水端
アントンの死によりトレント家は跡継ぎを失ってしまう。
この出来事が仕組まれたのかは分からない。それでも、ことがあまりにもスムーズに進むことに疑問を感じても仕方ないのかもしれない。
長女であるライラが嫁いだリンパル家の次男であり、ライラの夫ベーゼがトレント家の婿養子となりトレント家を継ぐ運びとなる。
三大貴族と呼ばれるトレント家の力を持ったベーゼの発言力が増す中、元当主と揶揄されるフェリップは政界の端へと追いやられる。
それに伴い、ライラの傲慢さにも拍車がかかり、フェリップは家の中においても立場を失いつつある。
魔王軍を討伐した国であると改めて主張し、隣国への圧を高める為にも軍事力の強化を訴えるベーゼに媚びるフェリップにかつての威厳は感じられない。
この姿に愛想をつかし離れていく人も多く、私室で過ごすことの増えたフェリップは今日も一人、紅茶を啜りながら本を読んでいる。
「おぉ、なんだか今日は冷えるな。もう春だと言うのに」
文句を言うフェリップが身震いをしながら、カップに手をつけながら窓の外を見たとき、この寒さが魔力によるものだと気が付く。
慌てて立ち上がろうとするが、それは叶わず、両足の膝と右手が凍りついていることに気が付く。
鍵を閉めているはずのドアが静かに開くと冷気が入ってくる。
背筋が凍りつく感覚に恐怖が寒さをより感じさせる。
冷たい手が首元に当たる。それは死を感じさせるには十分すぎるほどの冷たさ。
「お尋ねしたいことがあります」
静かに、そして冷たい声にフェリップは振り返ることも出来ずにただ頷くだけ。
「イリーナが亡くなったと耳に挟みました。何かご存知ですか?」
フェリップは首を横に振って否定する。
「わ、私は何も、そもそもなぜ私にそんな!?」
首筋の冷たさが増し、右手が氷に包まれる
「振り向かなくて結構です。私の質問にだけ答えてください。では、アントンの死について。これはあなたは関わっているのでしょうか?」
「ど、どこに我が子をなきものにする親がっ、そんな親がいるわけないだろ! そもそもこれはなんの真似だ! おまえこんなことっ!!」
右手の氷が冷たい音を立て一回り大きくなると、刺すような痛みに声を失う。
「あまり動きますと指が落ちますよ。落ち着いて、質問のみに答えてくださいます?」
苦悶の表情を浮かべ、口をパクパクとするフェリップを見て表情を変えることなくリベカは続ける。
「では、マティアス。彼の死について何か知っていますか?」
フェリップの体が僅かに跳ねる。
「ひっ! ひいいっ」
首筋が凍りつき、頬に氷が張る。自慢の口髭も凍り付いてしまう。
「あなた様は、かつて魔王軍と互角以上に渡り合い、五星勇者をも超える活躍をなさっていたと噂で聞いていますが、そのような方がこれくらいで情けない声を出さないでいただけますか。それよりも答えていただけますか? あなたはどこまで関わっているのです」
寒さなのか、恐怖なのか歯をカチカチ鳴らし、口を開くフェリップから震えた声が発せられる。
「わ、私は、直接関わってない。その、マティアスの妻の実家をっ、場所が知りたいというから」
「マティアスの場所を知るため、実家の場所の情報を提供したと」
フェリップは首を縦に振るが、すぐに苦悶の表情で大きく口を開き血走った目を限界まで見開く。
「痛いでしょ? 体の内部に小さな氷の塊を作りましたから。内側から切り刻むこともできますので、あまり嘘をつかない方がいいとだけ言っておきます」
自分の肩を優しく撫でながら微笑むリベカに、フェリップは涙や涎を滴し情けない顔で必死に頷く。
「マティアスの所在を、知りたいとだから、妻になったと思わしき人物を洗いだし、実家の人間を……人間から聞いたのだ」
「普通に尋ねたわけではないのでしょ? 暗部の者を使い拉致し、拷問にかけましたね?」
リベカの問いにフェリップは激しく震え始める。
「マティアスを狙ったのは誰なのです? そして目的は?」
「し、知らないっ。わたっ、私はただ五星勇者の名を汚すマティアスを討ちたいと頼まれて。し、信じてくれ! 本当にそれだけなんだ!」
「エッセル・ブッケル……」
リベカが口にした名前に体を大きく震わせ、顔から血の気が引く。
「あなた様は、マティアスだけでなくイリーナにも関わっていますね。そしてアントンにも」
「いやっ! ちがっ!!」
振り返ろうとするフェリップの胸元に、リベカがそっと手を置く。
「そこまでしてあなた様は、自分の地位や名誉を、富を得たいのですか?」
「あっ、あぁぁづっっっ!」
フェリップが胸を手で押さえ椅子から転げ落ちる。
「もっと早くこうするべきでした。あなたを生かしておいたのが私の過ちでした」
呻きながら口から泡を吐き、血の気を急速に失っていくフェリップはもがいていたが、やがて動かなくなる。
動かなくなったフェリップを見て小さくため息をつくと、背後に向かって話し掛ける。
「見てらっしゃいましたよね? 続きはあなたからお聞きします。あなたの方がより詳しく聞けますものね?」
クローゼットの扉がゆっくり開くと、アーネに首を絞められ、喉元に刃物を当てられているベーゼの姿があった。
「これであなたが名実ともにトレント家の当主となります。現当主であるフェリップは心臓麻痺でお亡くなりになった。そしてこれはあなたと私だけが知っている真実。後は分かりますね?」
アーネが刃先を刺さらない程度、僅かに首に食い込ませると、顔面蒼白のままベーゼが慌てて頷く。
「別にあなたの出世や権利を奪おうなんてことはありませんし、やることに口も挟みません。ただマティアスがなそうとしたこと。イリーナをなきものにした無念。スティーグを国政から追いやり、そして……」
目を瞑り静かに開けた瞳はどこまでも深く、吸い込まれそうな暗い海のようだった。
「私の息子を殺したこと、その報いは受けさせます」
ベーゼはもちろん、後ろで押さえていたアーネさえも、リベカの鋭い眼光と放つ殺気に当てられ思わず唾を呑み込んでしまう。
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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』
みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で28回目っす。
※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。
水を操ることに長けているリベカは相手の体内にある水分にも干渉することができます。
ただ、長い間触れてなければならず、相手の魔力を押さえ込みつつ自分の魔力を流さなければいけないので使いどころは限られます。
今回の相手はフェリップですので、彼がリベカに敵う訳もありませんから。
次回
『輪廻』
親友の最後の願いを叶えたリベカは、かつての仲間と対峙する。
その詳細はまだ闇の中。
生を全うし、新たな命に生まれ変わる。そう彼女はいつも水の場所にいて、手を差し伸べる。
力も記憶もないけどそれは前世の望みから。
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