさい』って」

「どういうこと?」


真面目かボケかよくわからない姉の発言に、火林が怪訝な表情を浮かべて説明を求める。


「神様が私の願いを気まぐれで叶えたのかもしれない」などと言ってしまうと、姉の尊厳が失われてしまうと判断した母夏は、


「何を隠そう。リア充を爆発させたのは私なのだ」


張れているのかもよくわからない見栄を張ってしまい、


「お姉ちゃん・・・それは笑えないよ」

「だよね!冗談だよ。冗談!」


結果、妹からの好感度は下がる結果となった。




とあるビルの前


「ここか・・・」


手元のスマホに表示された地図と目の前のビルとを見比べて、秋春黒龍がポツリと呟く。


SNS上で拡散されていた、とある呟き。

『GOD』や『インキャ同盟』などと称されている、組織のようなものへの勧誘。


その内容を怪しんだ黒龍は、自らその真偽を確かめるべく誘いに乗り、申し込みを行った。


その後、確認画面と共に位置情報が送られ、その場所へ足を運んだ。という流れだった。


『あなたの部屋番号は「404」です』


確認画面の一番下に記載された文を最後に確認し、黒龍はビルへと歩を進める。


大人としての正義感と、子どもとなんら変わらぬ好奇心を胸に抱いて。




とあるビル 404号室


「ここ・・・だよな」


スマホに表示された確認画面と、部屋番号を見比べて、全身ジャージ姿の赤西風東が呟く。


(開いてるのか?開いてなかったら帰ろうかな・・・)


などと考えながら力を込めると、幸か不幸か扉はいとも簡単に開いた。


「・・・おじゃましまーす」


部屋には誰もおらず、目につくものといえば大きい机が一つ。

奥にはもう一つ寝室と思われる部屋があり、その他には真っ黒なソファと冷蔵庫などといった、生活に最低限必要な家具が設置されていた。


「なかなか豪華だな」


引きこもりのニートが絞り出した感想は、そんなありふれたものだった。


ソファに腰掛け、一息ついたところで、風東の脳裏に一つの心配事が浮かび上がる。


(・・・まさか泊まりじゃないよな)


部屋の内装から考えるに、ここはビジネスホテルか何かだろう。

思い出してみると、そのような看板があったような気もする。


「もうすぐ時間だしな・・・」


一度帰って荷物を取って来ようかとも考えたが、集合時間として書かれていた12時まで、もうあまり余裕がない。


不安を貧乏ゆすりで表現しながら、赤西風東は非日常の到来を待つことにした。




同室


(なんで男の人が・・・)


突如現れた正体不明の来訪者に、トイレの中の北山火林は動揺を隠せずにいた。


姉である南東母夏に連れられてビルへとやって来た後、指定された404号室で待機していたのだが、連れ出した張本人である母夏は喉が渇いたと言い出してコンビニへ。


真面目な性格である火林は、姉がいない間に話が進んではまずいと判断し、一人待機することにしたのだった。


そんないつもと違う環境の中でも、いつもと変わらず訪れた生理現象に従い、部屋に備え付けられたトイレに入ったタイミングで、謎の来訪者が現れたのだ。


(お姉ちゃんの知り合い・・・じゃないよね)


