小さな命

 青年となったオレゴが太くたくましくなった腕で振るう剣は青く光り輝く。

 近くで見ると、剣の表面を水が覆って日の光に反射して青く光っているのだが、その様はとても美しく鋭利で、敵の鎧ごと切り裂いてしまう。


 血飛沫をあげながら倒れるのは、日本の妖怪、鬼に近い姿をしたオーガ。巨体で腕力こそあれども知性に乏しく臆病だとされる彼らが今、武装して土地の拡大を行って人々の驚異になりつつあると依頼を受けての討伐なのだ。


 オレゴが木々を素早く駆け抜け、オーガを翻弄すると背後から一線、背中を切り裂き倒れたオーガの首筋に剣を立て首をはねる。

 その間に追い付いてきたオーガ二体がオレゴを挟み同時に斧を振り下ろす。


 オレゴは真横に跳ねて避けると、その先で真横に走る大剣を剣で受け止め軽く後ろへ飛ばされる。


「ちっ、三対一かよ。無駄に連携取れてやがる」


 地面についていた膝を立てると剣を構える。


「苦戦してるみたいね」


 上から聞こえてきた静かな声に反応して、オーガが見上げたときには顔面に剣が突き立てられて、巨体は崩れ落ちる。


 剣を抜き血を払うのは青い髪をなびかせた、美しいがまだ幼さの残る女性。少し眠そうな瞳が印象的である。

 両手に持つ剣は銀色に輝いて美しいが、両刃ではなく背の部分の面積がかなり広い。刃先に向けて細くなる造形をしていて、他にはあまり見かけない形状をしている。


「モルトお前、持ち場離れていいのかよ」


「もう終わった。こっちの方に数が集中してるっぽいから助けにきた──」


 会話の途中だが、モルトはタンっと軽やかに踏み込むと一体のオーガに詰め寄る。

 左の剣をバックハンドでオーガの首筋目掛け振り抜くが、その攻撃は相手の斧に阻まれる。


 だが気にした様子もなく右手の剣を振り上げて、右手に持つ剣の背で左手の剣の背を叩く。空気が弾け、剣の背から火花が散る。


「インパクト」


 モルトの攻撃にオーガの斧に亀裂が入り、手から強引にはねのけ首を切り裂く。

 力の弱いモルトだが、瞬間的な風の爆発と剣をぶつけることによる連撃は、イリーナの音撃ほどではないが素早さと威力を兼ねた攻撃を生み出し、オーガたちを切り裂いていく。


「オレゴ、働いて」


 淡々と敵を切り裂いていくモルトに言われ、オレゴは剣を構え敵の群れを薙ぎ倒す。


「負けてらんねえな」


 沸いて出てくるオーガの群れを、オレゴとモルトが蹴散らす中一際大きく立派な鎧を纏うオーガが現れる。


「ボスか?」


「分かりやすくていい」


 二人が身構えるや否や左右に別れ、オーガのボスに同時攻撃を仕掛ける。

 鎧に傷こそ入るが弾かれる二人の攻撃。


「かてえな!」


「ヒビ入ったし、何度か攻撃すれば割れるかも」


 間合いを取ってオーガのボスから離れる二人。


「オレゴ! 使え!」


 イリーナの声と共に投げられた大剣を受け止めたオレゴは、そのまま振りかぶってオーガのボスへ向かうと大剣に水を纏わせ振り下ろす。

 大剣の背側から噴射される水が推進力を上げ威力を上乗せする。


 水がキラキラと光を反射させ舞散る中、頭から一直線に振り下ろされた大剣が地面に当たるとオーガのボスは縦に割れ倒れてしまう。



 * * *



「オレゴ、この剣やるよ」


 オーガの討伐を終えた夜、焚き火を見ていたオレゴにイリーナは大剣を渡しながらそう言ってきた。


「やるって、これ師匠のだろ。そんないきなり──」


「オレゴ、お前はもう自分の道を行け」


 オレゴの言葉を遮って話を続けるイリーナの言葉に、目を丸くしたオレゴは必死に反論する。


「自分の道をって、いつもお前はまだまだだって言ってるじゃねえか。俺はまだ、──」


「ああ、まだまだだ。だからこそ、ここからは一人で歩め。あたしと一緒にいてはこれ以上の成長はない」


 イリーナはまだ何か言おうとするオレゴの頭の上にポンッと手を置くと微笑む。


