乙女の人たちの日常 ④
うた、三しゃい!
うた目覚める!
鞘野
いわゆる、たかいたかーい! である。
三歳の詩がきゃきゃと笑うと周作は歓喜する。
「詩が笑った! 笑ったよ!!」
「はいはい、今日だけで百回以上聞いたわよ。もうっ! あまり激しく振らないでよ」
ややため息混じりに里子が答えた後、詩を掲げたままゆらゆら揺らす行為に怒るが、周作はそんなことは気にもせずにたかい「たかーい!」と詩をあやす。
きゃきゃと笑う詩。父と娘の戯れのときそれは突然起きた。
詩の目に確かな意思の光が宿る。
(ん? あれ? 私何を……)
目の前にいるおじさんを見つめる。
(どういう状況これ? え~っと確かロリッ子女神が飴玉振り回して……ああっ転生か! つまりこれは転生してて、ん~このおじさんは?)
「うた、どうしたんだい?」
さっきまで笑っていた詩が、突然真顔になってじぃーっと見つめてくるので心配になった周作が覗きこむ。
(転生して意志が戻るのが三歳って言ってたから、今三歳なのかな? 多分この人が父上だって記憶があるけど、あぁ三歳の記憶とか曖昧でモヤモヤする~。え~と人に名前を尋ねる言葉は~ぁっと)
詩は高い高いをされたまま周作を指さす。
「だれ?」
娘からの突然の死の宣告に等しい言葉に周作の魂が抜けてしまう。
ショックで力が抜けた周作の手からすり抜け落ちる詩。
それを見た里子が短い悲鳴を上げ手を伸ばし、意識を取り戻した周作も慌ててキャッチしようと飛びつく。
「ほっと」
そんな二人の手の間を華麗に抜けて、詩は軽やかに着地する。
目をまん丸にしながらパチパチ瞬きをして驚く両親の前で、床を足でトントンと踏みしめたり、手をぐーぱーしている。
「ふみゅぅ、頭が重いからバランシュ悪いけど、こんなものなのかな? 手も小さいけどまあね」
「う、うた? な、なにをしてるのかなあ?」
戸惑う周作に話し掛けられ詩はじっと見つめ、ボソッと一言。
「けりのれんしゅっ」
「え、ああ、蹴りね。うん蹴りだ! 詩は空手でもやるのかな?」
「カリャテ? なにそれ?」
「あはは、空手じゃないんだ。パパ降参! 詩が何をしているか教えて欲しいなぁ」
ここで詩は自分の前世の記憶と今までこの世界で生きて来た記憶を擦り合わせる。
(そういやパパって呼ぶ地域があったっけ。やっぱりこの人が私の父上か。であっちが母上だ。うん、三歳までの記憶から間違いないと思う!)
手の平をポンと叩くと、周作に綺麗なお辞儀をする。
「ちちうえ!」
「うおいっ! どうした詩! なんで父上!?」
「もう、あなたがバカみたいに高い高いして落とすから! 怖かったよねぇ。ほら、詩こっちおいで」
詩は手を広げ呼ぶ里子を見て、なぜか甘えたい気持ちが湧いてきてうずうずしてしまう。
(なんか引っ張られる感じがする。まあ私三歳児だから甘えたい年頃ってことなのかな?)
本能に従って里子のもとに行こうとしたとき、前世の記憶が蘇りふとある不安が過る。
詩はピタッと止まって、くるりと周作の方に向き直ると、深々とお辞儀をする。
「ちちうえ! ははうえのもとにいくこと、お許しをいただけましゅか?」
前世では厳しい規律のもと、母と会うのも制限されていた詩は頭を下げたまま尋ねる。
「ああ、詩! もう! あなたが振り回して落とすから詩が混乱してるじゃないの! もう! もうっ!」
「え、あ、ごめん。ごめんさい。ごめんね詩」
詩は里子にぎゅっと抱きしめられると、里子からバシバシと叩かれ謝る周作を、里子に抱かれた腕の隙間から見つめる。
(母上つよ~い! 父上よわっ! この世界おもしろそう!)
詩は目をキラキラ輝かせ、本当の意味で転生初日を迎える。
***
(私の名前は鞘野詩。うたと呼ばれている。三歳までのあやふやな記憶もあるし、前世の記憶もある)
おままごとセットの手鏡に映る自分の顔をまじまじと詩は見つめる。
(運動能力はまあ、三歳だしこんなものか。喋ると時々舌足らずになるのはそういう仕様なのかな? 分からない単語もあるけど、それは覚えていけばいいか)
詩は手鏡から目を離し、離れた場所からパシャパシャと音を立て写真を撮っている周作を見る。
「ぱぱっ」
詩が呼ぶと秒でやってきて、隣に正座する。ニコニコして見つめる周作を詩はじっと見つめる。
(前世で父上に甘えるとかしたことないけど、この世界は良いんだよね。前世の記憶はあるんだけど、三歳児として甘えたい気持ちもあるんだよね)
詩がじーと見ると、ニコニコをマシマシにする周作。
詩が手を広げる。
「だっこ」
「パパに任せなさい!」
首にかけていた一眼レフを素早く床に置くと、詩を抱き上げてくれる。頬ずりのおまけつきである。
(なんか恥ずかしいけど、う~ん悪くないかなぁ)
「もう、振り回さないで。昨日みたいになったらどうするのよ」
詩を抱っこしてくるくる回る周作を里子が怒ると、ペコペコ謝る周作を見て詩がクスクス笑う。
「まま、だっこ」
詩が手を広げると、「あらあら」と言いながら里子が詩を抱っこしてくれる。
(こうやって甘えたことないなあ。折角三歳なんだし三歳ライフを満喫しちゃおっと。はぁ~母上にこうして甘えた記憶ってないなあ、こんないい匂いするんだぁ~)
「突然大人っぽくなったと思ったら、甘えん坊になって詩も忙しいわね。明日から幼稚園始まるけど大丈夫かしら?」
(ん? ようちえん? なんだそれ?)
詩は記憶に中から『ようちえん』なるものを探すのだった。
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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』
みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で31回目っす。
※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。
エーヴァのときでも触れましたが、エーヴァは四歳で前世の記憶を思い出しています。詩が三歳ですがこの違いに深い意味はありません。
完全に自我が確立する三~四歳の間で記憶を戻してあげると、上手く混ざるんですが、一応三歳児らしさも保てるよう両親に甘えたい欲求も芽生えるようになっています。
ここも個人差はありますが、詩の場合前世で甘えてなかった分反動があったのかも知れません。
次回
『うた幼稚園に行く!』
前世で同世代の子達と遊ぶことのなかった詩は幼稚園を全力で楽しむのです。
「この世界最高! 転生して良かったぁ!!」
はしゃぐ三歳児の物語っす。
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