混乱に乗じた不審者である可能性も考慮して、火林は警戒を強めていた。


それ故に彼女は気づかなかった。

背後に迫る黒い影に。


カサカサと不気味な音を奏でるあいつに。




とあるビル四階 廊下


「よんまるに。よんまるさん」


部屋のドアの上部に書かれた部屋番号を順番に見て回りながら、秋春黒龍は廊下を歩いていた。


「ここか」


突き当たりに目的の部屋を見つけ、ドアを開こうと手を伸ばしたその時、


「ちょっと!そこのおっさん何してんの!?」


少し震えた女性の声が廊下に響き、黒龍の手は既のところで止まる結果となった。


「私がいない間に火林をどうするつもり!?」

「かりん?なんのことだよ」

「とぼけても無駄よ!火林の可愛さに我慢ができなかったんでしょ。気持ちはわかるけど犯罪よ!」

「だからなんの話だよ!」


飲み物を片手に持った南冬母夏と秋春黒龍が、噛み合わないコントのような会話を繰り広げていると。


「キャー!!!」


部屋の中から、母夏よりも少し高い女性の悲鳴が聞こえてきたのだった。




404号室


「キャー!!!」


女性の悲鳴と赤西風東がトイレのドアを開こうとしたのは、ほぼ同じタイミングであった。

しかし、その悲鳴の原因は彼ではなく、漆黒の完全生命体『G』だったのだが。


「ごっ、ごき!!助けて!?!」

「え!誰?何!?」


しかしそんな背景など全く知らない風東は、誰もいないと思い込んでいた部屋のトイレから突如女子高生が現れるという非常事態に、理解が追いついていなかった。


漆黒の完全生命体によってパニック状態の北山火林。彼女の存在によってパニックを起こす赤西風東。


そんな二人を嘲笑うかのように。

奴が二人の間を駆け抜ける。


「イヤー!!!」


漆黒の生命体から避けるために、片足をあげる火林。

それを読んでいたかのように。まるで格ゲーのプロさながらの動きで、奴が彼女の軸足目掛けて床を這う。


「きゃっ!」


その結果、彼女の体のバランスが崩れるのはある意味必然で。


「ちょっ!」


漆黒の生命体の動きに合わせて右往左往していた風東の元へ、火林は倒れ込んだ。




同室


「火林!どうしたの!?」


北山火林が赤西風東へ倒れこむのと、南冬母夏と秋春黒龍が404号室のドアを開けたのは、ほぼ同じタイミングであった。


恋のキューピットと呼ぶには、見た目が少々不気味な漆黒の完全生命体の姿は既に無く、部屋に残されていたのは、女が覆いかぶさる形で抱き合う男女。


「なっ!なにしてくれとんじゃあああ!!!」


コンマ何秒の世界で妹の危機を察した母夏が、火林を風東から引き剥がし、抱きしめながら叫ぶ。


「いやいやいや!僕は何もしてないですよ!!」


右目と左目が3つずつに見えるほど、高速で首を振る風東。

しかし依然興奮状態の母夏は、子犬を天敵から庇い威嚇する親犬のように、風東を威嚇し続けている。


「これだから男は嫌なのよ。どいつもこいつもケダモノみたいに」

「だから誤解ですって。その女子高生が突然トイレから飛び出してきたんですよ!」

「なんで火林がトイレから飛び出すのよ!あなたが脅したんじゃないの!?」

「だから僕は何もしてませんって」


火林は漆黒の完全生命体の恐怖からいまだ抜けられずに震えており、風東と母夏が先の見えない口論を続ける。


「ちょっといいか?」


いつまでも平行線かと思われた話を遮ったのは、先ほどから黙って行く末を見守っていた黒龍だった。


「まあ一旦落ち着いて状況を整理しようや」

「そんなこと言って、あんたも火林を狙ってんでしょ!」

「だから違うって。俺の好みは年上だから」


「はぁ」と、芝居がかった大袈裟な溜息をついた後。黒龍は、名探偵が推理を披露する時のような素振りでこう続けた。


「まず、そこの坊主の言い分だが。嬢ちゃんが覆いかぶさる形だったことから、事実と判断していいだろう」

「・・・まあ、確かに」


黒龍の言い分が的を得ていたことと、抱きしめる火林が怯えながらも頷いていることから、納得せざるを得なくなった母夏。


その様子を見ていた風東が「ほれ見たものか」と、心の中で母夏に向かって舌を出す。


「それから、嬢ちゃんがトイレから飛び出した理由だが。怯えてるところから嬢ちゃんが苦手なものが現れたと考えるのが妥当だろう。まだ昼間だから心霊関係の可能性は薄いし・・・虫とかか?」

