最終話 先輩と後輩

■■■


文化祭が終わった、次の日_


_帰ろうと校門を出た瞬間、あたしの名前を呼ぶ声がした。


「…ッあたえ!!」

「…え…」


声の主の方を振り返ると、そこには_


_制服姿の「彼女」がいた。


「何で…!?」

「森女の文化祭で見かけて…LINEもブロックされてたし、迷惑だってわかってるけど…」

「でも、もう1度どうしても話がしたくて…!」


真剣ながらも焦りを滲ませた表情で、彼女が見つめてくる。こんなにあたしのことで必死な彼女の姿なんて、初めて見た。

きっと、半年前の自分なら泣いて喜んだだろう。


「…あのさ、あたしはもう…」

「_先輩ッ!」

「もっちー…!?」


ユキが、あたしを庇うように彼女とあたしの間に立った。

走ってきたのか、息が上がっていて肩も上下している。


「…悪いですけど、この後あたえ先輩と約束あるので」

「先輩、行きますよ」


ユキが、あたしの腕を掴んだ。

そのまま歩き出そうとするあたし達を引き止めるように、彼女が声を上げた。


「あっ…待って!これ、私の連絡先」


彼女が、あたしの手に握らせるようにして小さなメモを渡してくる。

勢いのままにそれを受け取ると、ユキがあたしの腕をグイッと強めに引っ張った。


「痛っ…もっちー!」


そのままユキに引きずられるようにして、あたしはその場から立ち去った。

不安そうな顔をした「彼女」の視線に、少しの罪悪感を感じながら_



無言で歩いていたユキが、街路樹の近くで足を止めた。

掴んでいた手が離されて、ユキと二人で向かい合う。


「…すみません、無理やり連れ出して」

「あ、ううん…正直助かった」


突然押しかけられて戸惑ったのは勿論、周囲の視線も痛かった。

明日にはどんな噂が流れるのだろう…。頭が痛い。

憂鬱に思っていると、ユキが呟いた。


「連絡、するんですか」

「え?」

「紙、受け取ってましたよね」


ユキはどうやら、あたしが先程押し付けられるままに受け取ってしまった「彼女」の連絡先の書かれたメモのことを言っているらしい。


「あ…いや、アレは…」

「あの人と、また付き合うんですか」

「も、もっちー…?」


畳みかけるように、ユキが立て続けに言葉をぶつけてくる。

その切羽詰まった様子に、戸惑ってしまう。


「…私じゃ、ダメですか?」

「え…」


ユキが、あたしのことをじっと見つめた。

その瞳は、昨日と同じようにゆらゆらと不安に揺れている。


「好きです、あたえ先輩」


ユキが、あたしの服の裾をぎゅっと握った。


「好きなんです…」


俯きながら、縋るように呟くユキ。


「そ、その…あたし…」


あたしも、自分の気持ちを伝えなくちゃ。

ユキは、いつだって真っ直ぐにあたしと向き合ってくれた。

だから、あたしも_


「中学の時から、もっちー…ううん、ユキに憧れてた」

「でも、釣り合ってないとも思ってた。久しぶりに会って…やっぱりユキはすごく綺麗で…あたしは今も、ユキには相応しくないと思うから…」


あぁ、なんて情けないんだろう。自分に自信がなくて、弱くて、自虐的。

でもこれが、あたしだ。

今のあたしの、本心なんだ。


「…。」

「…。」


沈黙が続いて、伺うようにユキを見る。

すると、ユキがゆっくりと口を開いた。


「釣り合う釣り合わないとか…私には、よく分からないですけど…」


ユキが、あたしを傷つけないように言葉を丁寧に選びながら言ってくれているのがわかる。


「つまり、あたえ先輩は私の事好きなんですよね?」

「…!」

「答えてください」


ユキの瞳に射抜かれて、言葉に詰まる。


「…す…すきだよ、でも…」

「心の準備も…出来てないっていうか…」


しどろもどろになりながら答えると、ユキがあたしの服の裾をもう一度引っ張った。

ユキの綺麗な瞳が、あたしを捉える。


「準備が出来るまで、いくらだって私は待てます」

「5年だって10年だって、ずっと待ちます」

「だから、私と付き合ってください」

「…!」


ねぇ、ユキ。

それ以上に相手を想った告白なんて、この地球上には無いんじゃないかな。


「…勘違いかもしれないよ?」

「ユキは、あたしことを先輩として慕ってくれてるから…その感情を、好きと間違えて…」


ここまできても、逃げる自分。

だって、怖い。もしもこれであたしがユキを受け入れて、また「彼女」と同じような結末を迎えたら…。


「なんで伝わらないんですか」

「こんなに好きなのに」


ユキが、あたしの両肩をガシッと掴んだ。

それなのに、どこかその表情は泣きそうに感じて_


「あたえ先輩、好きです」

「ずっと…ずっと前から…先輩のことだけが、好きです」

