旅へ

 少年はゆっくりと目を開けボヤける視界を拭うように目を擦る。

 自分の家とは違う天井に固さに違和感のあるベッド。

 意識を一気に覚醒させ飛び起きる。


「よう、起きたか」


 少年はイリーナに突然声を掛けられビクッと体を震わせる。


「起きたばっかりで悪いんだけどよ、この村の緊急避難所ってどこにある? 魔物に教われたときここへ逃げ込め! って場所があるだろ? そこが知りたいんだけどよ」


 質問に答えるわけでもなく、ぼんやりとイリーナを眺める少年の目の焦点が段々と合ってきて、瞳に光が戻り始めたとき、少年は突然立ち上がる。

 窓に張り付き外を見ると、勢いよく開け顔を出して辺りを見回す。


「もう魔物はいねえよ。全部倒した」


「魔物を全部……あんた何者だ……」


 警戒の色を瞳に宿しイリーナを睨む少年。


「ん? ああ、あたしか? イリーナ・ヴェベールってんだ。お前は?」


「オレゴ・リプスコム……」


 気さくに自己紹介するイリーナに対し、オレゴは未だ警戒の色を見せる。


「そんなに睨むな。それより動けるなら案内してくれ」


 イリーナに促され、オレゴはゆっくりと頷く。



 * * *



 暗い森の中でパチパチと燃える火に炙られ、美味しそうな匂いを漂わせる魚たち。


「ほら食えよ」


 切り株に座るオレゴはイリーナに手渡された魚を眺める。


「魚嫌いとか言うなよ。今日はこれしかねえから嫌でも食えよ」


 イリーナはオレゴに乱暴に告げると、自分の持っている魚にかぶりつく。


「なあ?」


「あん?」


 魚の骨ごとバリバリ食べるイリーナは、魚を手に持ったまま手を震わせるオレゴを見る。


「俺をこれからどうする気だ?」


「どうするって、もっと言い方ねえのかよ。

 エウロパの城下町に行って孤児院にあたる予定だ。あたしは中途半端に顔は利くから、いいとこ紹介してやるよ」


 イリーナはそれだけ言うと再び魚にかぶりつく。


「あんたの名前、思い出したんだ。イリーナ・ヴェベール……五星勇者の一人だよな」


「そうだが。それがどうした?」


 オレゴは切り株から降りると膝をついて頭を下げる。


「俺を弟子にしてくれ! 鍛えて欲しいんだ!」


「はあ? なに言ってんだ? あたしは弟子なんか取らねえよ」


「そこをなんとか!」


 地面に手を付け頭を下げるオレゴを見て頭を乱暴にかきむしり、イリーナの髪の毛はボサボサになる。


「あたしは、ある程度基礎ができたやつに実践形式で鍛えるのは出来るけど、お前みたいなド素人を教えるのは苦手なんだよ」


 面倒くさそうに断わって尚頭を下げたままのオレゴを見て、イリーナは大きなため息をつく。


「そもそも弟子になって何をするんだ? 鍛えて何を目指す?