「っ!?」


黒龍の言葉で漆黒のGの姿を思い出したのか、火林の肩がビクッと震える。


「お!ビンゴみたいだな。思い出させちゃってごめんよ」


柔和な笑みを浮かべて侘びを入れる秋春黒龍。

彼を眺める3人のリアクションは、正に三者三様だった。


トラウマを思い出して耳を塞ぐ北山火林。

一体何者だと驚く南冬母夏。


そして、もう一人の男。


「あのー。まさかとは思うんですけど・・・。もしかしてブラックドラゴンですか?」

「お、坊主。若いのに俺を知ってんのか?」

「・・・・・これは夢か?」


赤西風東は、嬉しさのあまり現実逃避を始めた。




12:00


部屋に飾られた壁時計の針が、真上で揃うのと時を同じくして。


『憂鬱な憎まれし者たちよ。よくぞ集まってくれた』


備え付けのテレビが勝手に起動し、ひょっとこの面を被った、おそらくは男の姿が映し出された。


明らかな変化に、会話を交わしていた風東と黒龍は口を閉ざし、画面に視線を送る。


『「非リア充」「隠キャ」「オタク」。今日ここに集まってくれた皆は、リア充どもにそう呼ばれ、虐げられてきた者たちだろう。まるで違う生物を見るかのような猟奇の目。踏みにじられた心。その痛みを思うと私の胸も苦しくなるというものだ』


画面の前の人に向かって同情を示すように、うんうんと大袈裟に頷いてみせる。

真面目な口調と暗い内容を、ひょっとこの面が絶妙に調和していた。


『こちらの苦しみなど露知らず、人生を謳歌するリア充ども。その無責任な言動に「リア充爆発しろ」と願った者も少なくないだろう』


そこで一つ間を置いたかと思うと、ひょっとこはテレビの画面いっぱいに近づき、こう続けた。


『だから俺が代わりに爆発させることにした』


お面の下で笑ってるのか、ひょっとこの面が微かに揺れている。


『皆も既に知っていると思うが、今都内各所で意識不明者が続出している。何を隠そうこの混乱を起こしたのは私だ。ここに宣言する。1週間後やつらは全員爆発する』


淡々とした口調で語られた衝撃の事実。


12月25日。

この日、リア充の余命宣告がなされた。


『前置きが長くなってしまったが、ここからが本題だ。今日、皆に集まってもらったのは他でもない。リア充が消えた世界でも社会が回るかのテストをしたいのだ。これからリア充どもが爆発するまでの1週間。皆には今同じ部屋にいる者と4人1組のフォーマンセルを組み、1日1つミッションに挑んでもらう』


手品師が手品の説明をする時のように、淡々と話すひょっとこ。

その妙なアンバランス感が、内容とは裏腹にシュールな世界を演出していた。


『我々は今日からインキャ同盟GODだ。リア充が爆発した後。我々の手で最終的には国。すなわち、ネーションを建てたいと考えている。その為に必要な頭。すなわち、キングはひとまず私が務める。必要とあれば頭は変わっても構わない。ここにいる皆で新たな世界を創造しようではないか』


仰々しいセリフを言い終わると、ひょっとこは画面には映り込んでいない手元で、キーボードを打つような動作を始めた。


ウィーーーン


それとタイミングを同じくして、風東たちのいる部屋の天井の一部が開き、お盆のようなものがゆっくりと下がってきた。


「キャ!」


それにいち早く気づいた火林が、漆黒のGと勘違いしたのか小さく悲鳴を漏らす。


『たった今。1つ目のミッションを放った。制限時間は明日の昼正午。それまでの外出は一切禁止とさせてもらう』


風東たちの視線の高さまで降りてきたお盆の上には、白い箱と一切れの紙が載っていた。


『最後に一つ。部屋のものは自由に使って貰って構わないし、試験さえこなしてくれれば、それ以外の時間は何をして貰っても良いが、二つだけ制約がある。一つは毎日昼の正午には部屋にいること。もう一つは・・・リア充にならないことだ』


少し間をあけて、真剣な声色で放たれた言葉。

ひょっとこの下から漏れ出す狂気じみた雰囲気に、赤西風東と秋春黒龍が思わず唾を飲み込む。


「ちょっと待ちなさいよ!黙って聞いてたら好き勝手言って。そんな話、誰が乗ると思って・・・」

『話は以上だ。武運を祈る』


南冬母夏の抗議の声はひょっとこには届かず、テレビ画面は一方的に消された。

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