輪廻

 その日も雨がしとしと降っていた。


 リベカはいつものように広い屋敷にある、無駄に広い部屋の窓辺に佇み、広い庭を眺める。


 雨に濡れる土の匂いを想像しながら、ふと視線を動かす。

 それはかつて前線で戦い続けていたもちろん、だからこそ気が付けた気配の揺らぎ。


 そして一度感じたことのある気配だったから。


 窓を開けて、気配のする方へ手招きをする。


 庭の木々を抜けその気配の主はすぐに現れる。


「モルトさん。今日はどんな御用でしょうか? それと…」


 雨に濡れないようにマントを頭から羽織るモルトと、その下に赤い髪の女の子へ視線を移すと、モルトは女の子の背中を押す。


 女の子はリベカを見ると、目に涙を浮かべポロポロとこぼし始める。


「は、はじめまして。あたしっ、わたくし……」


「二人ともまずは入って、そのままじゃ濡れて風邪を引くわ」


 女の子の頭を優しく撫で、中へ招き入れるとタオルケットで優しく包み頭を拭きながら尋ねる。


「あなたのお名前は?」


「ノア。ノア・ヴェベールです」


「ヴェベール……じゃあ、あなたが前にモルトさんから聞いた末っ子の! ノア、いいお名前ね」


 優しく話掛けられ、幾分か落ち着きを取り戻したノアだが、口を開くと涙をこぼし始めてしまう。


「ノア、お母さんの言葉を伝えるのでしょ。あなたが頼まれたのだからしっかりやりなさい」


 モルトの言葉に泣きながら頷くと、目を擦り赤い目をリベカに向ける。


「お母さんのっ、イリーナ・ヴェベールの最後のお願いを聞いてもらえませんか?」


「最後……?」


 その言葉にノアを優しく撫でていたリベカの手が止まる。


「はい、お母さんの遺言を聞いて欲しくて、リベカ様を尋ねました」


 遺言と言われ、現実を突きつけられ、めまいがするような感覚を覚えながらも、必死に伝えようとするノアの手前、気丈に振る舞う。


 依頼を受けた先で敵に襲われ、ノアを庇い命を落としたこと。

 国の墓には入りたくないと、別の場所に適当に埋めて欲しいと言われたことを、時々思い出したのか涙を流しながらもノアはリベカにイリーナのことを必死に話し続ける。


 自分の涙を隠すためだったのかもしれない。


 リベカはノアを強く抱きしめる。驚くノアだが、それがきっかけとなり、忍び込んでいるのを気付かれないように声を殺しながら泣き始める。


「安心して。私がなんとかします」


 抱きしめたまま優しく語るリベカの胸元でノアが何度もお礼を言いながら頷く。優しく微笑みながらも、青い瞳の色が深くなる。



 ***



「ねえイリーナ。あなたはの子供たちは本当に良い子ね」


 五星勇者の一人、イリーナ・ヴェベールの葬儀が盛大に行わる中、ひつぎに寄り添いリベカは語り掛ける。


 中にイリーナがいないことを知っていて尚も話し掛ける。


「私はあなたが羨ましがっていたような人生を送れなかったわ。私はねやっぱりあなたが羨ましいわ。あぁ私はなんで……。そうね、後悔している暇はないわね」


 リベカは柩から離れ立ち上がると、静かに目を瞑り黙祷をする。


 別の場所で行われているであろう本当の葬儀に向けイリーナの安らぎを願う。


 そして……


 先程すれ違ったエッセルのことを思い出す。言葉は交わしていないが、彼の目は言った。


 ──お前に何ができる?


