先輩は人気者、後輩の気持ち
_衝撃の自己紹介が終わって、休み時間。
私は立ち上がって、あたえ先輩に詰め寄った。
「あたえ先輩!どういうことですか!?」
「ちょ、ちょっともっちー!声大きいって!」
「…すみません」
思わず声を荒げた私を、「どうどう」と制止するあたえ先輩。
「いやー、あたしもびっくりだよ。まさかもっちーがいるなんてさ」
「本当に、心臓が飛び出るかと思いましたよ…」
あははごめーん、とカラカラ笑う先輩を見ていると、何だか真剣に問い詰めていた自分がバカらしくなってくる。
「…何かわからないことがあったら聞いてくださいね。一応、この高校には一年間居るんで…移動教室の場所くらいなら知ってます」
「移動教室だけかーい」
部活も委員会もやっていないし、学校には最低限しか登校していない。「何でも聞いてね!」と堂々と言うことは出来なかった。
あたえ先輩の軽くてゆるいツッコミに、中学時代を思い出して頬が緩む。
「でも、ありがとね。もっちー」
「…はい」
ニコッと笑ったあたえ先輩の笑顔が眩しくて、私はそっと視線を逸らして返事をした。
すると、同じクラスの女子数人がいつの間にか私たちの近くにやってきていた。
「あのー…」
「何ですか?」
あたえ先輩に何の用だ、と思いつつ私が返事をすると、「もっちー!もっと優しく!」と先輩に小声で窘められる。先輩にそう言われてしまえば仕方がないので、私は口を噤んだ。
あたえ先輩が、女子たちの方に体を向ける。
「どうしたの?あたしに何か用?」
「いや、さっきの自己紹介聞いてて…めっちゃ可愛いなーって!」
「え、ありがと~!」
「髪もキレーに巻いてあるし、髪色も可愛いし!」
「ほんとに!目もぱっちりしててお人形さんみたいってさっき話してたんだよね~」
何だコイツら、という視線を無意識に送っていた私に、あたえ先輩が落ち着けというアイコンタクトを送ってくる。
女子達の一人が、伺うように私達の顔を見た。
「ねぇ、さっき“あたえ先輩”って言ってたけど…中学時代のあだ名とか?」
その台詞に、私の肩がビクッと跳ねた。
どうしよう、私のせいだ。これからの学校生活を円滑に進めるためにも、あたえ先輩も留年生だとバレたくはないだろう。
何か上手く誤魔化さなきゃ_!
「あー、あれね!あたし留年したからさ!もっちー…じゃなくて、ユキとは中学の先輩後輩なんだよね」
あたえ先輩が、いつもの明るい声でカラッと返事をした。
驚いて先輩の方を見ると、あはは、といつものように笑いながら頭を掻いている。
女子達はというと、凍り付いていた。どう反応していいのか分からない上に、地雷を踏み抜いたと思っているのだろう。
「そ…そっか!ごめんね!じゃあ…!」
「あ、またねー」
気まずそうな顔をして、パタパタと女子達が走り去っていく。
ふぅ、とあたえ先輩が息を吐いた。
謝らなきゃ…!私の軽率な行動のせいで、先輩に迷惑をかけてしまった。
「あの…、」
さっきの今で“あたえ先輩”と言うわけにもいかず、私は先輩の肩をトントンと叩いた。
「ん?どした?」
「すみませんでした…」
「へ?」
あたえ先輩が、キョトンとした顔で私を見る。
「その、私のせいで…バレてしまって…」
「あー!いいよいいよ全然!隠す気なかったし!」
思いがけない言葉に、今度は私がキョトンとしてしまった。
「そ、そうなんですか?」
「うんうん!だって、隠してバレるより最初から言っておいた方がいいでしょー」
あたし嘘下手だから絶対ボロ出るもん、とあたえ先輩がコロコロと笑う。
…あぁ、そうだ。この人は、昔からそうだった。
明るくて、優しくて、周りの人の心にまで光を灯してしまう。
「…そうですね。あたえ先輩の嘘、ヘッタクソですもんね」
「ちょっ!バカにしてるでしょー!?」
「してませんよ」
「嘘だ~!」
ふふ、と私も思わず笑ってしまった。あたえ先輩と話していると、いつも自然と笑顔が零れてしまう。
「なーんかさ、こんな軽口叩いてると、中学の頃に戻ったみたいだねっ!」
いひひ、とあたえ先輩が照れ笑いしながら私の顔を見た。その笑顔がキラキラと輝いて見えて、私の胸がドキッと跳ねる。
突然、あたえ先輩が何かを思いついたように手を叩いた。
「そうだ!もっちー、今日一緒に帰ろうよ!」
「いいですよ」
「やったー!久しぶりだね!」
嬉しそうに笑った先輩に、私も笑みを返す。
_図らずも始まったあたえ先輩との高校生活は、まだスタートを切ったばかりだ。
■■■
留年生と周りに知られたことで、あたえ先輩がクラスで過ごし辛さを感じるのではないかと私は心配していたけれど_
_結果として、それは完全な杞憂だった。
例えば、体育。バスケの試合。
「桜野さーん!パス!」
「はいよー!!!」
パスをバッチリ受け取って、華麗なるシュート。
上がる歓声。チームメイトに囲まれ称賛されるあたえ先輩。
体育での新たなヒーロー爆誕といわんばかりの光景だ。
例えば、授業中。数学の難問であてられた先輩。
「これは応用だけど…一応あててみるか。桜野、いけるか?」
「はーい」
いつもの通りゆるく返事をして、黒板に向かうあたえ先輩。
考え込むことなく、スルスルと数式を書いていく。
「これで合ってますか?」
「おぉ、合ってる合ってる!やるなぁ桜野!」
「やった~」
ざわつく教室。ちらほら聞こえる、「桜野さんすご」「やばい」という声。
授業後には、わからなかった所を質問する人達に机を囲まれる先輩。
例えば、普段の学校生活。
教師にノートの束を運ぶように言われた教科係の子に、先輩が声を掛けてあげていたり。
「重そうだね。運ぶの手伝おうか?」
「あ、ありがとう…!」
「全然だいじょぶだよー、重いねコレ」
日直の子が日誌が終わらないと嘆いていたら、手伝ってあげたり。
「大丈夫?他の仕事やりなよ、あたし書いておくよ~」
「女神…!!ありがとう!ゴミ捨て行ってくるね!」
「いてらー」
その度に救世主と称えられ、崇められ。
あたえ先輩は私と違って周りをよく見ているから、色んなことに気が付く。それでいて優しいから、必ず手助けに入ってあげる。筋金入りのお人好しなのだ。
持ち前の明るい性格に、優秀な頭脳と運動神経。
あたえ先輩は留年生というハンデもなんのその、あっという間にこの学校に馴染んでいった。
_でも、だからこそ浮かんでくる疑問。
“何で、あたえ先輩は留年したんだろう?”
無粋な詮索はしたくないから、聞かないけれど…。
…もしかして、重大な病気を抱えていたり、事故に遭ったりしていたのだろうか…?
心配と不安は募る。けれど、私は黙って先輩の傍にいると決めていた。
先輩が話さないのには理由があるはずだ。私と過ごす時間を、あたえ先輩には居心地よく思って貰いたい。遠回しに探るのもナシだし、無理やり聞き出すなんて論外だ。
例え、病気や怪我や過ちや、どんな困難があろうとも、
_私は絶対に、あたえ先輩の味方だ。
大袈裟だって笑われたっていい。これが私の、正直な気持ちだから。
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