 村の人たちの敵討ち目的ならあたしが全部討伐したから相手はいないから成り立たないぞ」


 オレゴはゆっくり首を振る。


「俺もあんたみたいに人を助けたいんだ」


 その言葉にイリーナは視線を一瞬下に落として、オレゴを見る。


「あたしは何も救えてねえ。現にお前の村も救えてねえだろ」


「俺は助けられた!」


「お前はたまたま樽の中に突っ込まれてただけだろ。あたしはなにもしてねえ!」


「違う! あのまま樽の中にいたらいずれ魔物に見付かって死んでた! あんたが魔物を倒して樽から出してくれたからこうして生きてるんだ!」


 頭を下げていたオレゴは頭を上げ、焚き火に身を焦がすほど前のめりになって叫ぶ。


「父ちゃんと母ちゃんに樽に押し込められ、村の人たちの悲鳴を聞いて耳を塞いで泣きながら震えるのは嫌なんだ!!」


 オレゴの叫びを受けて黙るイリーナ。木が弾ける音だけが響く


「力があったところでな何も救えやしねえよ」


「じゃあ、なんであんたは旅してるんだよ」


 チッと舌打ちをしたイリーナは魚を乱暴に噛みちぎる。


「火の番はあたしがするからお前は早く食って寝ろ。明日早くから出るぞ」


 一方的に言い放つと、オレゴの言葉を遮りそのまま一言も話さなくなる。

 オレゴは何度も話し掛けるが、イリーナの反応がないのであきらめて魚を頬張り横になると疲れていたのかそのまま眠ってしまう。



 * * *



 初老の女性は優しそうな微笑み浮かべ告げる。


「イリーナ様、お恥ずかしい話ですがこの孤児院も子供が多く経営も難航しております。お断りは致しませんが、イリーナ様と共に旅をしたいと言うのであれば御同行させてもよろしいのでは」


