うた幼稚園に行く!

 家から少し歩いてバス停に向かうと、可愛いライオンの顔が付いた黄色いバスがやってくる。


(おぉ! あれがバスかぁ!。へえ、これに乗るの? 面白そう)


 記憶にはあるが、今の詩にとってバスは凄く新鮮に映る。


「うたちゃん、おはようございます」


「おはようございましゅ。みなみ先しぇい!」


 降りて来た先生にきちんと挨拶をする詩は、自分の記憶から幼稚園の人間関係をある程度把握していた。


「あら、今日も詩ちゃんは元気ね、今日もみんなといっぱい遊びましょうか」


「はぁ~い!」


 元気よく手を上げて答える詩は、前世では子供のころから修行の日々で遊んだ記憶があまりなく、今本気でワクワクしていたりする。


 バスに乗り込み南先生の誘導に従い椅子に座ると、窓の外を見て手を振ってくれる里子に手を振り返した後、自分の手を見つめ頬を赤くして感激の表情を浮かべる。


(ああっ! なんだろこの湧き上がる気持ちっ。凄く楽しい、せっかく三歳になったんだし楽しまないとね。やっぱ転生して正解だわぁ)


 順応性の高い詩は今を楽しむと決めたのである。


 窓ガラスに張り付き流れる景色を見つめる詩。何度かバスが停車し乗り込んできた子が詩の隣に座る。


「おはよう、うたちゃん」


 ニッコリ微笑む女の子を見て詩も微笑む。


「おはよう、みこちゃん」


「見て見てー、これっ」


 美心は通園カバンに付いている小さなウサギのマスコットを自慢気に見せてくる。


「ままが作ってくれたんだぁ」


「わぁかわいい! え~とヒースうさぎだね!」


「ひーす? お名前?」


(あ、こっちの名前はうさぎか。誤変換しちゃった)


「うん、いいお名前。この子はヒースにするね。うたちゃん、お名前付けてくれてありがと」


「う、うん。そう! ヒースって顔してるもの」


 慌てる詩と対照的に笑顔の美心がウサギのヒースくんをしばらく眺めていたが、ふと思い出したように詩の方に目をやる。


「そうだ、うたちゃん! 今日のおくさまごっこは、こーきゅうレシュトランだけどメニュー考えてきた?」


「お、おくさまごっこ……こきゅーレストリャン? あ、うんだいじょうぶ! たぶん」


 おくさまごっこ、いわゆる奥様になりきってお互いを誉めあったり、自らの持ち物を自慢して羨ましがったりする、ごっこ遊びが詩の通う曙幼稚園あけぼのようちえんで流行っているのだ。

 時々テーマを決め互いの技、つまりは知識を披露し誉め合う特別な日がある。


 それが今日なのだが……。


(こきゅーレストリャンのメニューって、ヤバい何も考えてなかった。そんな約束すら忘れてた……)


 不安を抱えたまま迎えた幼稚園のお昼休み本番、今の詩は高級レストランのオーナー兼シェフである。

 銀のお盆にのせたカラフルなプラスチックのお皿の上には、砂をお椀に入れ固めて作ったお山が盛り付けられている。

 緑の葉っぱが刺さって彩りを添えているが、詩には焦りの表情が見える。


「一品目はなにかしら?」

「なにかしらあ?」


 奥様を演じる幼児たちに尋ねられ、焦る詩シェフ。


(料理、高級料理ってあんまり食べたことないから……えーと、あーもうどうでもいいや!)


「い、いのししのタンスライシュのレモンあえでございましゅ!」


 静まりかえる奥様方。


「いのしし? お、美味しいでしゅわ!」

「美味しい、いのしし美味しい!」


 猪のタンスライスレモン逢えに満足する奥様方を見て、ホッとした詩は次なる料理を持ってくる。


「こちら、しかのハチュを使った甘辛煮でしゅ」


「ハチュ新鮮で美味しいですわ」

「ハチュはせんどー鮮度が命ですのよ」

「あら、わたちの家の冷蔵庫には、新鮮なハチュいっぱいありましゅのよ。ぴちぴちしてますの」


 ハツが何か知らない奥様方のお戯れを見て、シェフとしてやり切ったことに安堵しながら額の汗を拭う詩の手が、くいっと引っ張られる。見れば美心が真剣な眼差しで詩を見つめて指差す。


「うたちゃん、あれっ」


 美心が指差す方を見ると、滑り台の上がなにやら騒がしい。

 よく見れば数人の男の子が何やら叫んでいる。


「今からここは俺たちの陣地だ! 誰も上がってくるなよ」


(おおっ! 前世でもいたなあんなの。子供の世界でもいるんだ。おもしろそー!!)


