先輩はシンデレラ

■■■


_夏休みが明けて、新学期。


「あたえちゃん!おはよー」

「おはよう!」


教室に入ると、クラスメイトが声をかけてくれた。

クラスの皆は、留年して編入という特殊な遍歴のあたしを腫れ物扱いすることなく、普通に接してくれている。それが暖かくて、嬉しい。


席について一息吐くと、後からユキが教室に入ってきた。


「おはようございます、先輩」

「あ、も、もっちー!おはよ!」


やばい、どもってしまう。

ユキは夏休み前と変わらずいつも通りで、それに安心しつつも、ちょっと拍子抜けする。

意識してるの、あたしだけ?



_1時間目は、特別HRだった。


「今日は10月の文化祭について色々話し合いまーす」


黒板の前に立っているのは、文化祭委員の関さん。そういえば、春にそんな委員も決めたなと思い出した。


「生徒会のくじ引きで、うちのクラスは体育館で劇をやることになりました」


へー、劇か。前の高校は体育祭に力を入れてばかりで文化祭はショボかったからな。なんだか楽しみだ。


「それで、あとは役決めをしたいんだけど…」

「ハイハーイ!演目はなんですかー?」


関さんに上がる声。確かに気になる。何するんだろう?


「よくぞ聞いてくれました!」


それまで淡々と喋っていた関さんの目が、突然輝いた。

なんだなんだ!?


「うちのクラスは_『武闘派シンデレラ』をやります!!」


…何それ!?

クラスの皆も、ボーゼンと固まっている。シンデレラはわかる。でも、武闘派ってどういうこと!?カンフーでもするの?

関さんが、コホンと一つ咳払いをした。


「『武闘派シンデレラ』とは…」


…以下、関さんが語ってくれたあらすじはこうだ。


ある国に、シンデレラという美しく喧嘩の強い娘がおりました。

シンデレラは父親の再婚相手である継母と義姉にひどく虐められながら日々を過ごしていましが、「カタギの人間に手は出さない」という信念を貫き、じっと耐えておりました。しかし、シンデレラはずっとガチでぶつかり合う闘いがしたくてたまりませんでした。


ある時、お城から“舞踏会”の招待状が届きました。はしゃぐ義姉たちの声を聞き、“武闘会”だと勘違いしたシンデレラは、自分もお城へ行きたいと強く願います。シンデレラがお城へ行けない悔しさを紛らわすため筋トレをしていると、優しい魔法使いが現れ、シンデレラを綺麗なドレス姿に変身させます。シンデレラは何故ドレスなのか不思議に思いますが、「そういう縛りの大会なのか」と納得し、かぼちゃの馬車に乗ってお城へ向かいます。その指には、決闘の際には必ず身につけていたお気に入りのメリケンサックがつけられていました。


お城に到着したシンデレラは、王子の目にとまります。シンデレラは決闘の申し込みだと身構えますが、王子の優しい笑顔に恋に落ちてしまいます。しかし魔法が解けてしまう12時の鐘が鳴り、シンデレラはメリケンサックを落としたまま舞踏会を後にしました_


…うん。

ツッコミどころが多すぎるよ!関さん!!!


「じゃ、役を決めていきたいんだけど…」


唖然としている皆をスルーして、サクサクと話を進めていく関さん。


「シンデレラはアクションシーンが多いから、運動神経が良い人にやってもらいたいんだよね」


ふむふむ。


「やりたい人、いる?」


静まり返る教室。これは仕方がない気がする…どんな劇になるか想像もつかないし、アクションもする主役なんて荷が重すぎるよ。


「うーん、いないかぁ…どうしよう」


眉を下げた関さんを見て、胸が罪悪感に痛む。

うぅ、でもなぁ…演技とかしたことないし…。


「くじ引きで決めるわけにもいかないし…、一応こっちで役に合いそうな人はピックアップしてあるんだけど」


関さんが、徐に紙が留められたバインダーを取り出した。

え、リストにしてあるの!?事前準備がすごいなぁ…。

関さんが、そのバインダーの紙を捲りながらあたしの方へ視線を向ける。


「桜野さんとか、どう?」

「え!?あたし!?」


えええええぇぇ!?まさかの私に白羽の矢立てる!?


「運動神経も良いし、舞台映えしそうだし…」

「いやいや…!こういうのは演劇部の子とか、」

「うちのクラス演劇部いないよ」

「ぐっ…!」


クラスの皆からも、「いいんじゃない?」「あたえなら適任だよね」という声が上がり始める。いやいや皆よく考えて!!!!目を覚まして!!!

孤立無援か…と諦めかけたその時、隣のユキがスッと手を挙げた。


「あれ、望岡さん?どうしたの?」

「…本人の希望も、尊重した方が良いんじゃないかと」

「も、もっちー…!」


あたしは思わず感動した。普段の授業で、ユキが手を挙げているところなんて見たことがない。そんなユキが、まさかあたしのために意見表明してくれるなんて…!