「オレゴ、お前は沢山の人を救いたいって言ったな。お前なら間違いなくやれる」


 オレゴの頭に置いていた手にグッと力を入れると、頭を押され下を向かされるオレゴ。


「そいつは餞別だ。最近あたしも腕が痛くてな、その剣大きすぎんだよ。お古で悪いが貰ってくれ」


 オレゴの頭から手が離され、正面を向いたときには背を向けて離れていくイリーナの姿があった。

 オレゴは背を向けたまま横になるイリーナと大剣を交互に見つめる。


 ──翌朝


「本当に行っちゃうんだ」


「ああ、あそこまで言われて残らしてくれなんて言えねえだろ」


 慌ただしく旅支度をするオレゴにモルトは話し掛ける。

 オレゴがイリーナの大剣を手にすると背中に担ぐ。


「お母さんこないね」


「お母さんとか言ったら殺されるぞ」


 笑いながら冗談っぽく言うオレゴに、モルトがクスッと小さく微笑む。


「俺はこれから一人でやってみる!」


「帰って来たら追い返す」


「お前なら本当にやりそうだな」


 モルトの言葉に笑って返すオレゴは笑みを消すと、


「モルト、お前もいずれ一人で旅立つ日がくる。その日に向けて、自分のやりたいこととか見つけとけよ」


 真面目な顔で言われたモルトは、少し困った表情を浮かべながらも頷く。


「分かった。考えとく」


「ああ、じゃあな」


 いつも見ていた大剣を背にして去っていくオレゴの姿を見ながら、モルトは自分の胸に手を当て呟く。


「私のやりたいことか……」



 * * *



 モルトが立派な扉をノックすると程なくして、中からメイドさんが顔を覗かせる。


「モルト・ヴィレーンです」


「ああ! 伺っておりますわ。まあまあなんて可愛らしい冒険者さんですこと。さあさあどうぞ中へ」


「はあ、どうも」


 勢いのいいメイドさんに圧されながらもモルトは大きな屋敷に案内され、客室に通される。


「旦那様を直ぐに呼んで参りますので少々お待ちを」


 静かに頷くと、一人残されたモルトは物思いにふける。



 ──オレゴが旅立つ日の夜と同じような星空が広がる空の下でイリーナとモルトは焚き火を囲う。


「なあモルト、お前ギルドの本部に関わる気はないか?」


「本部に?」


「メインは冒険者でいい。お前さ、あたしと違って頭いいだろ」


 モルトは黙って聞いてイリーナの次の言葉を待つ。


「噂で聞いたんだ。昔の仲間がギルド本部の副長になるってな。そいつ頭よくて人のために尽くしてきた奴なんだ。

 今回の人事はおそらくは左遷って噂だが、それでも腐る奴じゃない。そいつの力になってやって欲しい」


「それって前に話してた五星勇者のスティーグ?」


 イリーナはモルトの言葉に頷く。


「あたしが出来なかったことをお前に押し付けるようで悪いが、お前の将来を考えれば国との伝を持つのは悪いことじゃないと思う」


 腕を組み僅かな時間、思考したモルトは静かに頷く。


「分かったやってみる」


 モルトの返事を聞いてイリーナはホッとした表情を浮かべる。



 ──ガチャリと音を立てドアノブが動き入ってくる初老の男性。白髪に細い目に目尻の笑いジワが優しさを感じる。


 モルトが立ち上がると、メガネの奥に優しそうな笑みを浮かべて座るように。


「君がモルト・ヴィレーンだね。私はスティーグ・。イリーナからは聞いてるかな?」


「はい」


 こくりと頷くモルト。


「君のことはイリーナから聞いている。冒険者としても、作戦の立案者としても優秀だとね」


「いえ、そんなことはありません」


 首を横に振り否定するモルトを見てスティーグは、フフッと笑って口を押える。


「いや、すまない。イリーナが君のことを語るのに『あたしと違って』って何度も言うからどんな人物かと思ったらなるほど、確かに落ち着いた感じに言葉遣いは全く違うけど、君の目の輝きはイリーナにそっくりだなって思ってしまってね」