「私じゃ…ダメですか」


ユキの声が、震えている。

いつもクールでポーカーフェイスで、凛とした姿勢で立っているユキが_

_声を震わせて、あたしに想いを告白してくれている。


それに比べて、あたしは何だ。

怖い怖いと未来を悲観するばかりで、自信がないからとユキの気持ちを疑って。


「…ダメじゃないよ」


言え、あたし。


「ダメなわけ、ないじゃん…。ごめんね、ユキ」


覚悟を決めろ、あたし。


あたしは意を決して、ユキの目を真っ直ぐ見つめ返した。


「あたしも、好きです」

「望岡ユキのことが、好きです」

「…!」


ユキが驚いたように目を見開いて_

_そのまま、ガバッと勢いよく抱きしめてきた。


「ちょ、ちょちょちょ?!」

「…やったぁ……」


…そんな安心した声出されたら、もう何も言えなくなっちゃうじゃないか。


「…もー…」


ユキが満足げに笑っているのを肩越しに感じながら、あたしもその温もりに暫く身を委ねた。



_二人でもう一度帰り道を歩いていると、ユキが言った。


「あと、言い忘れてましたけど」

「んー?」


何だろう。


「あたえ先輩は世界一可愛いと思いますよ」

「へ?!」

「中学の時も、勿論今も、私はあたえ先輩しか可愛いと思ったことありません」

「え、あ、」


と、突然何を言い出すんだこの人は!?!?


「あ、ありがとう…」


ぷしゅう、と音が鳴りそうな勢いであたしの頬に熱が上る。

恥ずかしさに手で顔を隠すと、ユキがその手を掴んであたしの顔を覗き込んだ。


「可愛い」

「も、もー…!手、離して…」


掴まれた手を振り払った。少し寂しそうな表情をするユキに、多少の罪悪感が湧く。


「…あんまりからかわないでよ」

「からかってませんよ。いつでも私は本気です」


シレッとした顔で、当然のことのようにユキが言う。


「なんかキャラ変わってない?」

「我慢するの、もうやめました」


ユキが、あたしの目をじっと見つめた。

ユキの綺麗な黒い瞳に、あたしの平凡な顔が映ってる。


「先輩、好きです」

「それはもう、わかったから…」


赤くなった頬が中々戻らないから、やめてくれ。

すると、ユキが更に追い討ちをかけてくる。


「手、繋いでいいですか」

「え、ええ?!」

「嫌ですか」

「いや…じゃない、けど…!でも皆に見られちゃうし…」


過去のトラウマが、頭にフラッシュバックする。

周りの人にバレたら、ユキも_


「見せつけたいんですよ」

「あたえ先輩は、私の恋人だって」

「…!」


ユキが、あたしの手を取って得意げに笑った。

いつもと違う表情に、心臓がドキンと高鳴る。


「いいですよね?」


ユキが、あたしの手を自分の口元に近づける。

ちゅ、と軽く口付けられて、あたしは遂に白旗を掲げた。


「わ、わかったよ…」

「やった」

「〜〜…!」


本当に嬉しそうに笑うユキに、あたしは口をパクパクさせることしか出来ない。

手を繋いだだけでこんなに喜んでくれる恋人が、他にいるだろうか。


「告白してから_ずっと、我慢してたんです。先輩に触れるのを」

「え…」


あぁ、だからあの時も…

文化祭の劇の練習で、ユキは手の甲にキスをしなかった。控室でお昼を食べていた時、前なら拭っていてくれた口元に触れる直前、ユキは手を下ろした。

…あれは全部、そういうことだったんだ。


なんて不器用で、誠実で、優しい人なんだろう。


「…もっちーってほんと、そーいうとこあるよね」

「なんですか、それ」

「ひ、み、つ!」


あたしがニヤリと笑うと、ユキが不服そうな表情になった。

これくらいいいだろう。さっきから、あたしが翻弄されてばかりなんだ。



…あぁ、本当に。

今が人生で一番幸せかもしれない。


ねぇ、ユキ。ユキは覚えてないかもしれないけど、映画館で言ってくれた言葉に、あたしは凄く救われたんだ。


“「_私は、あたえ先輩は変わってないと思います」

「何も変わってませんよ。あたえ先輩はあの頃の優しい先輩のままです」”


あたし自身を見てくれた、ユキが傍にいてくれたから…あたしは今、ここにいられるんだと思う。



願わくば、あたしの隣を歩いている貴方を_

_ずっと、大切に出来ますように。

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【百合】編入生が忘れられない初恋の先輩だった ~愛が重いクールな後輩×お人好しな先輩~ 昨日のメロン(きのメロ) @yesterday_melon

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