「まぁ、それはそうだけど…」


関さんが、あからさまに不服そうな顔をした。

うん、そうだよね、結局誰かがやらなくちゃいけないしね…。

クラスの雰囲気も、段々「さっさと決めようよ」という感じになってきた。他の役も決めることを考えると、1つの役決めだけに時間はそこまでかけられないだろう。

…仕方ないか。他にやりたい人、いないみたいだし…。


「いいよ、あたしやるよ」

「ほんとに!?ありがとー!助かる!」

「えっ、先輩…」


いいんですか?とユキが視線で訴えてくる。

心配そうなユキに、グッと親指を立てた。ついでにウインクもしておく。


「関さん!言っておくけど、あたし演技とか全くしたことないからね!下手でも後悔しないでね!?」

「うんうん!きっと桜野さんなら大丈夫!」

「ねぇ話聞いてる!?」


あたしと関さんのコントのようなやりとりに、クスクスと皆から笑いが起きた。

まぁ、いっか。今こうやって訴えておいたし、大根役者でも皆許してくれ。


「じゃあ、次に王子だけど…、できれば背が高い人がいいんだよね」


関さんがそう言った瞬間、クラスの皆の視線が一点に集まった。


「え…私!?」


隣のユキが、困惑した声を上げる。


「ダメかな?望岡さんも舞台映えしそうだし」

「背が高いだけで…」

「桜野さんとも仲良いしさ」

「いや、それは…そうですけど…」


あ、そこは肯定してくれるんだ。なんか嬉しい。

後輩のピンチにそんなことを思っていた罰が当たったのか、関さんの矛先は今度はあたしに向いた。


「桜野さんも、慣れた人の方がいいよね?ほら、ラブシーンもあるから」

「えぇぇ…まぁ…それは…うーん…」


“ラブシーン”という単語を聞いて、何故かユキがピクリと肩を震わせた。

っていうか、これどう回答すればいいんだ!?そりゃ慣れた人の方がいいけど、でもユキに無理やり役をやらせたくはないし…!


「でもさ、やっぱり大事なのは本人の意思_」

「やります」


言いかけたあたしを遮るように、ユキがまさかの了承をした。


「ありがとー!望岡さん!」


驚くあたしとは反対に、とても嬉しそうな関さん。

あたしはユキの腕を軽くつついて、内緒話をする姿勢になった。


「ちょっと、もっちー!大丈夫なの!?」

「はい」

「あたしを気遣ってとかなら…」

「いえ、自分でやりたくなったんです」

「そ、それならいいけど…」


そうか、ユキって舞台に興味あったのか…。

迷いの無い返事にびっくりしたけれど、ユキがOKというならもう何も言うまい。


「じゃあ、今度は継母と義姉を決めまーす。立候補者がいなければLINEあみだで決めちゃうね」


関さんの言葉に、ざわつく教室。

我関せずという顔で、涼しい顔で窓の外を見るユキ。


_うん、とにかく頑張るしかないな…。

あたしは一人決意を固め、そっとため息を吐いた。


■■■


_そして、文化祭本番に向けて練習が始まった。


まずは各自台本を家で読んできて、教室で読み合わせ。

関さんとユキとあたしと、他に役を割り当てられた子達で放課後に集合した。

皆で机を後ろに下げ、教室の前半分で練習を始める。


ラスト、メリケンサックを落としたのがシンデレラだったと発覚したシーン。


「…あぁ、貴女だったのですね。シンデレラ」


立って向かい合う、あたしとユキ。

ユキが淡々と、台本のセリフを読み上げていく。


「どうか私と、結婚してくださいませんか」

「あ、ちょっといい?」


関さんが、途中でストップを入れた。


「本番だとそこで、王子は跪いてシンデレラの手の甲にキスするから!よろしく」

「え、えええぇ!?」

「フリでも本当にやってもどっちでもいいよ。お客さんに伝わればOK」


思わず叫んだあたしをスルーして、テキパキと話を進めていく関さん。

ユキは、それで良いんだろうか…?

ちらりとユキの表情を伺うと、いつも通りシレッとした顔をしていた。やっぱり、あたしが意識しすぎなのかな…?


「じゃあ、そこもう一回!手の甲にキスも入れてやってみて」


関さんの一声で、ユキがあたしの目の前に跪く。

自分の心臓が、どくん、どくんと跳ねているのがわかる。

ユキの薄い唇が、ゆっくりと開かれた。


「シンデレラ_」


上目遣いのユキが、あたしのことを真っ直ぐと見つめる。

そして、あたしの手に優しく触れた。


「_私と、結婚してくださいませんか」

「…は、はぃ…」


喜んで_とまでセリフが言えず、あたしはその場で硬直した。

顔が熱い。心臓のバクバクが止まらない。


「桜野さーん!次、次!」


関さんの声にハッとして、慌てて次のセリフを喉から絞り出す。


「よ、喜んで…!夢のようだわ」

「えぇ、私もです_愛しいシンデレラ」


ユキが、あたしの手の甲に唇を近づける。

そのままキスを_


_しなかった。


唇が触れる直前で顔を離し、ユキがあたしを見上げる。


「さぁ、城へ向かいましょう。式の準備は出来ています」

「えぇ、王子様_」


あたしがセリフを言いかけたところで、最終下校時刻を知らせる鐘が鳴った。

関さんが、パンと手を叩いた。軽快な音が、教室に響く。


「みんなお疲れ。続きはまた明日にしようか」


皆がガタガタと椅子を片付け、帰りの準備を進め始める。

あたしも下げた机を元に戻そうと、その場を離れて机の方に小走りで向かった。


_なんで、ちょっとガッカリしてるの。


赤くなった頬が、浅ましくて恥ずかしい。

それを隠すように、あたしは腕で自分の顔を隠した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る