 滑り台の上を占拠する男の集団を見てみんなが困った顔をするなか、詩だけキラキラした表情でその光景を見つめる。


「うたちゃん、年長組のあの子たち……あれ?」


 自分の隣にいると思っていた詩に話し掛けるが、美心の隣には誰もおらず気付けば滑り台の階段の下にいた。


「おいっお前ここは」


「はいはい、ごめんなしゃいねー」


 階段の下を守る年長組の二人。詩よりも大きな男の子二人はいわゆる滑り台の門番。

 詩を捕まえるべく手を伸ばすが、間をすり抜けられあっさりと門番の役目を終える。


「ここは通さねえ!」


「通るねー」


 階段の真ん中で両手を広げ、行く手を塞ぐ男の子に対し、手摺を走り通り抜けると頂へと上り詰める。


「な、なんだお前!」


 リーダー各の男の子が、突然やって来た詩にビビりながらも威勢を張る。


「ん? 私? しゃやの鞘野うた! 三しゃい! あなたは?」


「あ、えっ俺? 佐渡健三さどけんぞう五才」


「じゃあ、けんぞー。すべり台ですべろうー!」


 大体睨んで大きな声を出すと、小さな子は泣いてしまう。そう思っていた佐渡に対し、目の前の女の子は臆するどころか逆に佐渡を圧倒してくる。


「あ? 滑ろうってお前聞いてないのかよ。ここは俺らの陣地だって」


「あっしょ、分かったからすべろう。あ、けんぞーもしかしてすべるの怖い?」


「なんだと! そんなことあるか! 見てろよ」


 口を押えクスクス笑う小さな女の子に挑発され、自称滑り台の覇者である佐渡が滑らないわけにはいかないと、無駄に勢いをつけて滑っていく。


 佐渡は滑った先にあるゴムのマットによろけながらも着地すると、すぐに後ろを振り返る。佐渡と目が合った詩は、滑り台の上で手を振ると直ぐに滑り下りてくる。そのまま華麗に着地すると佐渡の手を引く。


「けんぞー、もう一回すべろうよ!」


「え、あ、ああ」


 自分よりも小さな女の子に手を引かれ、なんだか恥ずかしさでモヤモヤするものの、悪い気分じゃない佐渡に詩は振り返って笑顔を見せる。


「けんぞー、人生の中で五しゃいは一年しかないんだよ。私は今しかない三しゃいを楽しむんだ。けんぞーも五しゃいを楽しく過ごすといいと思うな」


「あ、うん」


 三歳児に人生論を説かれ、佐渡は意味は分からないけど手を引かれている今、自分が楽しいのは理解できた。でも自分に笑顔を見せる子に感じる思いはまだ理解できていない。


 佐渡が滑ったことで他の子たちも滑り始め、日頃にない賑わいを見せる。だがすぐにそれぞれの遊びに戻っていつもの幼稚園の風景が戻る。


 詩の家の近くにバスが停まると、元気よく降りてきた詩が幼稚園の先生に手を振ってステップから降りてくる。

 迎えに来ていた母、里子を見つけると手を振って差し出された手を握る。


「ただいま、まま!」


「おかえり、幼稚園は楽しかった?」


「うん、楽しかったよ!」


「そう、良かったわね」


 もう一度先生に手を振ってお別れの挨拶をすると、里子と手を繋ぎお話をしながら家に帰って行く。なんてことのない日常なのだが、詩はそれがとても嬉しくて幸せを感じながら里子を見上げ微笑む。



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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で32回目っす。


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。



 前世で同世代と遊んだことのない詩にとって、この日はとても楽しい日として思い出に残っているようです。当主の娘としてじゃなく自分に普通に接してくれるのが凄く嬉しかったみたいです。


 三歳児としてやっていけるか不安がなかったわけではないですが、結構楽しんで現在まで成長しています。適応性はかなり高いようで女神としても一安心です。



 次回


『氷に火を灯して』


 地球でも、エウロパでもないその世界は氷で覆われている。それは氷のひつぎか揺り籠か……。そこで生きる命は小さくても輝きは温かく眩しい。


 そんな命の輝きを見て満月は涙する。


(どうやら作者はこっちの路線も模索してるようっす)

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