「師匠と会ったんですか?」


「ああ、『頼みがある』って突然やってきて君のことを紹介したいってね。どんなに優秀か語ってくれてね。あんなに必死に話すイリーナは初めて見たよ。


 私としては優秀な人材の確保は願ったり叶ったりだからね。それでどうかな? 君がよければ見聞を広める意味でも仕事をしてみないかね? 伝としては弱いかもしれないけど国とのパイプも持っている。君の可能性を広げる助けにはなれるつもりだけどね」


 イリーナをのことを懐かしそうに話しながら微笑み、モルトを誘うスティーグを見て、モルトは大きく頷く。


「やります」


 モルトはスティーグの語るイルーナに自分への愛を感じ、胸が熱くなるのを感じながら新たな道を模索する為に決意する。



 * * *



 空から降る雨が葉っぱに当たり心地よいリズムを打ち始めたと思えば、勢いを増し激しいリズムを刻む。


「ちっ、本降りになりやがったな」


 木の下に駆け込み左右を確認してしまった自分の行動に思わず笑ってしまう。


「あいつらうまくやってるか……ああもう! 年取ると感傷にふけやすくていけねえ。やっと一人になれたんだ、エレノアのやろうでも探しに行くか」


 白髪が混じった髪をかき上げたイリーナが手を止め目を見開き、じっと森の奥を見つめる。

 雨宿りしていた木から飛び出し雨の中を駆けると、うっそうと茂る木に囲まれた小さな小屋の前に出る。

 建付けの悪いドアを強引に開けると、暗い部屋の中に入って行く。中は埃っぽく蜘蛛の巣が張っており、朽ちた家具が乱雑に置かれていた。


 そして部屋の隅に闇の中で、ぼんやりと白く存在感を放つものに近付くと拾い上げる。


 白い布にくるまれすやすやと眠る赤ん坊がそこにはいた。先程まで泣いていたのだろう、頬に涙の跡が残っている。

 イリーナの抱き方が気に入らなかったのか、ぐずり出すと泣き始める。


「ああ、泣くな。ったく、なんであたしが」


 文句を言いながら下を見ると布の袋が置いてあり、イリーナが拾い上げ中を覗くと白い粉が入っていた。


カペルヤギの乳か……赤ん坊用にってことだろうけど一人で飲めるわけねえだろ」


 袋の中身の匂いで判断したイリーナは、暖炉を確認した後椅子を破壊し火をつける。そこにポットを置き湯を沸かすと、カペルの乳を粉にしたものを湯で溶いていく。

 赤ん坊を抱き上げると指先に掬った乳を赤んぼの口につけると、最初はぐずっていたが口を開くと必死にイリーナの指を咥えて乳を吸い始める。


「もうねえだろ、飲ませてやるから一旦、指を放せよ」


 吸いつかれる指を抜こうと悪戦苦闘するイリーナの声は、土砂降りの雨の中に柔らかく響く。



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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で19回目っす~。


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 オレゴは冒険者として名を馳せていくことになります。イリーナの愛用していた大剣を使い人々を救うため尽力を尽くします。


 モルトも冒険者としても有名になりますが、国政に関わり人々の移動をスムーズにするための街道の整備と、街道を警備する警備隊を組織した人としても有名になります。


 そして最後の赤ん坊についてはもう一話続くっす。文字数収まらなかったっす。


 次回


『優しい音』


 年老いたイリーナに訪れる死は、彼女が想像し描いていた姿だったのか。残していくことの喜びと悲しみ。

 かつての友に語り掛ける彼女の思いは、次世へと持ち越しとなるのだった。











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