 その目を思い出しながらゆっくりと開く目には、深く冷たい光が宿る。それは果てしない海の底のようで、見る者を引きずり込む。



 ──それから、私は……


 部屋の中のようなのに床と天井だけで壁はなく、どこまでも果てしなく広がる空間でリベカは静かに語る。


 話し相手は椅子に座り、棒つき飴をピョコピョコさせながら赤い瞳をリベカに向ける。


「エッセルを殺害し、娘のライラの夫ベーゼに罪を着せトレント家を解体、ベーゼを死刑に追いやり、そしてライラを修道院に送りました」


 リベカは目の前にいる赤い髪の少女へ視線を移し、瞳に映し出す。

 瞳の中でため息をつくと、口から出した飴の先をリベカに向ける。


「殺害って、私が知らないとでも思ってるっすか? あれは……」


「いいえ、女神シルマ様、あれは間違いなく私がやりました」


 シルマの言葉を遮るリベカの真剣な目を見て、それ以上は言及しないとシルマは口をつぐむ。


「夫を殺害し、息子を見殺しに。娘を貶め、その夫に罪を被せ、かつての仲間を殺害した私に特別な施しなど不要です。むしろ、罰を与えるべきかと」


「私のところに来た時点で罰なんて与えないっすよ。じゃあ、リベカの意志は特別転生はしないということでいいっすか」


 リベカは静かに頷く。


「分かったっす。特別転生は強制ではないっすから普通の転生を行うっす」


 シルマは椅子からピョコンと立ち上がると、いつの間にか手に持ていた錫杖をかざす。リベカの足元に魔法陣が現れ光を放ち始める。


「最後に一つ聞いてもよろしいでしょうか?」


 目映い光に包まれるリベカの問いに、シルマが頷くとリベカはゆっくりと口を開く。


「イリーナは……マティアスはどうなったのでしょう?」


「イリーナは元気に転生したっす。困ったくらい元気にっす。マティアスは転生したっすけど、不思議な感じで私にもよく分からないっす。提出する書類になんて書いていいか分からなくて怒られたっす。困った人っす」


「ふふっ、二人らしいですね」


「そうっすね。女神も振り回す二人で困ってるっす」


 不機嫌な顔をするシルマを見てクスクスとリベカは笑う。


 やがて光は輝きを増し、リベカは光の中に消えていく。


「希望通り全てを消して転生したっす。それでも想いがあれば引かれ合うものっす。エレノアのように……」


 光が弾け煌めくなか、シルマの言葉が静かに響く。



 ***



 少女はバケツに溜まった水に手を入れくるくると回す。

 自分の手について回る水を見て、おかしかったのかきゃっきゃっと笑う。


 バケツを覗く少女を覆う影が差し、少女は上を見上げる。


「ママ、見て。かおり、水が操れるんだよ!」


 手を離してもぐるぐる回り続けるバケツの中の水を自慢気に見せる。


「あらあら、凄いわね」


「うん、かおりすごい!」


「じゃあ凄い薫さん、おやつの時間ですから家に入って手を洗ってくださいな」


「うん! キュウちゃん行こう!」


 元気よく返事した薫と呼ばれた少女は、近くに置いてあった絆創膏だらけのシャチのぬいぐるみを抱きかかえ家の中へと駆けていく。



 ────────────────────────────────────────


『転生の女神シルマの補足コーナーっす』




 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で30回目っす。


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。



 トレント家の跡取りが欲にまみれ五星勇者のエッセルを殺害した。

 この事件はエウロパ国を震撼させました。夫の妻が五星勇者のリベカの娘というのも話題の大きさに拍車をかけました。


 エッセル殺害で、三大貴族のトレント家といえども責任から逃れることは出来ずに、家の解体と当主ベーゼの首を持って決着となる。

 リベカの計らいで、娘ライラは夫の罪とは無関係とされ命を救われますが、修道院へ入れられました。

 ラッセル殺害の件で自身も弾圧され死ぬ思いをしたこと、修道院の厳しい規律の生活で傲慢な態度は鳴りを潜めています。

 入った修道院でお菓子作りの才能に目覚め、美味しいお菓子を作ると評判のシスターになったそうです。


 リベカは騒動の後は、アーネを引き連れ国とは関わらず静かに余生を過ごしています。イリーナのお墓を訪ねたり、短い間でしたが自由で幸せな時間を過ごせたようです。


 次回


『うた、三しゃい!』


「ママ、見て! 詩が、詩が天才なんだよ!」


「あーはいはい、天才、天才」


 三歳になった娘の行動に、はしゃぐ夫に、冷める妻。


「見せてもらおうじゃん、この世界とやらを」


 意気込む三歳児、詩、大地に立つ!




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