映画館と、あの頃の私達

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あたえ先輩が編入してきてから、私たちは毎日一緒に帰るようになった。

中学の時も部活がある日は一緒に帰っていたから、なんだかあの頃に戻ったようで少しくすぐったくなる。




_あたえ先輩が学校生活にも慣れてきた、6月のある日の昼休み。


昼休みが始まるなり、あたえ先輩がはしゃいだ様子で話しかけてきた。

今は席が隣だから、お昼を食べる時は椅子だけお互いの方を向けている。


「ねぇねぇもっちー!今日は帰りに映画行かない!?」

「いいですよ。何か観たいものでもあるんですか?」

「こ、れ!」


ズイッと突き出されたスマホの画面には、宇宙大戦モノのシリーズ最新作のタイトルがデカデカと書かれていた。


「これさー、中学の時部活の皆で観に行ったじゃん?なんか思い出しちゃってさ」

「ありましたね、そんなこと」


懐かしそうにスマホの画面を眺める先輩を見つめながら、私はあの時の記憶に思いを馳せた。


_中学の時も、このシリーズの最新作は世間で話題になっていた。私の周りでも、部活の中心的な女子達が、「部活の皆で映画に行こう!」と盛り上がっていた。

私は面倒だったから空気になることでその場をやり過ごそうとしていたのだが、あたえ先輩に「もっちーも行こう!」と誘われ、日曜日に駅前に引きずられて行ったのだ。


あまりにもダルすぎて、私は途中帰宅する言い訳をずっと考えていた。でも、映画館に向かう道中「楽しみだね!」とキラキラ笑うあたえ先輩を見ていたら、そんな気も失せてしまったのだった。

何より、映画を観ながら驚いたり泣いたり喜んだり、表情をコロコロ変える先輩を見ているのは面白くて、結局帰る頃には悪くない思い出になっていた。



_放課後、映画館。


「もっちー、ポップコーン食べる?」

「私は大丈夫です」


映画館に着くなり、ポップコーンを買おうとするあたえ先輩。まずチケットでしょう、とツッコみたくなったが、あたえ先輩がポップコーンに並んでいる間に自分が買えばいいかと思い直す。


「私は買おー!やっぱりポップコーンはキャラメルだよね」

「あの時も全く同じ台詞言って、キャラメルポップコーン買ってましたね」

「え!?そうだっけ!?よく覚えてるね」

「_覚えてますよ」


あたえ先輩との思い出は、全部覚えてますよ。

…と、言えたらどんなにいいだろうか。


「先輩はCMの時点でポップコーン食べ終わってましたもんね。印象的でよく記憶に残ってました」

「バカにしてるなー!?」

「してませんよ」


可愛いなぁとは思ってますけどね。

横でプリプリしているあたえ先輩を見て、思わず頬が緩んだ。


「じゃあ、先輩がポップコーン並んである間私はチケット買いに行ってますね。後ろの方でいいですか?」

「あ、うん!ありがとう!」

「はい」


あたえ先輩と別れ、一人で券売機に向かう。

歩いていると、母校の中学の制服を着た少女の集団が目に入った。ここは高校の近くだから、中学とはかなり離れているはずだけれど…。


よく見てみると、ボタンの形状や校章が違かった。どうやら制服が似ているだけだったらしい。少女たちはキャッキャと高い声で喋りながら、楽しそうにはしゃいでいる。

その姿が、数年前の自分達と被る。中学生の遊べる範囲なんて数駅離れたショッピングモールくらいで、その中に入っている映画館は定番の遊び場スポットだった。


ふと、その時間を大切にして欲しい、という気持ちが込み上げた。今一緒にいる友人と日常を過ごせる時間はあまり長くないことを、彼女達はきっとまだ実感していないだろう。

それに気づいて大事にしようと思った頃には、既に終わりが目の前に迫っているのだ。




_映画を見終わり、私たちは再び映画館のロビーに立っていた。


「面白かったねー!」

「そうですね」

「特にあの最後に悪役が爆発するとこ!めっちゃスッキリした!」

「あー、ありましたね」

「でも主人公のお父さんが遺した手紙を読むシーンはさ…思わず泣いちゃったよ…」


感想を語るあたえ先輩の表情の変化は忙しくて、見ていて飽きない。一人で映画を観ると脳内で適当なレビューを付けて終わりだけれど、あたえ先輩となら感想を語り合うのも悪くないと思った。