 イリーナは「突然来て無理言ってすまないな」と言うと、足取り重く歩く。その後ろを足取り軽くついて行くのはオレゴである。


「ぐぬぬ、ここもダメか……」


 歯ぎしりをするイリーナがオレゴを見ると、オレゴはピシッと背筋を伸ばし真面目な顔を作る。


 しばらくオレゴの顔を睨むイリーナが立ち上がる。


「オレゴ、行くぞ」


「次はどこへ行くんだよ」


 ぶっきらぼうに答えるオレゴにイリーナは地面に置いてあった荷物を片手で投げる。

 慌てて受け止めるオレゴだが、荷物の重さに耐えきれず尻餅をついてしまう。


「野営の道具や食料が入っている。大事にあつかえよ」


「突然投げておいて、無茶苦茶言いやがる」


「あたしについて来るんだろ。早く立ち上がって荷物持ちやがれ」


 背中を向けて歩き出すイリーナの言葉の意味を理解したオレゴは、ぱあっと明るい顔をして立ち上がるが、重い荷物を持てずに苦戦する。


「なんだこれ! こんなの片手で投げるとか人間じゃねえ! って置いて行くな」


「あん? そんなものも持てねえ奴がわめくな。ついて来るなら死にもの狂いでこいよ。人を助けるんだろ? まずは荷物を持ってあたしを助けな」


「言ったな! ぜってえについて行ってやる!!」


 離れていくイリーナの背中に向かって叫ぶオレゴの声が響く。



 * * *



 鹿のような角を生やしたウサギ、寒い地方に住むとされるジャッカローブという魔物である。小柄であるが好戦的な性格をしており、集団で襲われると厄介な相手である。


 少したくましくなったオレゴはそのジャッカローブの角を短剣で弾くと、頭が大きく揺れる。その隙を見逃さず首筋に短剣を突き立てる。

 薄く積もった雪に鮮血が飛び散る。


 次の瞬間オレゴは真横の藪から飛び出てきた別のジャッカローブに蹴られ、吹き飛んでしまう。

 あちこちの藪から次々とジャッカローブが飛び出してくる。


 鋭い前歯を光らせるもの、角を付きだすもの、たくましい足で蹴ろうとするものがいるが、全ては届かない。

 大剣が円を描くと、凄まじい衝撃派と共にジャッカローブたちは肉片となり吹き飛んでしまう。


「何度も言ってるだろ! 油断するな! 前後左右、上下全てに気を張れ!」


 イリーナに怒鳴られ、悔しそうな表情で立ち上がるオレゴ。


「お前のせいで今晩の晩飯が吹き飛んじまったじゃねえか」


 文句を言うイリーナに、吹き飛んだのは俺のせいではないとオレゴの目が語っている。


「ん? 下か? おい、ついてこい!」


「あ? なんだよ急に!」


 拾い集めていたジャッカローブの肉を捨てイリーナが走り始めるので、オレゴも慌ててついて行く。

 茂みを掻き分け必死についていくオレゴだが何度も木の枝に引っ掛かり、地面に足をとられてしまいどんどん離されてしまう。


「修行して一年以上たってんのにこれかよ、情けねえな俺」


 自分に文句を言いながらようやく茂みを抜けた先には小高い崖があり、下を覗くと十数台の馬車があり、先頭の馬車には矢が刺さり燃えているのが見える。


 地面には血が広がっており数人の人が倒れている。恰好から判断するなら一般人と冒険者と、ガラの悪そうな人たちはこの辺りに住み着いている盗賊だろうか。


 後続の馬車から隠れて様子を見ている人たちの目線の先には、大剣を地面に突き刺し馬車に背をもたれ掛け浅い息でイリーナに話す女性の姿があった。

 近くには既にこと切れている男性の姿も見える。

 そしてイリーナは洋服の腹に血をべっとりつけ歯をカチカチ鳴らしながら震える少女を抱きしめ、女性の話を黙って聞いている。


「分かった。あんたの最後の願いだ。娘はあたしが預かろう」


 イリーナの言葉を聞いて力なく微笑んだ女性は、女の子の頬に血まみれの手を伸ばし触れる。

 優しく微笑んだ女性はもう声を出す力もないらしく、口を僅かに動かすと涙を流し力なく崩れ落ちる。

 イリーナの腕から飛び出して女性にしがみ付き泣き叫ぶ女の子の声が山にこだまする。


 そのまま、イリーナは馬車の護衛を兼任し、町まで到着すると女の子の両親の葬儀に参列する。

 ずっと泣いている女の子に声を掛けることも出来ないオレゴは、黙って見ていることしかできなかった。


 数日間町に滞在し、少女の身辺整理もほどなく終える。

 手続き等がスムーズに進んだのはイリーナが五星勇者であったことが大きく、何もしなくても役所が優先的に行ってくれたからだ。

 そして、それに対しあまりいい顔しないイリーナが、少女のため黙っていることもオレゴは感じていた。


「法的手続きは全て済んだ。後はお前が決めろ」


 イリーナは家具もない広い部屋の隅に一人座る少女に声を掛ける。

 少女は伏せていた顔を上げ、腫れた目でイリーナを見つめる。


「お前の母親に面倒をみてくれと頼まれた。それは守る。

 あたしがお前と一緒にいてくれとも頼まれたが、それはお前が決めろ。遺言ではあるが絶対じゃない。残された者にも意思はあり選択する自由はある。


 今の現状を受け入れろとは言わない。

 ただ時間や周りはいつまでもお前を待ってはくれない。今後はこうして選択するひますら与えてくれないかもしれない。

 酷だと、不運だと嘆いてもいい。だが今は選べ、それがお前が今やるべきことだ。


 決めろモルト・ヴィレーン!」


 イリーナに名前を呼ばれモルトは座ったまま大きく肩を震わせる。


 泣き腫らし充血した瞳を僅かに動かす。それは他人から見れば何でもない動作。でもモルトにとっては自分の人生の選択をするための精一杯の動作。


 イリーナはじっとモルトの答えを待ち、沈黙が続く。


 やがてモルトは震える唇をゆっくり開き、泣き続け枯れてしまった小さな声で答える。


「一緒に行く……」


 イリーナはモルトに近づき頭を乱暴に撫でると、モルトは手を伸ばしてイリーナの腕を掴み立ち上がる。

 その様子を見ていたオレゴはイリーナに聞こえないように呟く。


「やっぱあんたはすげえよ。こんなにも人を救ってるじゃねえか」



 ────────────────────────────────────────


『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で18回目っす!


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 オレゴ・リプスコムの住んでいた村の名はレダ。麦の栽培が盛んで、質のいいビールが作られる麦として有名でした。

 この事件の後、二番目に麦の栽培が盛んだったカルボ村が材料の供給を担ったことで市場を混乱させることはありませんでした。

 とてもスムーズに移行されたとか……。


 モルト・ヴィレーンの実家は商人で、この日は仲間たちと一緒に商品を運搬していて、盗賊に襲われた際たまたま先頭にいたために両親は命を落としてしまいました。

 遺産も残されましたが、後にモルトの意思で孤児院等に寄付されています。


 次回


『小さな命』


 イリーナの一人旅は、オレゴ、モルトが加わり続けられる。だが独り立ちをする日はやってきて再び一人旅へ。

 年老いて行くイリーナは山の小さな小屋に捨てられた小さな命を拾う。


 彼女の終世をお送りするっす!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る