「あ、あたしお手洗い行ってくるね!」

「わかりました、じゃあ映画館出たところで待ってますね」

「おっけー!」


あたえ先輩を見送り、出口へと歩みを進める。

外に出たところで、先程見かけた女子中学生の集団が私の後から映画館を出てきた。


「楽しかったねー!」

「ねー!また来よ!」

「でもそろそろ受験勉強しなきゃ」

「イヤー!言わないで!」


あたえ先輩を待つために出入口付近で立ち止まった私の前を、少女たちが喋りながら歩き去っていく。

なんとなく、彼女達の後ろ姿をぼーっと眺めてしまった。


「もっちー!お待たせ」

「っ…あぁ、あたえ先輩。大丈夫ですよ」


そんなに待ってませんし、と続けると、あたえ先輩が不思議そうに小首を傾げた。


「どうしたの?何か見てたみたいだけど」

「あ、あー…」


見知らぬ女子中学生を見て、あたえ先輩と過ごした中学時代を思い出していたとは言い辛くて、少し言葉に詰まる。


「私たちの中学に似た制服の子がいたから、つい目で追っちゃって」

「…そうなんだ」


誤魔化すように、私は更に言葉を重ねる。


「ああいう制服、よくあるんですかね。最初は本当に母校の後輩が居るのかと思いましたよ」

「…そっか」

「…あたえ先輩?」


あたえ先輩の反応が鈍いのに気がついて、彼女の顔を覗き込む。


「…あ、ううん!なんでもないの!ごめんね!」

「なんでもないって感じじゃ、ありませんでしたけど」

「…。」


しまった、ちょっと追い詰めすぎただろうか。

あたえ先輩が沈んだ表情をするのは珍しくて、何か力になれないものかと思わず問い詰めてしまった。


「すみません。言いたくないならいいんです」

「…もっちーもさ」


あたえ先輩が俯いて、私の名前を呼んだ。なんだか、先輩の声が硬い気がする。


「はい」

「あたしが編入してきた時、変わったなって思ったでしょ」

「え?」


予想もしていなかった台詞に、私は思わず聞き返す。

あたえ先輩は俯いたまま、言葉を続けた。


「だって、中学時代のあたしは_」


「_ダサい地毛で、今より10キロ太ってて、眼鏡で、田舎臭いブスだったじゃん」

「え…」


あたえ先輩は下を向いたままで、表情が見えない。

突然のことに言葉が出ない私を察したのか、あたえ先輩が再び口を開いた。


「……困るよね、こんなこと急に…」

「い、いや…」


チラリと覗いた口元が、自虐的に歪んでいるように見えた。

どうすればいいんだろう、と戸惑うことしかできない私。情けない。


_でも、俯いたままのあたえ先輩の肩が震えていることに気が付いた。


「あたえ先輩、私は_」

「な、なーんて!いやー、私の高校デビューは大成功だったわけよー!」


重い空気を吹き飛ばすように、あたえ先輩がガバッと顔を上げて笑った。

その笑顔は、どうにも痛々しくて_


「_あたえ先輩」

「お、おお!?どうした!」


私は、改めてあたえ先輩の瞳を真っ直ぐ見つめた。

あたえ先輩が、たじろぐように後ろに少しのけぞる。


「_私は、あたえ先輩は変わってないと思います」

「…え…」


私の素直な気持ちを伝えると、あたえ先輩は驚いたように目を見開いた。


「あたえ先輩も言ってたじゃないですか。まるで中学の頃に戻ったみたいだって」

「…。」

「何も変わってませんよ。あたえ先輩はあの頃の優しい先輩のままです」

「もっちー…」


あたえ先輩の声が、瞳が、揺れている。

私はあたえ先輩を見つめたまま、そっと両手でその肩に触れた。


「…だから、そんなに自分を貶めるようなこと言わないでください」

「私が、悲しくなるんです…」


目を伏せて、私はあたえ先輩の言葉を待った。

先輩を元気づけたいとか思っておいて、結局言えたのは“自分が”悲しいという台詞だけだった。


「…ありがと、もっちー」

「先輩…」


あたえ先輩が、少し眉を下げて笑っていた。


「そんな顔、させてごめんね」

「え…」

「あたしじゃなくて、もっちーの方が泣きそうなんだもん」


あたえ先輩が、よしよしと私の頭を撫でた。

その手は柔らかくて暖かくて力が抜けて、自分の肩がこわばっていたことを知った。


「…もう、あんなこと言わないでくださいね」

「うん」

「あたえ先輩は、暖かくて優しいままですから」

「うん」

「今も中学の時も、先輩は先輩です」

「うん」


ぽろぽろと零れる私の言葉に、一つ一つあたえ先輩は頷いてくれた。

その声はまるで小さな子どもをあやすように優しくて、私の心に沁み込んでいく。

あぁ、情けない。何で私が慰められているんだ。私が、先輩を励まさなきゃいけなかったはずなのに。


_しばらくそのままの体勢でいたけれど、ふと風が吹いた。


「うおっ、風…。もっちー、寒くない?平気?」

「…私は大丈夫ですけど、あたえ先輩が冷えるといけないので…どこか入りましょうか」

「あらま、もっちー紳士~」

「からかわないでください」


くふふ、と笑ったあたえ先輩を軽く睨む。

すると、先輩は何かを思いついたようにポンと手を打った。


「そうだ!じゃあゲーセン行こうよ!」

「え、」


てっきりカフェで休憩したいのかと思っていたけれど、あたえ先輩は目をキラキラさせている。


「あたし最近ゲーセン行ってないんだよね!前は近所のイオンに二人でよく行ってたじゃん?」


久しぶりに行こうよ!と笑った先輩の笑顔があまりにも嬉しそうで、私は思わず噴き出した。


「…じゃあ、行きましょうか」

「おー!」


あたえ先輩が私の手を取って、歩き出した。

引っ張られながら、その背中に声を掛ける。


「ちょっ、先輩!引っ張らないで下さいよ!」

「やだー」


振り返ったあたえ先輩の笑顔は、まるで悪戯っ子の様で。

先輩の表情が明るくなったことに、私は少し安心したのだった。



_それから、私達はゲーセンをこれでもかというほどに満喫した。


太鼓を叩くリズムゲームで盛り上がったり、クレーンゲームであたえ先輩が欲しいというぬいぐるみ(ブタの鼻をしたクマのキャラクターだった。先輩いわく可愛いらしい)を取るために奮闘したり。レースゲームで白熱して負けたあたえ先輩が、エアーホッケーでリベンジを仕掛けてきたり。


はしゃぐあたえ先輩の笑顔はキラキラしていて、見ている私の心も明るくなる。

こんな風に、ずっと傍で先輩の笑顔を見ていたいと思う。

許されるのなら、いつまでも_

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